6_目指すゴールは一緒でも感情思考は千差万別 ①
ついに年に一度の晴れ舞台の日がやってきてしまった。
そう、陸上大会当日である。
だがしかし! 俺のモチベーションはどうにもだだ下がりの状態だ。
今朝、あんなことがあったからな。
♪♪♪
「ハッ!? コノ俺様ガ五千メートル競技ノスタメン落チ、ダトォ……!?」
「そうだ。お前は控えだ」
俺は顧問から非情宣告を受けてしまった。
ありえん。俺様がいなければ邦改高校の陸上部など弱小もいいところなのに。言い方を変えると、スペシャルエースの俺一人だけのワンマン戦力なのによ。
「大会前日にサボるやる気のない奴をスタメンでは出せんよ」
「俺ガイナイ
やる気とかいう曖昧で可視化できない要素で俺を干しやがって。好き嫌いで選手を選別するのは愚将の典型的な愚策だな! 顧問の器じゃねーわ。今すぐにでも退任してほしい。
「自業自得だ。いない奴が悪い。大会よりも海でのナンパを優先した下半身ゆるゆるのチャラ男よりも、真面目にひたむきな努力を続けてきた子をスタメンで使うのは至極当然だ。それにサボり魔のお前をレギュラーで使っていたら他の部員に示しがつかないし、部内の士気も下がる」
陸上部部長の沖山が顧問をアシストしてくるが、俺はチャラ男どころか硬派な真面目キャラなんだわ。それに俺の下半身はガッチリしとるわ! ゆるゆるじゃないんだわ!
「アンタ俺ノ味方ジャネーノカヨ!?」
これまでのお節介ムーブは一体全体なんだったんだよ。
「俺は頑張る奴の味方だ。お前にも期待してたんだけどな。残念だよ」
「コノ俺ガ頑張ッテナイトデモ?」
俺様は内閣総理大臣になるべく日々努力を怠らない男なんだが?
ったく、凡人の貴様がこの俺に偉そうに
「お前は身体能力とセンスだけで陸上をやっているように見受けられる」
「何カ問題デモ?」
「それじゃ伸びないだろ。陸上のタイムも、精神面でもさ」
俺が両手を開いて抗議すると、沖山は「はぁ」と息を吐いた。
「そもそもお前彼女いるよな? それなのにワンナイトラブでも狙ったのか?」
「彼女ト愛人ハ別腹! 用途ニ合ワセルダケダ!」
そのために用語が分けられているんだぞ。モテないお前にゃ理解できないだろうけどな。
「なんつー思考回路の持ち主だよ。普通に引いたわ。どうしてくれる」
「現実ヲ受ケ入レロヤ」
「素行不良でレギュラーを剥奪されたお前こそ現実を見ろ」
沖山が寝ぼけた発言をぬかしおるが、俺の素行に不良は一切ない。むしろ品行方正を地で行く大正義模範生徒なりぞ!
「オイ顧問、沖山ニナントカ言ッテヤレヨ!」
「いんや、沖山の意見は全面的に正しい。お前はクソ野郎だ。大いに反省しろ」
「グッ……好キ嫌イデスタメンヲ決メル愚行ガ許サレルト思ウナヨ……! 必ズヤ、コノ俺様ヲ使ワザルヲエナイ状況ガ出テクルンダカラナ!」
俺は顧問と沖山に指を差して宣言する。平原スプリンター圭を舐めるでないぞ!
「そうなったら最悪の状況ってことになるな」
顧問は呆れた形相を作った。俺がお前の采配の酷さに呆れ果てているんだけども? お前は負けに行く流れを自ら作ってるんだぞ。分かってんの?
「何度も言ってるけど、先輩や先生を指差しちゃダメだって」
「フン」
俺は愚かな無能パイセンの苦言を豪快に無視した。気に食わないことはシカトするに限るぜ。
だが仕方ない。ごねたって現状は変わらない。きたる出番に備えてストレッチと走り込みをしよう。
「まったくアイツは。高校生にもなって人として最低限の礼儀も
「すみません。俺も色々と手を打って改心してもらおうと試みたのですが……」
「つまり、平原はもう一生あのままなんだろうな」
二人が深く嘆息していた気がするけど、気のせいだよな!
やれやれ。本当は俺に期待しかしてないだろうに、心底素直じゃない狭量な男どもだぜ。
♪
まったく、エースの俺様を己の私利私欲で干すとか教育者の風上にも置けない愚行よ。それで負けたら当然責任取って退任してくれるんだろうな?
言っておくが俺は最高裁まで争う予定でいるからな。裁判官制度の今、俺に同調する裁判員しかいないに決まってる。お前らの敗訴は既に確約されてるんだよ。
「俺様ヲ差シ置イテ出ル連中ノ火力ジャ邦改ノ陸上部ノ未来ハ暗イ暗イ暗イ……」
俺はスタメン連中全員のアキレス腱が断裂して再起不能になるよう呪文を唱える。最悪連中の足を滑ったフリして踏み潰すか。
「平原の奴は何をブツブツ言ってるんだ?」
「気にしたら負けだぞ。それどころか呪われる」
「それは怖いな」
俺から不当にスタメンを剥奪した奴らが怪訝な視線を送ってきた。いい気でいられるのも今のうちよ。せいぜい図に乗っておくこった。
現在は会場の最寄り駅に着いたところだ。ここから徒歩でニ十分ほど歩く。
本番前から無駄に体力を消費するのもどうかと思うが、これも足切りの一種なのかもな。この程度の徒歩の疲労を敗北時の言い訳にする輩は躍進できないと。そういうことだな。
陸上部が粛々と道を歩くこと数分。
「ねぇ翔クン、もっとこっちきてよ」
「ちょっと! あたしの翔君を勝手に独り占めしないでよ」
「まぁまぁ君たち、喧嘩はやめよう。みんなで楽しもうよ」
「きゃー! 翔くーん!」
俺は数メートル先にとんでもなくキテレツな一団を目撃してしまった。
「翔くん、ぎゅううう~~」
「私も、むぎゅっ」
「こらこら、四方八方から抱きつかれたら歩きにくいじゃないか。でも嬉しいよ、ははは」
キザなセリフを吐く気色悪いイカレポンチこそ、田村だった。
こちとら陸上大会でピリついてるってのに、アイツは小生意気にも休日を満喫しているようだ。
いいご身分だな。とんだたらし野郎だぜ。真面目に部活動に勤しむこの俺を見習えってんだ。
一緒にいる女の子たちは誰だ? 三人の女の子が田村を囲う形で陣取っている。なんだアイツは殿様気取りか? 生意気だな。
周囲のギャラリーも異質な存在として連中を見ているし、ここは俺が善良な市民の代表として声を上げるしかないよな。
「オイ田村ァ! ヲ前、一体全体ドウイウツモリダ!?」
「――おや? 誰かと思ったら平原じゃん。それに陸上部の面々も。これから大会か?」
大声を上げて指を差した俺に気づいた田村がこちらを向いた。ついでに女集団も嫌そうな視線を送ってきた。おいおい、こいつら揃いも揃ってツンデレばっかりかよ。こりゃ参ったな。
「えぇ。そうなんですよ」
田村の質問に答えたのは俺と同学年の名もなきモブ部員だった。
「そうか。頑張れよ」
「先輩は休日のお出かけですか?」
「この子たちと街で遊んでるんだ」
「相変わらず女子に人気ですね」
「別にそんなことないよ」
三方に女を侍らせながら田村はスマイルを作り上げた。なんなんだ、この
「そして私たちは田村親衛隊!」
「田村くんのファンであり、同士であり、運命共同体なのよ!」
突如として自己主張をはじめた田村女子どもはドヤ顔で仁王立ちしている。なんだ、自己
そこはどうでもいいけど、それよりも。
た、たた、田村親衛隊……!?
「ナ、ナンダソノ痛々シイ集団ハ……」
「平原軍団こそ痛々しいでしょ」
空気以下の存在だった沖山が唐突に口を挟んできた。おいお前今回の話で出張りすぎだろ。どんだけフォーカス当ててほしいの? ちょっとばかり欲を出しすぎでは? 自重しろや。
「ナンダ沖山? モシヤ、平原軍団ニ入リタカッタノカ?」
悪くないセンスだが、あいにく軍団は崩壊しちまったんだよな。現在再建は見込めていない。
「それはない」
「照レンナヨ」
俺は沖山の肩に手を回して耳元でささやいた。
「お前、馴れ馴れしいにも程があるぞ」
「俺トヲ前ノ仲ダロ~?」
「どんな仲だよ。誤解を招くからやめてくれ」
文句を言いつつも俺の腕を振りほどかないあたり、沖山の性格がよく出ている。
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