「離れる背中」

「こんなもんかな」

「こんなもんじゃない?」


うむ。

短く頷いて、視線を外す。

さっき飲んだアイスコーヒーが口のなかに残ってる。

いつもと変わらない街並み。

あなたが手を振るのも、いつもと同じ。

「じゃあね」

あなたの声は、いつもより優しい。

それを合図にして、反対方向へ歩きだす。


『何が起きたって、知ったこっちゃないね! Boon!』

猛スピードで通り過ぎる、無神経な車。

その気取った赤いバンパーをじらっと睨み、

会社帰りのつもりで街をかわす、日曜日の午後。


『こんなもんじゃない?』

あっさりしてた、あなたのノリ。

いつから別れること、考えていたんだろ?

薄ぅく予感はあったけど、その日が、今日だなんて。


「こんな、もんだね」

急に足取りが重くなる。

さっきの赤い車は、粒になって信号待ちをしている。


振り向いてみようか。

やっぱりやめた。

未練じゃないよ。

だって。

あなたも振り向いてたら、笑っちゃうじゃない?

きっと。泣いちゃうじゃない。

もしも。

あなたの背中、さがしてしまったら。

私は。

人の波に打たれて、亡霊になってしまう。


赤い車はもう見えない。

震える肩を紛らわすように、横断歩道を駆け抜けた。


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