第10話 旅の支度
ネスタの街に戻った俺達は、街の人達から大喝采を浴びた。
討伐した証拠にドラゴンの牙を持ち帰ったからだ。
冒険者ギルドにはドラゴンと戦った場所を伝えてあるので、その死骸を確認して貰ってから正式に討伐達成という形にはなるだろう。
「わぁ! こんなに大歓声はぁ、私達の興行でも見られないわねぇ。シスンさんも、アーシェさんもぉ、本当に凄いですぅ」
「メルティの支援があったから、誰も死なずに済んだのよ。ありがとね」
アーシェはメルティを褒めた。
メルティは少し気恥ずかしそうにしながら謙遜していた。
ベルナルドとオイゲンは何か思うところがあったのか、街に着くとすぐにどこかへ去ってしまった。
「まさか、お漏らしするなんてね」
アーシェは思い出したように肩を小刻みに震わせていた。
残った姉妹はと言うと……。
「あの……、もし良ければ私達姉妹と正式にパーティーを組んでみない?」
「ね、どう? 私も姉さんも、お金で雇われただけだし。それに半分は前金で貰ったけど、後払いの分は払わずに消えちゃったから。まぁ、ドラゴンを倒したのは私達じゃないから、それは別にいいんだけどね」
姉妹は【光輝ある剣】の正式なパーティーメンバーではなく、お金で雇われた傭兵だ。
そして、俺とパーティーを組もうと言ってきた。
だけど俺は、
「俺にはアーシェがいるから、その必要はないかな」
アーシェを見ながら言った。
すると、アーシェは急に顔を朱に染めて慌てだした。
「ななな、何言ってるのよ、シスンったら!」
「え? だって、俺とアーシェの二人だけで、クエストは事足りるだろ?」
「………………あー。そうね」
アーシェが頬を膨らませて、顔を背けた。
俺、何かやらかしたか?
姉妹は残念そうに肩を落として、またどこかで会ったら宜しくと言って、街を出て行った。
三日後。
ドラゴン討伐の報酬は、俺とアーシェとメルティの三人で分けることになった。
本来なら参加した全員で分けるところだが、ベルナルドとオイゲンはその前に街を去り、サラとローサの傭兵姉妹は「私達は貢献できていないから、今回は遠慮しておくわ」と断ったからだ。
メルティも貰えませんと固持していたが俺達二人だけが貰うのはちょっと気が引けていたし、彼女の支援のおかげで助かった命もあるので半ば強引に受け取らせた。
メルティは凄く感謝していた。
彼女にも家族を養うためにお金が必要だからな。
アーシェは俺の判断に文句を言わず、逆に嬉しそうに微笑んでいた。
ドラゴン討伐で得られる冒険者ポイントの方は、参加した全員の均等割になる。
アーシェはベルナルドとオイゲンにはあげたくないと言っていたが、冒険者ギルドの規定でそうはならなかった。
メルティはこの後、お兄さんと合流してから近くの街に家族を迎えに行き、封鎖解除されたバラフ山脈を越えるようだ。
「しばらくはぁ、バラフ山脈の向こうにあるエアの街にいますのでぇ、良かったら私達の興行を見に来てくださいねぇ」
「そうか。無事に興行ができそうで何よりだよ。その街にはどのくらい滞在するつもりなんだ?」
「一ヶ月くらいですぅ。その後は次の街へ移動ですからぁ」
「ねぇ、シスン。ドラゴン討伐で報酬もたんまり入ったし、たまには観光も兼ねてゆっくりしない?」
俺は明日からもクエスト漬けの日々を送るつもりだったが、アーシェは少し休暇が欲しかったようだ。
確かに毎日モンスターと戦ってばかりじゃ飽きるだろう。
俺はアーシェの提案を受け入れた。
メルティは俺達が興行を見に来てくれるとわかって喜んでいる。
そうして、俺達はメルティと再会の約束をして別れた。
***
翌日、俺とアーシェはエアの街に行く支度をしていた。
冒険者ギルドのマリーさんには、しばらく街を離れると報告してある。
ネスタの街を発つのは明日の朝だが、早々に支度を済ませた俺は、爺ちゃんに送る手紙を書いていた。
ドラゴンを倒したことを伝えておこうと思ったからだ。
その際、ひとつ目の鍵を開けたことも書いておく。
良くやったと褒めてくれるか、それとも、まだまだ修行不足だと言われるかわからないが、エアの街から帰って来た頃には返事が返ってくるといいなと考えていた。
爺ちゃんの反応が楽しみだ。
「シスン。私まだ支度がかかりそうだから、先に用事を済ませてきていいよー」
「まだ、かかるのか?」
「女の子は色々と準備があるのよ。って……シスンの荷物はこれだけなの!?」
アーシェは俺の革袋の中を覗いて言った。
俺の荷物は保存食だけで何も問題ないと思っていたが、アーシェが呆れていた。
「後は私がやっておくわ。もぅ、これだから男は……」
ぶつくさ文句を言いながら、俺の革袋に替えの服などを詰め込んでいくアーシェ。
「まったく、もぅ」と言いつつ、怒っているわけではなく楽しそうに荷造りをしているので、放っておいてもいいだろう。
俺はアーシェに言われたとおり、用事を済ませることにした。
実はドラゴンを倒した際、剣が駄目になってしまったのだ。
単に折れたのではなく塵となって霧散していた。
なので、新しい剣が必要だった。
幸いにもドラゴンの牙を持ち帰っていた俺は、これを新しい武器の素材にしようと考えていた。
ちなみに、このドラゴンの牙をへし折ったのはアーシェの鉄拳だ。
拳の一撃でドラゴンの牙を軽々とへし折ったアーシェに、ベルナルドとオイゲンは恐れおののいていた。
アーシェが言うには、わざと彼らの前で見せたらしい。
「オヤジさーん。こんにちはー」
俺は今や馴染みとなったドワーフの工房を訪れていた。
「おいおい、まだ剣は完成してねぇぞ」
この工房の主、ドワーフのオヤジさんは俺が剣を取りに来たと思ったらしい。
いくら俺でも三日で剣が完成するとは思っていない。
「しばらく、バラフ山脈の向こうにあるエアの街へ行こうと思ってさ。その剣が完成するまでの間、代わりの剣が欲しいんだけど」
「何だ。そういうことか。それなら、そこのヤツを持っていけ」
オヤジさんは工房に並んでいる剣の束を指した。
どうやら、この中から好きな剣を持っていけということらしい。
この工房には、オヤジさん以外にもドワーフの鍛冶職人が数人いる。
この剣の束は、名工と言われたオヤジさんが作った剣だと手触りから感じた。
「じゃあ、これ持っていく」
「おう。ドラゴン討伐の祝儀だ、代金はいらねぇぞ」
「本当に!? ありがとう。お土産に良い酒があったら買ってくるよ」
「へっ。そりゃ楽しみだ。気ぃつけて行ってこいよ」
「うん」
剣を調達した俺は、アーシェへのお土産にいくつか果物を買って家路に就いた。
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