月の輝くその時

@asufalf

始まり

 日差しの強い昼下がり、京の市中にある甘味処は賑わっていた。甘味処を営んでいる夫婦の末っ子である、そのは今日も元気よく働いていた。あつくなるにつれて人々は団子やあんみつなど熱い甘味から離れるが今日は日差しが強く、涼しい風が吹く。こんな日は陽を避けて屋内で甘いものに限る。そんな中、甘味という言葉が似合わない風貌の男が店に現れた。 その男は甘味処の客からは怖がられているが店を営んでいる夫婦や、娘のそのには見知った人であった。


「あら、新見さんいらっしゃい。ごめんなさい、今日は外席しか空いてなくて外でも大丈夫かしら?」


 四月のさくら芽吹くころに初めて会った新見さんは、とても怖い人という印象をそのは抱いていた。それは彼を初めて見た人ならだれでも抱く印象なのだが、どうだろうか。彼は店の団子をいたく気に入り、もう青々とした緑が目に優しい季節になった今でも足繫く店に通ってくれている。

 彼の所属しているという壬生浪はいい噂は聞かない。だが目の前の男はうちの団子を気にいってくれていることをわかっている そのは彼を怖がることはない。


「ああ、問題ない。今日は繁盛してるな。」


「そうですね、最近はすっかり寂しかったのに今日は忙しくて良かったです。新見さん今日は私が作った団子があるんです。あとで一緒に食べましょう。」


 カラカラと鈴の音のような可愛らしく笑う彼女に兄のような父親のような温かい感情を持ちながら新見は彼女の提案を受けいれる。


「じゃあ、今日は一つ食べるものを減らそうか。」


「うふふ、何を減らすんですか。」


 店にある団子の種類はみたらし、あんこ、きなこの三つで彼は来るといつも三種一本ずつ頼み、茶をすする。彼は困った顔で思案している。忙しい時間を過ぎ、客の入りより出のほうが多い。


「新見さん、困っとるね。決まったらよんで。」


「いや、そこまでじゃない。みたらしとあんこでよろしく頼む。」


「ふふ、わかりました。」


 注文を受け父親に伝え、彼女は客が帰っていった机を片付けるために動き回っている。そのの母親から団子と茶を新見は受け取り、傾いている陽を受けながら乾いた喉をまず潤した。彼は団子を静かに食べながら町民たちを見ているとちらほら、視線を向けられていることに気づいた。団子を食べている彼の心持は穏やかなもので不躾な視線もいつもは睨み返すところだが、今は団子を味わうのに気をまわし気にしていない。




「新見さん、隣よろしいですか?」


 いつの間にか後ろに来ていた彼女はお盆を持ち黒い団子を二本持ってきていた。


「ああ、大丈夫だが、それは・・・。」


 彼の珍しい戸惑う反応を見た彼女は嬉しそうにコロコロ笑い彼の眼前に自分が作った団子を差し出した。


「これ胡麻を練りこんでみたんです。私はよくできたと思うてるんやけど、団子好きな新見さんの感想聞きたくてな…。」


「いつ新見さんが来るかわからないから、おそのは作っても来ないし来ても作ってないしで大変そうやったなぁ。」


 コロコロとそのと似た笑い方でからかうように言った彼女の母親はそれだけ言い切ると優雅にカラコロと下駄を鳴らしながら店に入っていった。


「…母ちゃんの意地悪。」


 少し恥ずかしそうに言う彼女はいつも大人っぽく京美人という言葉が似合う普段の姿よりも年相応の少女に見えた。その姿に新見は目を細め彼女を見た。


「新見さんのために作ったんよ。どうぞ召し上がって。」


 彼女はすぐに気を取り直し、笑みを深め団子を食べるよう促した。新しい団子は新見の口に合ったようで、二本食べていたにもかかわらず彼は三本の胡麻団子を軽々食べた。


「どうでしょう。」


「うまいな…。」


「まあ、うれしいわぁ。」


 口元が綻ぶという表現ができるほど彼女の反応は嬉しそうで贔屓目をなしにしても可愛く、どうにも顔が緩んでしまうのを誰にも気づかれないように新見は表情を硬くした。彼女は小さな口で団子を頬張り、お茶で呼吸を整えた。やはりそんな彼女の行動を見ると顔が緩んでしまう新見。彼の生暖かい視線に気づいた彼女は少なくなっていく町の人々の姿を流しながらもう一口お茶をすすり呼吸を整えた。




「そういえば最近、兄の嫁さんがうちで働き始めたんです。彼女えらい働きもんでな…。私も、もうええ歳やから嫁に行くか、違うところに働きに行くか、せなあかんらしいんやて。新見さんええ働き口知ってますか。」


「…。」


 彼女の働き口に見当がある新見だったが、彼女の事を妹のようにかわいがっている彼はその働き口は彼女を思うと紹介するのを躊躇してしまう。今日は繁盛したが最近はめっきり人の入りが少ない店にとって働き手が増えるのは娘とはいえ店を続けるためには厳しくつらい選択をさせるほかなかった。新見の反応からそのはやはり彼も働き口に見当が無いのだろうと思い話を切ろうと茶を飲み息を整えた。


「困らせてしまったみたいやね…。ごめんなさい、新見さん。これお土産や。帰って食べて。」


 少し悲しそうに目を落とし、彼女は団子が入っている箱を新見に渡した。


「…力になれず済まない。」


「いいんですよ。こんな世の中ですもの。」


 もう陽が落ち、彼女の顔に影が落ちる。もう夕方だ。新見は帰らなくてはいけないし、そのは店じまいの手伝いをしなくてはいけない。


「また来る…。」


「えぇ、また。」


 彼は刀を持ち立ち上がった。カチャ、と刀のぶつかる音を聞いた町の人々は少しおびえたようにこちらの様子をうかがっている。新見はそのと顔を見合わせ辞去のあいさつをしたのち甘味処を去った。新見を見送ると、そのは何も考えたくなくて忙しそうにしている母の手伝いを始めようと店の中に入った。

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