第11話 山を越えて
「もうそろそろ、山の麓だな」
「そうね。山を下りて道なりに進めば、エアの街が見えてくるはずよ」
アーシェが地図を見ながら遠くの方を指した。
俺とアーシェは山を下っていた。
ドラゴンの件で二ヶ月も街道が封鎖されていた影響もあってか、普段よりもバラフ山脈を越える行商や冒険者が多いらしい。
さっき言葉を交した行商のおばさんが、そう教えてくれたのだ。
「でも、どうしてドラゴンが出たんだろう。この辺じゃ珍しいって話だけど」
「そうらしいわね。この辺りのモンスターは手応えがないのよね。ところで、シスンはレベル上がったの?」
「上がってない。ここ最近は1レベル上げるのも大変だから苦労してるよ。アーシェは上がったんだろ?」
「ええ。私はレベル183になったわ」
「二ヶ月間のクエストで結構な経験を積んだからな」
「でもシスンと一緒にパーティーを組んでる限り、一向に差が埋まる気がしないわね」
「じゃあ、たまには別行動でもするか?」
「えっ!? …………それは嫌」
二人で会話しながら歩いていると、後ろの方から俺達の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「おーい! シスン、アーシェ!」
「あ、ミディールさん」
後方からやって来たのは、知り合いのパーティーだった。
先頭を歩いているのは、巨大な斧を担いだ二十代後半の筋肉質の男だ。
短く刈った赤髪と、顔に刻まれた大きな傷が特徴だ。
ネスタの街では一番有名な、Aランクパーティーの【蒼天の竜】。
リーダーである【重戦士】のミディールさんだった。
そのミディールさんを筆頭に【賢者】、【高位神官】、【剣闘士】と全員が上級職に就いている。
ネスタの街を拠点に活動しているこの街で一番の冒険者だと、マリーさんから紹介を受けていたのだ。
ちなみに俺達がネスタの街に来てすぐに、冒険者ギルドから直々に緊急クエストを受けて別の街に行っていたので、会うのはほぼ二ヶ月ぶりだ。
過去にドラゴン討伐を経験しているらしく、もし俺達がこのバラフ山脈のドラゴンを討伐してなかったら、彼らが倒していたかも知れない。
一緒に戦ったことはないので確かな実力はわからないが、同じAランクである【光輝ある剣】より遙かに上だろうと俺の目にも映った。
何より彼らを担当しているのもマリーさんで、彼女からの信頼も厚かったのだ。
「緊急クエストから帰ってたんですか?」
「ああ、昨日な。それよりマリーから聞いたぜ。ドラゴンを倒したんだってな。やるなぁ」
「まぐれですよ」
「そうかな? お前達の実力がランクどおりじゃないってことは、マリーからの話で聞いてるんだがな」
マリーさんがどういう説明をしたかは知らないが、俺達がBランク以上の実力を持っていることは伝わっているようだ。
「お前たちレベルはいくつなんだ?」
ミディールさんが尋ねてきた。
彼らのレベルは100前後だと聞いていたので、俺達もそれに合わせるべくアーシェと視線を交す。
事前に、もしレベルを聞かれたら、相手より少し下で答えておこうと決めていたのだ。
どうせ、本当のレベルは信じてもらえないだろうし。
「俺は95です」
「私も同じだわ」
ミディールさんは俺達のレベルを聞いて、少し意外そうな顔をした。
「……そうなのか? 俺達より少し上くらいだと思っていたんだが」
流石はAランクの冒険者だな。
俺達の実力に少しは気づいたのだろう。
その予測は俺達の実力とは大きく乖離していたが、相手が自分より上かどうかを判断できる目は持っているようだ。
「まぁ、冒険者登録をしてないヤツなんて、たくさんいるからな。シスン達のレベルが高くても、そんなに驚くことはない。シスンやアーシェみたいに若いのに強いヤツもいれば、年老いた爺さんでもクソほど強いのがいるからな」
「そうなんですか?」
爺ちゃんみたいに強い人が他にもいるのか。
一度会ってみたいな。
俺はミディールさんの話に興味を持った。
ミディールさんも俺の反応に気を良くしたらしく、懐かしそうに語った。
「俺がシスンくらいの年の話だから、もう十年は前になるけどな。ボリルの街で毎年行われている闘技大会に出場したんだ」
「そんな大会があるんですね。知らなかった」
「それで、俺は優勝したんだけどよ。闘技場を出るときに変な爺さんが絡んできてな」
ボリルの街で行われた闘技大会に優勝したミディールさんに話しかけてきた老人は、戦いぶりについてあれこれ指南してきたらしい。
初めは変な老人に捕まったと、顔を顰めていたミディールさんだったが、次々に指摘される言葉が的を射ていたために途中からは真剣に話を聞いていたという。
話が終わる頃には老人が相当な達人だと気づいて、手合わせを願い出たというのだ。
老人は穏やかな笑みを浮かべながら、快諾したらしい。
街から出て広い場所で老人と戦ったミディールさんは、完膚なきまでに叩きのめされたそうだ。
闘技大会に優勝したミディールさんがだ。
老人はミディールさんに見込みがあるから鍛錬を積むようにと告げて、孫を待たせているからと地下ダンジョン
の方へ向かったらしい。
ボリルの街の地下ダンジョンか。
俺には若干のトラウマがある場所だ……。
「大会で優勝したミディールさんに勝つなんて、そのお爺さん凄く強いんですね。世の中には強い人がまだまだいるのか……。楽しみです」
「その爺さんの正体を聞いた時には納得できたんだけどな」
「そうなんですか?」
ミディールさんは一呼吸間を置いて言った。
「ああ。なんと、その爺さんは…………あの有名な【剣聖】だったんだ」
「…………へ!?」
思わず変な声を上げてしまった。
なんと、ミディールさんを倒したのは俺の爺ちゃん……だった。
「お前も、名前くらいは聞いたことがあるだろう? 俺はあの【剣聖】と手合わせできたんだ。こんな経験滅多にないぜ。ちょっと羨ましいだろ?」
「あ、そ……そうですね」
滅多にどころか、毎日手合わせしてたんだが……。
無駄に驚かすだけだし黙っておこう。
と言うか、ボリルの街って俺が子どもの時に、爺ちゃんに置いてけぼりにされた地下ダンジョンがあったところじゃないか。
爺ちゃんは、俺を待ってる間にそんなことをしていたのか。
「シスン達は、エアの街に行くんだって?」
「はい。知り合いの旅芸人が興行をするので、見に行くんです。あと、息抜きにアーシェと観光しようかなって」
「そうか。ひとつ忠告しといてやる」
そう言って、ミディールさんは俺の肩に手を回すと、耳元で小さく囁いた。
「エアの街には良からぬ輩も多い。面倒ごとに巻き込まれないように気をつけろ。特に奴隷商人のアンドレイという男には近づくな。いいな?」
「はぁ……」
どうやら、俺とアーシェを心配して気にかけてくれているようだ。
奴隷商人のアンドレイには近づかない。
よし、わかった。
ミディールさんは冒険者ギルド直通のクエストを受けているようで、別の街に向かうのだそうだ。
俺達は山を下りると、それぞれ別の方向へと歩を進めたのだった。
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