落合進・3
さやかと個人的に会う時は、近くの安いホテルを借りる。こんな狭いアパート内で逢瀬などしようものなら、僕の部屋の両隣から中野といっちが駆け込んできて何事かと騒ぐだろう。さやかの秘密は、絶対に僕以外の人間が知る訳にはいかない。それはさやかのためでもあるし、口実にして抱いている僕のためでもある。
AV女優を抱いている、今の僕にはこれくらいしか他人に誇れるものがない。
さやかは中野やいっちよりも、羊山荘を出て外に泊まりに行くことが多い。こんなオンボロアパートに居たくないのは全員同じで、中野が男の家に行ったりいっちがサークルの仲間の家に行ったりと、定期的に部屋を空けることはあるが、さやかは一週間に四回戻ればいい方で、残りの三日は知らないおじさんのタワマンに居る。僕の勝手な想像に過ぎないけど。
秘密は知っているくせに、もっと浅いはずのプライベートのことは何も知らない。僕が他の三人とは違う大学であることも、さやかがAV女優であることも、こんなに狭いアパートで、共有しているのはふたりだけ。二〇二と二〇四に挟まれているいっちはとんだ災難を被っていることになる。両隣同士がバチバチに悪い関係であることなんて、脳天気なあいつは知りようもない。
「落合くんって、そういう子が好きなの?」
いつも寝ている布団の三倍近い広さがあるベッドで、僕はバスローブを着たままスマホを見ていた。後ろからいつの間にかやってきた、同じ衣をまとったさやかが、抱きつくように重なってきて人差し指を僕の頬に立てる。
「なに、嫉妬?」
「違うけど、この子、たぶんすごく性格悪い」
端正な顔を見ると安心する。綺麗なものは裏側まで綺麗でいて欲しいと思うのは、僕が汚れた秘密を持っているからだろうか。さやかも初めて出会った時は、その姿を写真に撮って現像して部屋にポスターのように飾りたいと思ったものだ。結局その、やたらと人の姿かたちが気になるようになったせいで、偶然流していたアダルトビデオの中のさやかを見つけてしまった。
反面、スマホの中のアイドルはかわいらしくて、綺麗で、理想の女の子としてそこに居る。これは一種の安心を得たいから現れたかもしれない感情で、普段接する女が中野もさやかも大学の女も総じて「見た目は良いのに残念なやつ」だから、憧れの象徴のような偶像のアイコンに逃げていた。モデル雑誌の表紙になったという彼女の飾り立てられた写真がSNSで流れてくる。今はこれを部屋に飾りたいと思った。
「かわいいだろ、星野純華。性格は悪いかもしんないけど、さやかとか中野ほどではない」
「さあ、どうやら。やっぱり、男の人ってなにも分からないのね」
この子、目が笑ってないもの。そう言ってさやかは、隣に座って煙草を取り出し火をつける。
たかがAV女優が、知ったような口をきくんじゃねえよと言えば、でもあなた、私たちより偏差値低いんでしょうと返される。もうわかっていたので何も言わなかった。僕はスマホを閉じて、隣のさやかを見やる。綺麗な顔だとは全員が認めるだろうけれど、こうやって煙草を吹かして、手の届かない偶像に対して毒づく姿はかわいらしさの一ミリもない。
さやかの方こそ、全く目が笑っていない。こちらに合わせて高まっているフリをしたり、適当に喘いでみたりはするけれど、心の奥底ではバカなんじゃないのと見下している。人間に対しての態度が最初からこれなのだ。外面を着飾ることは上手いのに、内側のドロドロした部分が透けて見える瞬間があって、僕はそれがすごく怖かったし、嫌だった。
「そんなんだから、さやかには本当の彼氏ができないんじゃないかな」
「別に欲しくもないわ、自由に生きたいもの」
煙草の煙は空を昇るように回っていくが、低い天井に当たって儚く消えていく。さやかが望む自由とは、僕なんかに制御もされないような綺麗なマンションで、金に困ることも無く、友人と午後に待ち合わせをして銀座でお茶をするような生活なんだろう。僕はAV女優としてのさやかしか知らないし、それ以外を知ろうとも思わない。友人としての接し方を間違えた不器用な男女関係は、割り切れないままに続いていく。
いつもさやかが先に部屋を出る。花柄のスカートにブラウスを合わせ、ヒールの高い靴を履いて、いかにも良いところのお嬢様のような雰囲気をまとって。綺麗だ、とは遠くから見ているから思うんだろう。ベッドを挟んだ向こう側で、さやかは全身鏡で前髪を直している。きっと、憧れのアイドルも遠くから見ているから良いだけで、内面は僕らと変わらない人間で、重苦しい秘密だって抱えてるかもしれない。
「それじゃあ、また来週」
さやかが笑って手を振る。また部屋を空けるのか、そろそろいっちあたりが勘づくと思うけどな、と言おうとしたけど、やめた。先週も同じようなことを考えた気がする。僕らが立っているグラグラの板は羊山荘の廊下の床くらい不安定で、転げ落ちてしまう時も近い。
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