3_病は気さえあれば数%は快復に向かう可能性有 ⑤

 二回の表は俺の打席からはじまる。

「サァサァ皆様立チ合ァイ! GODノ打席デスゾ!」

 俺はバットをバックスクリーンに向けて掲げた。

「ホームラン予告とはナメた真似してくれるじゃねーか」

 相手の捕手が嘲笑ちょうしょうしてくる。ふん、せいぜい俺をコケにしてろや。その油断が命取りになるんだからな。

 ユウキに希望の弾道をスタンドまで描いて差し上げようぞ!

「オラァアッ!」

 投手が投げた球を当てるべく全力でバットを振るも、空振り。

 仕切り直して次の球――は、ボール球なので見逃す。

「――ストライィッ!」

「ハ……?」

 球審は俺が想定しなかったワードを放ちやがった!

「オラァ! アンパイアァ! 今ノヴォオルダロォ!?」

 十中八九クソボールだろうが! 目ん玉ついてんのか!? お前ら審判のプライドにかけて正確無比のジャッジをしろや!

「ココ! ボールハココ通ッタノヨ!」

 バットで地面を叩いてアピールする俺を見る審判の目は冷たい。

「審判への侮辱ぶじょく行為で退場にしますよ」

「ナ、ナナナ……」

 お前、審判が一番偉いとでも思ってんのか? 勘違いも大概にしとけや。お前らは神じゃないんだよ。おごり高ぶってんじゃねーぞ。あぁんコラ!?

 俺と審判が睨み合いをはじめたことで自軍の選手たちがバッターボックスまで集まってきた。

「オラッ、ヲ前等ナントカ言ッテヤレヨ!」

 この俺様を援護しろ! 援護射撃じゃい!


「是非とも退場にしちゃってください」

「こっちとしても願ったり叶ったりです」

「退場で済まさず、永久追放してください」

「ウムウム――ッンンッ!?」


 俺が求めてた台詞じゃなかったわ。

「俺ガ退場ニナッタラ人数不足デ負ケチマウダロ!?」

 まだホームランを打ってない、ユウキとの約束を果たしてないってのによ!

「だって全面的にお前が悪いし」

「スポーツマンシップの欠片もないんだよ」

「お前さぁ、自分が人格異常者だっていい加減自覚しろよ」

 同じチームの仲間に対してなんて暴言の数々!? 特に最後の永田大地には人の血が流れていないようだなぁ!

「……ッタク仕方ネーナ! 今回ダケハ見逃シテヤル! アリガタク思エ!」

 俺は審判にビシッと指を差してバッターボックスに入る。

「今のがボールって……平原の選球せんきゅうがんどうなってんだよ」

「誰がどう見てもど真ん中ストライクだろうに」

「見逃してやるって、見逃したのはストライク球なんだよなぁ」

「ウッセェゾヲ前等! 黙ッテ応援センカタワケガァ!」

 俺に送るのは野次じゃなくて声援だろバカチンどもめが。

 なおも俺の足を引っ張るべく躍起やっきになる嫉妬の民ども。お前ら醜いんだよ。

 オッサンが振りかぶってボールを投げた。

「フンッ!!」

 俺は真芯でバックスクリーンまで打球を飛ばすべくフルスイングした。

「ストライィッ! バッターアウトッ!」

「ア……ガ……」

 けれども、バットは風を切っただけでボールには当たらずじまいだった。

「もしもーし。ホームラン予告しておいて一球もかすりすらしなかったな。ごくろーさん」

 捕手は膝をついた俺を小馬鹿にしつつ、投手に返球した。

「グヌヌ……次ノ打席デ貴様ニ打球ヲ当テテヤル。覚悟シテオケ」

「んなことしても出塁できないけどな」

 ことと次第によってはすっぽ抜けたフリしてお前の股間にバットを放り投げてやるからな。

 結局、この回も我がチームから快音が響くことはなかった。


 0対1のまま五回の表を迎える。

 依然として俺たちは無安打に沈んでいる。

 バッターボックスに立つ俺も二ストライクと追い込まれた。

「エエエイヤアアッ!!」

 だが、いつまでも無抵抗でいるわけにゃいかないんだよな!

 俺から放たれた弾道はレフトスタンドまで綺麗な放物線を描いた。


「ホームランダァ!! ユウキ、約束ハ果タシタゾオオオォッ!!」

 これでお前も心置きなく手術に集中できるな! あとは自身の成功だけをひたすら願え!


「ストライィクッ! バッターアウトッ!」

 しかし球審からは驚愕の判定が告げられた。


「ハァ? スタンドマデ飛ンダジャネーカ!? ただチニビデオデリプレイヲ流セ!」

 貴様は俺が描いた放物線が見えなかったのか!?

「いやいや、スタンドまで吹っ飛ばしたのはボールじゃなくてバットだろ」

 小和田が理解不能なことをのたまってきた。コイツは幻覚でも見てるんだろうか?

「ヴァカ言エ……ッンッハーッ!? 俺ノバットガネェ!? ヲ前等ドコニ隠シヤガッタ!? 俺様ノバットヲ盗ンダ不届キ者ハドイツジャーーーーーーッ!?」

 いつの間にやら俺の手からはバットが消えていた。

 あれは俺がゴミ集積場から発掘した代物だぞ! 今はマジックショーに付き合ってる余裕などないんだが?

「マイバットヨ、返事ヲシロォーーーーーーッ!! 今助ケニ行クカラナーーーーーーッ!!」

「いやだから、お前が飛ばしたのがバットなんだって……」

「オウ、マイ、ゴッド……」

 バットをスタンドまでぶん投げてしまうとは、俺の腕力恐るべし。

「なんでこんな茶番に付き合わされなきゃいけないの? 俺たちの休日を使ってるんだから真面目にやれよな」

 永田大地が露骨に呆れた表情でたわけた発言をかましてきやがった。

「俺ハイツイカナル時デモ真面目ダロウガ! 貴様ガヨーク知ッテルハズダガナ?」

 常に人生全身全霊誠心誠意が俺のポリシーなんだわ!

「どこがだよ。真面目に不真面目やってるだけじゃん」

「某児童向ケ作品ノサブタイトルミタイナコト言ウンジャネェヨ!」

 俺が児童レベルの言動、行動してるとギャラリーに誤解されるだろうが。

「お前の頭脳は児童以下だけどな」

「ナ、ナ……!」

 言うに事欠いてこの俺に幼稚園を留年しろと申すか!? なんたる侮辱、いや不敬な! 到底許される行為ではない!

「……カッティーーン! 永田大地ィ! ヲ前マジデ自重シロヨ!?」

 いつもいつも、しかも今日は不特定多数が俺に注目する中でわざわざ俺をコケにしてくれやがって! ならば俺だってこの場を借りてお前をいたぶってくれるわ!

「カチーンじゃなくてバットでカキーンとやってほしいんだが?」

「テンメェエエ……ッ!」

 上手いこと言ったつもりか? ダダ滑りなんだよ。

 俺が永田大地の胸倉を掴むと両軍の全選手が俺たちのもとまで集まってきた。

「やめろよ平原。大人げない」

「マダ大人ジャネーシ! ボキュチャン子供ダモォ~ン!」

 成人年齢が十八歳に引き下げられてもなお、俺は未成年なんだわ!

「相手選手との一触即発ならいざ知らず、同チームの選手相手にキレるなよ。みっともない」

「ミットモナイノハヲ前ノ女関係ダワクソタラシ魔田村ァ!? 大体ヨォ、先ニフッカケテキタノハ永田大地ダロウガ!!」

 人様に指摘する前にまずは己のだらしない女関係を清算しとけや、田村ァ。

「おい平原大地、お前ら――」

「気色悪い呼び方すんな」「気色悪イ呼ビ方スンナ!!」

 小和田の言葉に俺と永田大地の台詞が見事に被さった。俺とコイツを合成するんじゃないよ。混ぜるな危険!

「――君たち、真面目に試合をしなさい」

 しばし俺と永田大地の応戦を静観せいかんしていた審判に警告される。これ以上揉めれば退場させられそうだな。

「……ッタク。切リ替エテ行クゾィェ!」

「お前が言うなよ」

 こうして不穏な空気を残したままチェンジとなった。


 その後もじわじわと失点を繰り返して0対4のスコアとなり――大きな動きが見られたのは八回裏にセンターフライで一アウトを取ってからだった。

「……ふぅ」

「田村さん、疲労の色が見えますね」

 フライの際に接近した高岩の指摘どおり、腕で汗をぬぐう田村の呼吸は乱れていた。この程度で息切れとは、情けない。チャラチャラと女遊びにうつつを抜かしてばかりで真摯しんしにトレーニングにはげんでこなかったツケが回ってきたんだよ。

 マウンドに内野陣が集結する。


「ヨッシ! ピッチャー交代ダ! ピッチャー、GODォ!!」


 俺は自分のビューティフルな顔を指差して高らかに宣言してやった。

 ここで真打ち登場よ。町内会のオッサン連中よ、俺のきゅうをとくと味わいやがるこった!

「お前、ストライク入るの……?」

「新山ノ心臓ニストライク放リ込ンデヤロウカァ!?」

「殺人だからやめろよな!?」

 ったく、新山は俺をディスる前にホームランの一本でも打ちやがれや、使えねー奴。

「田村、ピッチャー交代ダ。マァココマデ投ゲタノハ評価シテヤル。ヲ前、合格ナ」

「あっ、そう……」

 せっかくこの俺が褒めてやったってのにシケた反応だな。もっと喜べよ。俺が誰かを素直に褒めるのはまれなのによ。

「選手交代! 田村ハセカンドニ、新山ハショートニ入ル!」

 俺の采配を聞いた田村と新山が同時に眉をひそめた。

「えっ、俺ショートの実践経験ないんだけど……」

「ウッセタコ! 気合イデナントカシロ!」

 少し壁にぶち当たった程度で狼狽うろたえていては俺の子分は務まらないぞ。

「野球ゲームじゃないんだからさぁ……」

「スタミナガ尽キタ田村ニ負担ガ大キイショートハ任セラレネーダロウガ!」

 俺は神と人間のハイブリッドであって鬼畜ではない。

「セカンドだって負担大きいんですけど? バカなの? セカンド舐めてんの? 守備軽視のアホ?」

 しかし俺の秘めたる想いはバカな新山には微塵も伝わってなかった。

「ッテナ訳デ里見ィ、俺様ニリードハイラン。タダミットヲ構エテリャイイ」

「はぁ……? 訳が分かりません。説明してください」

 進学校の州西しゅうさい高校に在籍してるくせに察しの悪い奴だよ。

「ヲ前ノクソリードヨリモ俺様ノ直感ノ方ガアテニデキルッテコッタ」

「その根拠は?」

「俺ハ奇跡ノ男ナリ」

 俺がこれまで何度奇跡を起こしたかこいつは知らない。俺の無限の可能性に賭けるのが吉よ。

「なんですかその根拠? 全く論理的じゃないですね。平原さんにいた僕が愚かでした」

「ヨウヤット気ヅキオッタカ。ヲ前ハ勉強シカデキナイ無能ナリ」

 俺の話が高難易度すぎて理解できなかった自分が悪いくせして勝手に失望するんじゃないよ。

 理不尽な理由で里見ポイントが減点された模様。ま、そんなクソポイントになんの価値もないからどうだっていいけどな。

 さて、投球練習と洒落しゃれ込もうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る