03_ウサギの絵

縦に畳一枚分は有りそうな大きな絵が、左の壁に2枚、右は、受付のテーブルの置いてある奥の壁に1枚、合計3枚飾られていた。絵の横にはA4サイズ位の説明書きが添えられていた。

絵には額縁は無く、厚いパネルになっている。驚いたことに、3枚の絵はどれも全面真っ黒だった。


なるほど、案内の葉書が黒かったのはこういう意味だったのか。

近づいてよく見てみると、それはただ一色の黒ではなく、微妙な濃淡を付けて、米粒サイズの複雑な形の模様がびっしり印刷されている。それらは確か平らな面に印刷されているのだけど、見ようによっては細かな凹凸が見えてくるような気もしてくる。


ふと絵の横を見ると、説明書きだと思った物には字は書かれていなかった。その代わり、モノクロの細かい線で、写実的なイラストが描かれていた。


左の一枚目の絵の横にあるイラストは、草むらの中にうずくまり、ちらりとこちらを見ているウサギの絵だった。それは漫画のようなものではなく、写真の印刷技術が発達する前の昔に刊行された百科事典に出ているような絵だ。


何故ここにウサギの絵が飾られているのだろう? それとも、ギャラリーに飾られる絵というのはこちらの方で、黒いのは絵では無いのだろうか? だとしたらこの黒いのは、何だろう?


改めて隣に掛けられている、巨大な黒いパネルを見てみると、先程は気が付かなかったが極薄っすらと、隣のウサギと同じウサギの絵が印刷されている事が分かってきた。


いや、薄っすらとではない。目を凝らしてみると米粒サイズの模様の一つ一つに濃淡が付けられている。気づかなかったのだ。そうと分かればかなりハッキリとウサギが見える。

しかも、隣のイラストに比べるとこちらの方はかなりリアルだ。毛は黒うさぎの艶が鮮やかに描写されており、触ればふさふさとした感触まで手に伝わってきそうだし、目には瞳の虹彩が微細に書き込まれていて、艶かしさを感じる位だ。


しかし、何か変だ。そこに描かれているのは確かにウサギ、耳が長く毛のフサフサと柔らかそうなウサギなのだけど、でもなにか違うような感じがする。何でだろう? 顔の方をよく見てみると、ウサギには有るはずのヒゲが描かれていない事が分かった。これが違和感の原因だったのだろうか?

隣りにある、小さいイラストの方を見てみた。そのイラストは、描き方こそプリミティブな線画ではあるけど、改めて見てみると大きい黒い絵の相似形になっている事が分かる。そのイラストの顔の部分を見てみる。

そちらのイラストの方には、数こそ漫画チックに数本に省略されていたが、ちゃんとヒゲは描かれていた。すると黒い大きな絵の方には何故ヒゲが無いのだろう?


しかしさらによく見てみると、極薄いコントラストではあったが、確かに細いヒゲが本物のウサギのように沢山描かれているのが見えてきた。どうも絵の表面に特殊なフィルムが貼られている様子で、見る位置によって絵の見え方が変わってくるようだ。初めはただの黒い壁面のように見えた絵も、見慣れてくるとちゃんと絵が見えるとは、これは実に面白い。小林さんが言っていたチョー面白いと言うのはこの絵の事だったのか。


他の絵も見てみようと身を巡らすと、奥の階段から一人女性が降りて来るのが見えた。そこに階段が有ったなんて気が付かなかった。ギャラリーは2階に通じているようだった。


「あら、こんにちは。いらっしゃいませ」


とその人は言った。

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