4_誠心誠意とは金額ではなくプライスレスである ①

「ウーン!! 牛丼ウンメェナァ!!」


 週末。

 ゴージャスな俺様は優雅な朝食を牛丼屋のカウンター席でとっている。

「牛肉増量キャンペーントカ、GODカヨ!!」

 素晴らしいキャンペーンを設けた企画者よ、お前将来平原内閣の幹部にしてやってもよいぞ。

「バクバクムシャムシャムシャシャーーッ……シャーーーーーーーーッ!!」

 かぁーーっ! この肉汁にくじゅう! 肉の弾力! そして甘さとしょっぱさが織り交ざった味! これぞファーストフードって感じがしてよきかなよきかな。

「ウムゥッ!! 俺様モGODダガ、コノ企画ヲ立案シタ輩モ仲間ニ加エテヤランコトモ、ナイッ!!」

 俺と同列はさすがに無理だとしても、そこそこ満足できるポストを用意してやってもいい。


「美味美味美味美味美味ィィイイィーーーーーーッ!! 最高ダゼェイェーーーーーーェイ!!」


『アイツ一人でうるせーな』

『牛丼一杯ぐらい静かに食べられないのかよ』

『本能のままに動くゴリラだな』

『今日の隣席りんせきガチャは大外れだよ』


 至福のひとときに幸福感をいだいていると、隣に座ってる作業着の男二人組から怨嗟えんさのまなざしを向けられた。

「ヲ前等コソ俺ノ悪口言ッテナイデ黙ッテ食ットケヤ、貧乏人ガ」

 俺に嫉妬してくるやかましい土方二人組を優雅に叱責しっせきしてやる。他人の文句言ってる暇があるならサボってないでさっさと建築しとけや。

「自分だって牛丼屋にいるくせに……」

「しーっ。これ以上言うのはやめようぜ。何されるか分かったもんじゃない」

 その後、二人組は俺を見ないどころか存在を抹消まっしょうしたかのように黙々と食を進めて先に店を出た。ケッ、いかつい見た目に反してチキンハートな連中だこと。

「ハァアイ! 完食ゥッ!!」

 俺がワイルドにどんぶりを叩くようにテーブルに置くと、周囲の客が迷惑そうなツラで睨んでくる。はぁ~、これだから嫉妬の民どもはよ。

 レジでみやびに財布を取り出そうとする。俺の財布は百均のマジックテープで開封する代物で、開ける時のベリベリって音が心地いいんだよな。音を出した際に周りが反応するのも面白い。


「……ア、アリ……?」

 財布を出そうと全ポケットを漁るが。


「お客様? まさか……」

 漁るが――

「アリャリャノリャ……?」

 財布はどこにもなかった。神隠しか!? それとも知らぬ間に誰かにすられた!?

「………………」

 レジ前に立つ店長のネームプレートを右胸につけた五十代くらいのオッサンが営業スマイルから一転、冷たい表情を向けてきた。


「…………無銭飲食だね」

「俺ノ財布ハドコジャーーーーーーーーーーイ!?」


 俺の財布をパクった不届き者は誰じゃオラァッ!? 今ならまだ半殺し程度で済ませてやるから名乗り出ろ!

「で、どうするの? 無銭飲食は立派な犯罪だよ。警察呼ぶよ?」

「コッ! コレハ新山ガァ!」

 俺の財布=新山の方程式は周知しゅうちの事実だろぉ!? 新山の財布は俺様のもの!

「新山って誰だよ。君が、支払うんだよ」

 わざわざ「君が」の部分を嫌みったらしく強調してくるんじゃないよ。性格腐ってんな。

「今スグ新山ヲ呼ンデヤッカラ待ットケ早漏ガ!!」

「はぁ」

 俺はスマホを取り出してチャットツールから新山に電話をかける。

「「………………」」

 ――――かけるが、繋がらない。

「アイツマジ使エネーナァ!!」

 いつもいつも肝心な時に役に立たないポンコツ野郎め!

 思わずスマホを地面に叩きつけようとしてすんでのところで踏みとどまる。あぶねあぶね。他の奴のスマホなら存分に投げつけてやるところだが、自分の大事なスマホを傷物にしたらまずい。

「観念しろよ、無銭飲食犯」

 店長はあたかもこの俺が犯罪者であるかのような目で睨む。心外にも程があるぞこの野郎。

「アアッ!? 外ニGODガアァッ!!」

「どうせくならもっとマシな嘘け」

 俺の惑わせが効かないとは……コイツ一体何者!?

「グヌヌ……」

 両親に事情を説明して来てもらう方法もあるが、いらぬ迷惑はかけられない。ファミリーは大切だからな!

「知ってるか? 無銭飲食は窃盗罪じゃないんだよ。詐欺罪にあたる」

 なに浅い知識をひけらかしてドヤ顔してやがるんだこのオヤジは。この俺を糾弾きゅうだんするお前こそ極刑きょっけいだってことが理解できてないな!?

「ヲ前ェッ!! 俺様ハ客ダゾ!! 誠意ガ足リンノデハナイカネ!!」

 接客の礼儀が一切なってないな。この俺が将来内閣総理大臣になったらいの一番にこの店潰してやるよ。精々路頭に迷って苦しめや。

「誠意が一切ないのはアンタだろ。無銭飲食する輩を客とは呼ばん。そんな奴に見せる誠意は一ミリたりともない」

「ヌヌヌヌゥ……」

 店長は俺が拳でカウンターを叩いても微動だにせず、なおもしらけた視線を寄越してくる。

「警察を……いや待てよ」

 ふと何かを思い立ったのか、あごに手を当てた店長はニヤリと笑った。

「ナンダ? 嫌ナ予感シカシナイゾ」

「ちょうど今日は当日欠勤が出て人手不足なんだ。無銭飲食分プラスアルファで今日一日働いてもらおうか」

「プラスアルファッテナンヤネーン!?」

 悪質な利息みたいなさぁ! こちとらいたいけな男子高校生だぞ!

「警察を呼ばずに見逃してやるんだから当然だろ。それともそんなに豚箱に入りたいのか?」

「俺様ハ警察署デハ広ク顔ガ知レ渡ッテルンダガ?」

 連中は俺の顔を見た瞬間推定無罪にしてくれるだろうよ。

「それ絶対ろくでもない理由だろ。何度やらかしてるんだよ」

「フハ。アマリコノ俺様ヲ侮ラナイ方ガイイ」

 こちとら片手で数えきれないほど警察署に連行されては厳重注意を受けてる身なんだよ! 下々しもじもの地味一般ピープルどもとは一線をかくしてるんだよ!

「低レベルな次元で威張るんじゃないよ」

 しかし店長は無学すぎて俺のすごさを理解できないらしい。これだから学がない輩はよぉ。

「アー分カッタ分カッタ。着替エテクルカラ待ッテロ」

「そう言って逃げる気じゃないだろうな?」

「ンナワケネェダロウガ。ホレ、コイツガ担保ダ」

 俺はスマホと定期券が入ったパスケースを店長に差し出した。

「……しょうがないな」

 俺の担保を認めたクソ店長の許可が下りたところで労働に勤しむべく装備を整えるとしよう。


    ♪


 数時間後――

「オラッ、戻ッタゾテンチョオッ!」

 俺は約束を守る男なんだよ。

「どうせ制服に着替えるんだからわざわざ着替える必要はなかったけどな」

 せっかくの俺の苦労を一蹴いっしゅうするんじゃないよ。身も蓋もないな。

「それと二つ質問」

「ハー。ンダヨダリィナ。サッサトシテクレヨ。時間ハ有限ナンダゾ」

 俺の貴重な時間は対価に変換するととんでもない額になるぞ?

「隣にいるのはさっき言ってた新山って人か?」

「ソウダ。奴隷――モトイ助ッ人トシテ参戦スル」

 いち人材としては著しく能力不足ではあるが、奴隷としてならば最低限はこなせるだろう。

「そうなのか?」

「コイツが勝手にほざいてるだけで俺にその気は一切ございません」

「ハ!? オイ新山! 貴様マタモヤ反旗はんきひるがえス気カ!?」

 お前は何度俺を裏切れば気が済むんだよ。マジ学習しねーな。そのお家芸、うすら寒いんだよ。

「俺はお前の味方じゃない。もっと言えば友達ですらない」

「当タリ前ダロ! ヲ前ハ俺ノ捨テ駒! 友達デハ、ナイッ!」

「どこが当たり前なんだよ……言っておくけど俺にも人権はあるからな」

 お前なんぞが俺様と対等な立場にいるわけがないと自覚せよ!

「なんだ君ら……とりあえず二人とも働くでいいな?」

「ウム。ソウイウワケデテンチョッ! コイツヲ存分ニコキ使ッテヨイゾ。特別ダ」

 困惑を隠さない店長の肩に手を置いてサムズアップしてやる。光栄に思え。

「なんで平原が許可するんだよ……」

 新山の人生の選択権限は我にあるからだよ。

「ンデ? モウ一ツノ質問ハナンダヨ?」

 この俺に二つも疑問を投げかけるんだ。相応の内容でないと承知しないぞ。

「なぜ、スーツに着替えた?」

 店長は俺の服装の端から端まで視線で眺めて、最後に俺の顔を睨む。

「しかも靴めっちゃ尖ってるし」

「靴ノ尖リ具合ハドウダッテエエ。ヲ前ノ生キ様モ大概たいがい尖ッテルシナ」

「君のせいで尖ったんだよ」

「働クカラニャ服装カラ整備シテコソ気合イガ入ルッテモンヨ」

 モチベーションを高めるためにはまず形から入らないとだろ?

「ま、結局制服に着替えるんだけどな」

 気分が違うってのに無粋な男。だから中間管理職止まりなんだよ。

「なんで俺まで無銭で働かなきゃならないのか……法律違反でしょ……」

 新山がぶつぶつ文句を垂れ流してやかましいな。

「俺トヲ前ノ魂ハ混ザリ合ッテルカラナ」

 ゆえにお前にも責任が発生している! 逃げ道などないんだよ。

「キショイこと言うなよ」

 キショイのはお前のオーラと存在なんだが?

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