妄想無敵のメガロマニア

巡屋 明日奈

Chapter-1:始まりのクソゲー

「燐、もう10時よ?さっさと起きなさい!」

平穏な夏休みの真っ只中、八葉野はばのりんのとある一日は上記のような幼馴染の声から始まった。

薄いタオルケットを引き剥がされてバランスを崩し、燐は思わずベッドの下に落ちる。

というかなぜお前が俺の部屋にいるんだ。

燐の目の前に立つ少女は浦瀬うらせ有紗ありさ。隣の通りに住む同い年の幼馴染である。

「なぜ夏休みだというのにこんなに早く起こされねばならん」

「これ以上寝てたらいくら休日でも人間的に堕落してるわよ。さっさと起きなさい」

タオルケットを返す素振りも見せずに有紗が言い放つ。しばらくベッドの下から有紗を睨みつけた後、燐は大人しく朝食をとりに階下へと向かって行った。


燐が再び自室に戻ってくるとなんと部屋がすっきりさっぱり片付いていた。十中八九、有紗の仕業だろう。無断で掃除をするなどけしからん。

漫画でよくあるようにいかがわしい本が机の上に並べられていました、なんてことはなく、燐はほっと息を吐いた。まあ、そんなもの置いていないのだから見つかるはずもないのだが。この幼馴染がよく部屋に侵入してくるせいで紙媒体などおちおち買っていられないのだ。仕方がないから買うなら電子媒体、と決めている。

「で、何の用だ」

「じゃーん、これよ!燐、ゲーム好きでしょ?」

「お前も好きだろ」

あらかじめ立ち上げておいていたのだろう、有紗はこれまた無断にパスワードを突破された燐のパソコンを指差す。その画面はあるサイトで止まっていた。

「なんだこれ、フラッシュゲームか?」

その画面を覗き込んだ燐がぼそりと言う。隣で有紗がうんうんと頷いてみせた。

「このゲームね、変な噂が流れてるのよ」

手早く別のタブを立ち上げながら有紗が言う。ゴーゴル先生にパチパチとそのフラッシュゲームのタイトルを入力していく。なるほど、これはメガロフラッシュというゲームなのか。ネーミングセンスが微妙だな。

目的のサイトに着いたのか、やがて有紗は手を止めて再び画面を燐に譲る。どうやらさっきのゲームのレビューサイトのようだ。

『このゲーム怖い』

『このゲーム内で起こったことが、数日後に現実でも起こるんだ』

『立ち上げてると呪われる』

『神社でお祓いを済ませてからプレイするべし!』

だんだんオカルト系になっていくレビューに燐が苦笑する。

「なんだこれは。立ち上げてると呪われるだと?」

「あ、それそれ。二番目のレビューが気になってさ」

二番目。『このゲーム内で起こったことが、数日後に現実でも起こる』。確かにこれだけ他のレビューとは一線を画している。

「遊んで見たらわからないかなーって思ったのよ。難しいらしいからスマホの方で随時攻略でも見ながらやりましょ」

有紗が流れるような手つきでレビューサイトのタブを閉じ、フラッシュゲームを全画面表示にする。

メガロフラッシュ、とかなり凝ったデザインのロゴ、そしてその下にSTART、CONTINUEと表示されている。マウスを渡された燐がそっとSTARTにカーソルを合わせる。クリックすると画面が切り替わり、廃校のようなドット背景が現れた。

_____キャラクターを セレクトしてください。

ウィンドウ内に四人のドットキャラクターが並ぶ。流石に頭身は全て同じだが、髪型や服装などかなり細かくできている。

「あ、これあんたにそっくりね」

有紗が指差したのは左から二番目のキャラクター。ピンク色の短髪に黒いシャツを着たキャラクターだった。

「そんなこと言ったらこっちはお前に似てるんじゃないか?」

カーソルが一番右のキャラクターを指す。黄色に近いオレンジ色の長髪の少女のキャラクター。それをまじまじと見つめた有紗も「そうかも」と納得した。

確かに絶妙に気味が悪い。

燐はなんとなく有紗そっくりのキャラクターを選んでみる。

カチリ。

何も画面が変わらない。相変わらず「キャラクターを セレクトしてください」と書かれた画面のまま四人のキャラクターがこちらを見つめている。

「あれ、有紗は反応しないみたいだな」

有紗が押せば反応するかも、と非科学的な理由をつけて有紗にマウスを譲ろうとするも、両手で拒否される。怖いならこんなゲーム持ち込まなければいいのに。仕方なく燐は自分そっくりのキャラクターを選ぶ。

カチリ。

_____ネームを エントリーしてください。

今度こそ次の画面へと移動する。

NAME ENTRYという見出しの下のウィンドウの中にアルファベットが並んでいる。

MEGALOMA、と入力する。特に名前が思いつかなかったので、タイトルのメガロフラッシュからパクってメガロマ。エンターにカーソルを合わせる。

カチリ。

_____MEGALOMAさん、この度はこのゲームをプレイしていただきありがとうございます。

黒画面の中央に現れたキャラクターがぺこりと頭を下げる。青色の髪を一つ結びにした、白衣のキャラクターだ。製作者なのだろうか。なんとなくさっきのキャラクターたちよりも背が高い気がする。

____では、いざ妄想メガロマニアの世界へ。

白衣のキャラクターが顔を上げる。瞬時に画面が切り替わる。メガロマが退廃した現代的な街にぽつりと立っている画面。よく見ると燐たちの住む街の中心に似ている。もしかしたら製作者もこの近所出身なのかもしれない。

キーボードの十字キーを押すとメガロマもそれに連動して動く。律儀に足踏みまでしている。とりあえず近くにあった建物の中に入る。足音がアスファルトの音からコンクリートの音に変わった。

とんとんとん。とんとんとん。メガロマが歩く音とは別に向かい側からも足音が聞こえてくる。有紗の指が肩に食い込む。地味に痛いからやめろ、と思いつつも燐はキーをさらに奥へと押し進めた。

_____誰だ お前は。

向かいからの足音の主が発言する。どうやら正体はNPCだったようだ。食い込む指が少し緩くなった。

_____MEGALOMAというのか。

そのNPCが奥の暗闇から顔を出す。黄緑色の髪をした、男のキャラクター。ついさっきキャラクターセレクトの画面で一番左にいたキャラクターだ。そしてその隣には水色の髪をした少女のキャラクター。彼女もセレクト画面で右から二番目にいた。

_____僕は DRAGOFIRE。そして こっちが

_____MIYNYA です。

ドラゴファイアと……おそらくみーにゃ、か。どうも中の人がいそうな名前をしているな。

「なーんか、掲示板とかで使われそうな名前ね」

有紗も同じ感想を抱いていた。

マウスをクリックして次のセリフへ進む。

_____お前も このゲームの噂を聞いて

ブツン。

一瞬で画面が暗転する。演出か?と待てど暮らせど画面は点かない。仕方なく本体の方から再起動をかけてみる。

パソコン画面は問題なく点いた。そのままブラウザを立ち上げる。

そこに、先ほどまでプレイしていたフラッシュゲームはなかった。

「さ、再起動かけたから消えたのかもしれない」

燐がゴーゴル先生に「メガロフラッシュ」と入力する。検索。有紗がやり方を否定しないところを見るとこの方法でゲームにたどり着けるのだろう。

しかし。

「見つからない……?」

出てくるのは誰かのSNSの呟きや先程のレビューサイトのみだった。

「レビュー、してやりましょ。いきなり切れた、って」

燐を押し退けて有紗がパソコンの前を陣取る。パソコンの画面は、そのままレビューサイトに入った。

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