9_外面よりも内面という言葉は決して名言ではない ①

「えー平原圭ー、平原圭を、何卒よろしくお願いしまーす」

「…………しゃすぅ~」

「オイ高岩、モット声出セヤ! ――ヤァヤァミンナァ! 今日モ暑ィナ! 体調ニハ気ヲツケロヨ~!」


 本格的にミスコンのアピール期間に入った。

 今日も今日とて新山高岩を呼んで清く正しく真面目にミスコンに向けたアピール活動を実施している。

 俺は校門前で生徒全員に笑顔で両手を振り続ける。

 ほぼ全員が無視しているのは大方手を振り返すのが気恥ずかしいのだろう。どいつも思春期真っ只中の難しいお年頃だからな。

「初めて田村さんをこの目で見ましたけど、あの人相手じゃ勝ち目ないですよ」

 生徒の波が止まるなり高岩が口を開いたかと思えば。

「ンダヨ、珍シク弱気ジャネーカ」

 普段のビッグマウスっぷりはどこへ消えた。

「弱気とかじゃなくて客観的視点から提言しただけです。現実逃避するのはやめましょうよ。分かってます? あのルックスですよ。女子票はほぼ全て田村さんに流れますよ」

 確かに田村は多少はイケメンで多少はモテる。だがそれがどうした? 俺は更にその上を行くナイスガイだぞ。

「客観的視点ナラ俺ガ世界一ダロ?」

「それのどこが客観的なんですか? おもっくそ平原さんの主観、それどころか妄想願望でしかないじゃないですか。自身満々に言い切っててむなしくならないんですか? 恥を知ってくださいよ」

 はて。こいつが何を言ってるのかこれっぽっちも分からん。

「俺ニハ葵ガイル。葵ハ俺ニ投票シテクレルト信ジテル」

 俺には心強い味方、勝利の女神がいることを皆さんお忘れで?

「一票だけ確約されてても……」

「新山ァ! 水ヲ差ス発言ハ許可シテオランゾ! 慎ミタマエ!!」

 そもそもお前が無断で言葉を発すること自体許可してないんだよ。

 たかが一票、されど一票! それに葵の一票だぞ! マイハニーの一票は百万票分の価値がある! つまり葵の一票で俺の勝ちは確定するのだ!

「ぼやきすら言えない独裁チーム……」

 空気の読めない余計な茶々は流れを止める要因になるからやめろよな。

「もしもですけど、空羽さんですら平原さんに投票しなかったらいよいよですね」

「ンナコトアッテタマルカッテンダ」

 縁起でもない妄言を抜かすんじゃないよこの野郎。

 ……というかさぁ。

「ヲ前等ソモソモヨォ、コッチハ三人イルンダゼ?」

 三対一なのに何ビビってやがんだ。

「向コウガ田村一人ナノニ対シテ我々ハ三人ダ。人数ハコッチノ方ガ二人多イ。三倍ヨ」

 新山じゃほぼ票はかき集められないだろうが、そこは俺と高岩がカバーすれば済む話。

「その田村さんが強すぎるんだよなぁ……」

 高岩は苦笑して息をいた。

「おまけに向こうには何人もサポーターがついてる。もう無理ゲー」

 新山はお手上げのポーズを作ってミスコンに勝つのは困難だと主張してくる。

 やれやれ、どこまでも情けない奴ら。俺の手駒てごまとはとても思えない。

「サポーターガイルカラナンダッテンダ?」

 そんなモンがついてたら勝ちが確約されるってか? 違うだろ。むしろ足を引っ張ってくれる可能性だってある。特に小和田、アイツは使えると見てる。

「どうってことないかのような言い回しだけど超劣勢だからな?」

「本番デハ何ガ起コルカ分カラナイ。ダカラコソ俺等ハデキルコトニ全テヲ注グマデダヨ」

 俺は前髪を触りながら優雅に言葉を発すると、

「上手いことまとめてるつもりでしょうけどそれってつまりは勝つための勝算はないってことでは……? あとフケ飛んでるので髪触らないでください」

 高岩が白けた口調で意見してきた。あと俺の頭皮が汚いかのようにぶーたら文句を垂れるでないぞ。

「ウルセッセーノヨイヨイヨイ! 勝利ハ諦メズヒタムキニ頑張ッタ者ニ微笑ムンダヨ!」

「そうですか」

 高岩はあっさり引き下がり、それ以上は歯向かってこなかった。

「あと俺と由生もミスコン参加者なのに平原のアピールしかしてないじゃん」

 代わりに俺にたてついたのがクソ野郎新山だった。次から次へとダルい連中だぜ。

「ヲ前等ハヲ前等デ自分デアピールシロヤ」

 そうやってすーぐ人に頼るのは男の風上にもおけんぞ。

「手伝ってくれないの?」

「残念ナコトニ俺ノスケジュールニ空キハナイ。自分ノケツハ自分デ拭ケ」

 俺はワイシャツの胸ポケットからスケジュール帳を取り出して中身を見せた。

「マジックペンでぐしゃぐしゃに塗りつぶしてるだけじゃん。違う意味でスケジュール帳が真っ黒に埋まってはいるけどさぁ」

「ゴ覧ノ通リ俺ニハ暇人ノヲ前等ト違ッテフリーナ時間ハナイ! ヨッテヲ前等ノアピールニ割ク無駄ナ時間ハナッシィーーング!」

 悪いな。俺様は暇なお前らと違って忙しい身でよ。

「お前本当最低だな……」

「ま、それでこそ平原さんって感じなんですけどね」

 二人はなぜか生暖かい微笑を浮かべて俺を見つめていた。おいおいキメェぞなんなんだよマジで。

「ウシ。コノ調子デヲ次ハ各教室回リニ向カウゾ」

「まだ続けるの!?」

「僕たち、自分の授業に間に合わないですよね……」

「時間ハ有限ナリ! ユエニ無駄ナ時間ハ一切作ッテハナラナイ!」

「今の時間がこの上なく無駄なんですけどね……」

「これも生きるための試練なのか……」

 二人は溜息をきつつも重そうな足取りで俺についてきたのだった。


「ハイハーイ! 皆様刮目かつもくセヨ! ワタクシハ皆様ゴ存知ノトオリ、邦改高校ノ救世主コト平原圭デゴザソウロウ!」

 俺たちは一年の教室に入ってミスコン活動を続ける。主張の舞台は教卓前って相場が決まってるんだよな。

 俺たちの登場に教室にいた一年どもが怪訝けげんな視線を向けてきた。

「と、そのサポーターでーす」

「……でーす」

 おい高岩よ、お前もっと堂々としてろや。俺に従ってれば絶対に間違えないんだからよ。

 邦改の生徒じゃない二人に向けられる視線はより好奇こうきだった。これが逆に効くんだよな。珍しいものを見た時の記憶は深く残る。つまり俺のインパクトもギャラリーの記憶に深く刻まれるってもんだ。


「アレ、ヤバイって噂の平原圭だよな?」

「あのルックスでよくミスコンに出ようって思ったな。さすがはイカレポンチ。奇人。変人」

「平原と一緒にいる奴らは誰だ?」

「ウチの制服着てないしよそ者じゃね?」

「平原信者とはずいぶんと酔狂すいきょうな奴らだな」


 ふっふっ。俺のインパクトに一年どもが釘付けになってるぜ。

 ……なんか年下から不躾ぶしつけに呼び捨てにされてる気がするけど気のせいだよな!

「なんか僕まで白い目で見られてるようですね……もうだめぽ」

「諦めな由生。全ては平原と接点を持ってしまったがためにはじまってしまったんだよ」

「あの日、公園でタバコさえ吸わなきゃなぁ……」

「俺たち、辛い立場だな……」

「新山さんと同格にしないでくださいよ。心外です」

「ちょおま、俺が心外だわ。尊厳が侵害されたわ」

「新山さんなんかに侵害される尊厳があるとでも? 自惚うぬぼれないでくださいよ」

 二人は今日何度目になるかも分からない溜息をいている。なんだよ辛気臭ぇな。そんなんじゃ幸福も票数も逃げちまうだろうが。

「ンジャ、ミスコンデハ平原圭ニ投票ヨロヨロ~」

「失礼しまーす」

「……しゃーす」

 覇気のない二人が足手まといだが気にせず手を振って教室をあとにした。

「上々ノ仕上ガリダナ」

「どこが? 物珍しい生き物を見る目を向けられてたけど」

「ヲ前ノ卑屈ップリモスゲーナァ」

 ネガティブもすぎるとウザったいだけなんですけど。

「仮ニソウ見ラレテタトシタラヲ前ヲ見テタンダヨ」

「主役は俺だったか」

「ンナワッキャネーダロヴォーッケェ!」

 どさくさ紛れに主役の座を強奪しようと目論むのは許されないんだよ新山ぁ。

「あんなのに票入れるわけないよなー」

 ――と、俺たちが廊下に出て少し経った頃、教室から噂話が聞こえてきた。

「態度も横柄おうへいでムカつくし、ミスコンなのにルックスのアピールゼロ」

「一緒にいた小柄な方のがイケメンじゃなかった?」

「私も思ったー。平原と童顔ニキビはヤバかったよね」

 噂話というか、がっつり悪口だった。

 って、待て待て待てぇーい!


「キェヨエエエエエエエェェェェーーーーーーイ!! 貴様等モルモルモルモルーーーーッ!!」


 俺は閉めたばかりのドアを足で乱暴に蹴り外して教卓前まで舞い戻った。

「……出たよ。平原のお家芸、奇声ボイス」

「普通に耳障りですね。耳栓欲しいです」

 二人を置いて再登場した俺に気づいた生徒たちは驚きの目を向けてきた。

「うわっ、出てったばずなのに!?」

「なになになに?」

「ドア外れちゃったじゃん。マジこえぇ」

「ヲ前等先輩ヘノ礼儀ガナッテネーナ。ッタクコレダカラガキンチョハタリーンダヨ」

「一つしか年変わらないくせに偉そうに……」

 まったく、近頃の若造はちっとも教育されてねーな。親や教師どもは義務を果たせや。

 俺は黒板をフル活用してドデカイ文字で『平原圭』とチョークで書いてやった。お前ら全員、目をかっぽじって記憶しておけよな。

 なお力強く書いたのでチョークが全部折れた。安物のチョークだからか耐久力足りてねーぞ。高い授業料ぼったくってる私立高校のくせにケチくせぇ。

「うわぁ。授業がはじまるまでにこれ消すの大変だなぁ」

「ウム。シカト嚙ミ締メナガラ消スンダゾ」

「無意味な仕事増やすなよ~」

 黒板係と思わしき男子生徒が気だるげに黒板前までやってきて黒板消しを手に取った。

 これだけ大掛かりにアピールすればこいつらの心も揺れ動くことだろう。

 一年どもは余計なことしやがって的な視線を向けてくるが世の中能動的に行動した奴が上を行くんだよ。それを理解しとけや。

「コレデ一年ノ票ハ俺ニ入ルゼ」

「あっそう……」

 自信に満ち溢れる俺を前に新山と高岩はそれ以上何も言ってこなかった。

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