第15話 樹竜クラスの優等生
三人組の先頭にいるのは金髪碧眼のエドガー。
エドガーは俺を一瞥してからセシリアに顔を向ける。
一方のセシリアは視線を逸らすことなく、真っ直ぐにエドガーを見据えた。
「エドガー、学院の在校生の間では身分の差なんてないわ。わたしは仲のいい友達と食事をしているだけよ?」
「セシリア、きみも大変だな。先生たちにそいつの保護者役なんて言われて、さぞかし迷惑だろう」
エドガーは嘲るように笑う。
もちろん、俺だけに対してではなく平民出身のロイドとミリアムにも向けての嘲りだろう。
俺自身はこいつの嫌味には慣れているし、それに傷つくほど柔な心は持ち合わせていない。
だがミリアムは別だ。
場の雰囲気に飲まれて、すっかり萎縮してしまっている。
ロイドは苛立っているが、いつものように軽々しく口を挟むことはなかった。
「そんなことないわ。アルはわたしのことをいつも助けてくれるし、私はアルの足りないところをフォローするだけよ。わたしたちはそうやってお互いうまくやっているの」
「セシリアの言うとおりだわ。樹竜クラスがどうか知らないけれど、あなたたちのやり方をあたしたちに押しつけないでもらえる?」
セシリアとブレンダが毅然とした態度で対応すると、エドガーは怯んだように一歩下がった。
「別に押しつけたわけじゃない。オレはあくまで忠告しただけだ。きみの名に傷がつかないようにとね。なぁイアン、オレが間違ったことを言ったか?」
エドガーは隣に立っている巨体の青年に尋ねた。
イアン・バーレスク、ハロルドと同じく子爵の家柄で、その鍛え抜かれた筋肉の鎧を纏った体はロイドよりもさらに大きい。
エドガーと同じ樹竜クラスで、友達と言うより忠実な僕といった感じだ。
「いいえ、エドガーさんは正しいことをおっしゃっています。エドガーさんのありがたい忠告を無視するなど、愚か者のすることです。もしエドガーさんが命令されるのであれば、この場でこの者たちをたたきのめして見せますがいかがいたしましょう?」
イアンはロイドと同じ流派、ザルドーニュクス流剣術で中級試験にも合格している凄腕だ。
その剣に手をかけながらイアンは、エドガーの返答を待っていた。
するとエドガーは慌てて制止する。
「ま、待て早まるな! オレの命令なしに勝手に暴れることは許さないぞ!」
イアンはエドガーに頭を下げると、後ろに下がった。
俺は胆を冷やした。
丁寧な口調で話すイアンだが、すぐに暴力で訴える癖がある。
四年前、エドガーとつるむ前は手のつけられない暴れん坊だったのだ。
当時一年でありながら、六年生を喧嘩で半殺しにしたこともあった。
そのときのことは、イアンと同じ一年死竜クラスだったハロルドを除く俺たち五人が知っている。
それほどの実力を持ちながら、学院内予選には一切出場したことがない。
噂ではエドガーの命令だという。
イアンが学院内予選に出れば勝ち抜くだろうことは誰しも想像がつく、しかしエドガーからすれば代表枠が一つ減ってしまうことになる。
そこでエドガーは自身が代表になれる可能性を少しでも上げるために、イアンに出場させないらしい。
ちなみにエドガーの腕前は中級だが、代表に選出されたことは一度もない。
「相変わらずのようねイアンは。彼があなたの剣にも盾にもなるのね。それともお父上の権力を使って従わせているのかしら?」
「ブレンダ、きみも相変わらずだな。何もかも見透かした物言いが気に入らない。オレたちの父上同士が政敵なのと同じように、オレたちも対立する運命なのかな」
エドガーの父、元老院議長のモーガン侯爵とブレンダの親父さんは相反する派閥に所属している。
政策から考え方まですべてが正反対だ。
ブレンダは親は親、自分は自分という考えなので、これもまたエドガーとは相容れない。
「お父様同士のことは関係ないでしょ。これ以上用がないのなら、さっさと立ち去りなさい」
「ふん、せいぜいきみたちの家名に泥を塗らないようにやればいいさ。行くぞ、ローラ、イアン」
だが、それまで黙っていた六年生の先輩が口を開いた。
「待ってエドガー。言われっぱなしでいいのかしら? わたくし我慢できませんわ」
六年生の先輩はローラ・カプリチオ。
侯爵家の令嬢でエドガーの許嫁でもある。
エドガーと同じく金髪碧眼で、ブレンダに勝るとも劣らないプロポーションの持ち主だ。
ブレンダと大きく違うのは褐色の肌と、その高圧的な性格だ。
ローラ先輩にセシリアとブレンダ。
奇しくもこの場所に三人の公爵令嬢が揃った。
ローラ先輩はこれでもかというぐらいの鋭い目つきで二人を睨んでいる。
負けじと睨み返しているのはブレンダだ。
セシリアは相手が上級生ということもあってか、少し困ったような表情になっている。
それを間近で見ていたロイドが小声で言う。
「女同士のってなんか怖いよな。俺ってこんなのにいつも喧嘩売ってたの?」
いいから黙っとけ、ロイド。
「今度の学院内予選を楽しみにしていなさいね。エドガーもこの三ヶ月で見違えるほど強くなったの。きっと今年の代表はエドガーで決まりですわ。それと、ブレンダ。あなたも腕を磨いておくことね。わたくしが完膚なきまでに叩きのめして差し上げますわ」
自信満々に言うと、ローラ先輩はエドガーの腕に手を回す。
「ローラの言うとおり、今までのオレと思わないことだ。今年からオレたちのクラスの担任になった優秀な先生を知っているだろう? 三ヶ月みっちり鍛えられて、オレもかなり成長することができたんだ」
「そうね、無愛想な女教師だけれど、経歴は評価できるものね。さ、行きましょエドガー」
痛い放題言って三人は食堂を後にした。
俺たちはため息交じりに顔を見合わせる。
「ったく、毎度毎度憎たらしい三人だぜ。よし、こうなったら絶対あいつらを負かしてやる」
「イアンが出てきてもですか?」
「えっ、あいつ今年は出場するのかよ? いや、ないない。エドガーがさせねぇだろ」
去年の代表は全員六年生だった。
噂だと今年の六年生は去年ほど強くはないらしい。
だから俺たち五年にも代表になるチャンスはぐんと広がっている。
今年はかなり上位に食い込めそうなエドガーなら、代表は射程圏内だ。
そうなった時、イアンを投入して有力な代表候補を潰すくらいの工作は考えているかもしれない。
「いや、エドガーにとって格上たるのは今の六年生の上位クラスの先輩だけだろう。イアンを使って競争相手を減らすことは十分考えられるぞ」
「僕もアルと同じ考えです。手強い先輩も多いですからね」
「本当かよ!? だけど、俺も同じ流派としてイアンには負けたくねぇんだ」
今のロイドでさえ、イアンには敵わないだろうとここにいる全員がわかっている。
だがそれを口にする者はいなかった。
「ま、頑張りなさいな。その時はあたしも応援してあげるわよ」
ブレンダがロイドの肩を軽く叩く。
「おう、任せとけ。というわけで、ハロルド今日は剣の稽古に付き合ってくれ」
「嫌ですよ。僕は試験に向けて勉強しないといけませんから」
そこで時間を気にしていたセシリアが手を叩いた。
「ほら、みんな。午後の授業が始まっちゃうわ」
「はぁう、ホントだ! 急がないとブランドン先生の罰が待ってるよぉ」
「よっしゃぁ、教室まで競争だ」
ロイドは席を立って一目散に食堂を出ていった。
みんなはそれを追いかけるように走り出す。
俺はあくびを噛み殺し、最後尾を小走りしていた。
「昼は昼で面倒なことが多いなぁ。まだこいつらがいるから楽しくて救いがあるけどな」
今朝、ブランドン先生から今夜も仕事があると言われていたのを思い出し、ため息をついた。
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