3_病は気さえあれば数%は快復に向かう可能性有 ⑧

    ♪


「オ、オォオ……ユ……ユウキィ……手術ガ失敗シテソンナ姿ニ……!」


 試合翌日。

 ユウキが入院している病室へと辿り着くと。


 ――――ユウキの姿は手術前と別物になっていた。


「スマヌ!! ジュマニュユウキィ……ッ!! ヲ前ヲ救エナカッタ……ッ!!」

 俺が無力なばかりに……お前の手術成功を後押しできなかった……!

「ウウ……ユゥウギィイィ~~ッ……!」

 約束自体はかろうじて守れたが、やはりこの俺が、、ホームランを打てなかったからユウキは……。

「――いや、テーブルに置かれてるチューリップに懺悔ざんげしても……」

「なにをどうすれば手術で人間がチューリップに変化へんげするんだよ……」

「ヲ前等黙レ!! 空気読メヨォオォッ!!」

 人が悲しみに打ちひしがれてるってのにウザったい追い打ちかけるなっちゅーの。


「――――圭お兄さん?」


 病室の出入口から聞き覚えのある声が。

 振り向くと、驚きの人物が立っていた。

「デ、出タナユウキ!? 化ケテ出テキタノカ!?」

 自身を救えなかった俺を呪うために悪霊になったのか!?

 その割には脚もついてるし生気も感じられるが……これが生で見た死者の姿なのかよ。

「ユ、ユウキ? 考エ直セ!? 俺ヲ恨ンデモ解決シナイゾ! ヲ前、本当ニソレデイイノカ!? 素直ニ成仏シテクレェエ!」

 恨むなら新山を恨んどけな、なっ? なっ?

「…………? 恨むって? あと勝手に殺さないでよ」

 ユウキは小首を傾げて怪訝けげんそうな表情を浮かべた。

「ユ……ユウキ……ッ! 生キトッタンカワレェ!!」

「はいはーい、まだ完治してないんです。乱暴なハグはご遠慮ください」

 ユウキを抱擁ほうようしようとした俺だったが、ユウキの横にいる例の看護師に止められた。

「ユウキ、顔色よくなったな」

 高岩がユウキに微笑を向ける。こいつのタメ口は新鮮だな。サイコパスのくせにそんな感情もあるのか。

「うん、手術は無事成功したんだ。体調も徐々に治るってさ」

「遠くないうちに日常生活も送れるって先生のお墨付きもあるんですよ」

 看護師もユウキの言葉を聞いてニコニコ頷いている。

「ソレハナニヨリ! ハッピーエンドダナ!」

 ユウキの手術が成功して純粋に安堵あんどする。


 しかし、しかしだ。

 俺にはどうしても無視できない事柄がある。


「トコロデユウキヨ……ソノ恰好ハ……?」

 ユウキはベージュのワンピースを着ている。見た目だけでなく服装まで男の娘仕様だ。

 これじゃあ、まるで……。

「……? 変、かな……? 散歩するために久々に着てみたんだけど……」

 ユウキは前髪をいじりながら恥じらいの表情を見せた。

 ひさ、びさ……? ユウキは以前から女物を身にまとう趣味があったのか?

 ま、まぁ今はその辺の偏見が薄まった世の中だからな、うん!

「変じゃないけど……女の子みたいな恰好だなって思ってさ」

「え……?」

 新山が俺の気持ちを代弁すると、ユウキは一瞬眉を上げた。

「妙に似合ってるのがなんとも」

「………………」

 毒舌家の高岩も珍しく褒めの言葉を繰り出した。

 一方のユウキは俺たちの反応にきょとんとした末、


「だってボク、女の子だもん」

「ハ――?」「「は――?」」


 とんでもない爆弾をしれっと投げてきた。消しゴムを貸すようなノリでな。

 俺たちは一斉に声を発した。だってそうだろ!? 名前、容姿で男としか思ってなかったわ! まさかのガールオチは全く想定してなかったわ!

「え……えぇ~……?」

 今度はユウキが驚く番だった。

「え、みんなボクのこと男だと思って接してたの……?」

「ゆうちゃんはボーイッシュなボクっ娘だから勘違いされちゃったのね」

 看護師が愉快そうに笑う。おい、何がそんなにおかしいんだよ。お前俺たちのこと完全にバカにしてるだろ、おぉん?

「アト名前モナ」

 ユウキと聞けばボーイだと思うだろ普通よお!?

「ボクの字はね……『優紀』って書くんだ」

 ユウキは引き出しにしまってあった裏紙にボールペンで書いた二文字を俺たちに示した。丸みがかった可愛らしい字だ。

「オ、オォ……」

 どうにも認めざるを得ないが……うーむ。こうして眺めると葵ほどではないが、優紀もなかなか……。

「今は多様性の時代ですから」

 看護師の明るい声音こわねが俺の邪心を振り払った。そういやコイツは優紀のことを「ゆうくん」ではなく「ゆうちゃん」と呼んでるな……って、「ゆうちゃん」じゃ性別判別できねーんだわ!

 難しい時代になったモンだぜ……。

「みんな、本当にありがとう。おかげで病気に勝てたよ」

 優紀はゆっくりと俺たちにお辞儀をした。

「圭お兄さんがホームラン打ってくれたんでしょ?」

「エ……? イヤ、アレハ――」

 ユウキがキラキラした目を俺に向けてくるが、ホームランを打ったのは俺じゃない。尊敬のまなざしを与えられても困る。

「そうだよ。平原は約束を守る男なんだ。なっ、平原」

「エッ!? オ、オウ……?」

 新山が俺の肩にガッと強く手を置いて圧をかけてきたものだから、つい頷いてしまう。

「いやあの新山さん? あれは――むぐっ」

 新山がすさまじい勢いで高岩の口を手でふさいだ。

「あのさ、平原お兄さん……もう一つの約束も、覚えててくれてる……?」

 優紀はもじもじしながら上目遣いで尋ねてくる。くうぅ、女の子だと分かった途端妙な気分になってしまう。

「モチノロンヨ! 体力ヲ取リ戻シタラ一緒ニキャッチボールシヨウナ!」

 が、別に俺は下心で優紀にお節介を焼いたんじゃない。最後まで誠実であれ。

「――! うんっ! ホームラン打ってくれてありがとね、圭お兄さん!」

 優紀は満面の笑みを見せてくれた。この分なら近いうちに退院して日常生活を取り戻すことができそうだ。

 こうして俺たちは優紀の病室をあとにしたのだった。


    ♪


「――なんで新山さんは自分の成果を平原さんの手柄にしたんですか? そんなことしたって新山さんにはなんの得もないじゃないですか」

「優紀の気持ちを壊しちゃいけない。時には真実を伏せるのが最善の場合もあるんだよ」

「……あれが最善だって言うんですか。新山さんの答えなんですか。バカなんですか? 偽善者ぶったって決して報われないんですよ?」

「俺はお立ち台に上がるキャラじゃないから。裏方が性に合ってるんだよ」

「…………そう、ですか。……たまに新山さんのことが本気で分からなくなります」

「誰だって他人のことは分からないことだらけでしょ」

「………………」


    ♪


「圭は自分でも気づかないうちにいろんな人を救ってるね」

 休み明けの月曜日。

 葵といつもどおり体育館裏での昼食タイム。そこでユウキとの顛末てんまつを話した。

「俺ガシタイコトヲシタマデヨ」

 結果的に誰かを救えたのは単なるおまけよ。

「……救わなくてもいい人もいると思うけど」

 ジト目で俺を睨む葵が話す人物はわざわざかずとも分かる。新山だ。

「アイツハ俺ガイナイトナーンモデキネェポンコツダカラヨォ」

 まったくアイツは年上のくせに頼りないったらありゃしないんだよな。もう少しなんとかなんねーかなぁ。

「あの手合いは甘やかすととことん調子に乗るよ。既に乗ってる感すらあるね」

 俺だけに限らずみんなに優しい葵だけど、相変わらず奴には非常に手厳しい。

「とにもかくにも。圭に救われてる人は大勢いる」

 葵は感嘆かんたんの声を漏らす。いやぁ愛する彼女に言われるとさすがに照れるぜ。

「そう――私だってそうだよ」

 そうなのかな。俺は、葵を救えているのか? はじめて出会った日にナンパ野郎から図らずも助けた時くらいしか心当たりがないんだが。

「……だからこそ、助けてもらってばっかじゃいられないんだ」

「……ン? ナニカ言ッタカ?」

 葵の口が動いたのでなにか発したと思ったのだが、

「なーんでもっ。ほらほら、早くご飯食べちゃお」

「ソ、ソウダナ」

 なんでもないと言われてしまってはこれ以上踏み込むわけにもいかず、俺は昼食に専念したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る