5_真夏の海は人間の心なんかよりも熱いのが現実 ④

    ♪


「ッタク、ナンデアンナノガ女カラ言イ寄ラレルンダカ」

 先ほどの逆ナン事件を思い出し、世の中には謎が多すぎると嘆息たんそくする。

「シカモ男トチッススル事態ニナルトハ、無念ナリ……」

 さらば、俺のファーストキス。はじめてのキスの味はよく分からなかったよ。口だけでなく心も汚れてしまった気がする。

 お口直しのために海の家でラムネを一ダース買い、新山たちのところへと向かっていると。


「あっ、圭じゃん」


 なんたる偶然。なんたる神のご褒美か。

 聞き覚えのある澄んだ声が俺の耳に届いたので声の主を探すと、愛しのマイハニーが笑顔で俺に手を振ってくれていた。

「葵、奇遇ダナ!」

 葵は水着姿で、妙に色気があった。綺麗な肌を露出しており、思わず触りたくなったが爆発しかけた劣情をどうにか押し殺した。

 俺も全力で両手をぶんぶんと振り返す。両手を離したもんだから、ラムネが入った段ボール箱を砂場に落としてしまった。

「段ボール箱からパリンって音がしたけど中身は平気なの?」

「案ズルナ。葵ノ幻聴ヨ」

 ラムネの液体が漏れ出して段ボール箱がにじんでいるが仕様扱いにした。

「幻聴だと逆に私の体調が不安になるよっ」

 葵は里見や葵の友達と思わしき女の子数名とビーチボールでたわむれていたようだ。

 俺らは付き合ってるとはいえ、お互い友人との交流も大切だからな。自分、束縛しない系男子なんで。

 鼻を鳴らして里見を見ると、当然のように視線が交錯する。

「里見。ヲ前、彼氏ノ俺ヲ差シ置イテ、葵ノ水着ヲ堪能シテタノカ?」

「平原さんこそ、海なら葵と会えると目論もくろんだんですか? わざわざお疲れ様です」

「フッ、ソノ小生意気サガアッテコソノ里見ヨ」

 俺たちはバチバチと謎の火花を散らす。

「ウーン! 葵ノ土台ガ良イセイデ、水着ガ最高ニ似合ッテルゼ!」

「も、もう、照れるよぉ……」

「ンッホホッホーーッ!」

 葵は照れ隠しのつもりなのか、俺の肩をぽこぽこと可愛らしく叩いてきた。いやぁ、夏の解放感、最高だぜ!

「………………」

 里見がイチャラブっぷりを意味ありげな視線で見つめていたが、あえて触れはしない。

「葵ー、この人が例の彼氏さん?」

「筋肉すごいねー」

「でしょ? 私の彼氏の、平原圭だよっ」

 葵はえへんと言った感じで俺をお初のガールたちに紹介する。

 ガールズは葵の友達だけあって、黒髪清楚な外見から朗らかな性格と、葵と雰囲気が似ている。交友関係は似た者同士で構成されるってのはマジ話らしいな。

「平原圭ダ。イツモ葵ガ世話ニナッテイルヨウデ大変感謝スル」

 俺が深々と頭を下げると、

「せっかくですし、平原さんも一緒に遊びませんか?」

「エエンカ? 気ィ遣ワセテ悪ィナ」

「大勢で遊ぶ方が楽しいじゃないですかー」

「僕は許可してませんけど……」

「もう、順はまだ圭を警戒してるの?」

「それは……」

 女の子たちは俺を混ぜてくれると言った。良い子たちだ。さすがは葵の友達。

 新山と高岩とかいた気がするが、今はその存在を消して甘いひと時を満喫させていただくとしよう。

「じゃあ、ボール投げるねー」

 女の子がボールをトスしようとしたところで、


「おい平原、飲み物一つ買うのにどれだけかかって――――あ」

「うわぁ……」


 戻りが遅い俺にごうを煮やしたのか新山と高岩がやってきたが、新山と葵は目が合うなり、お互いに微妙な顔になる。

「オイオイヲ前等、水ト油カ?」

「水と汚水の方が適切な表現だよ」

 葵が新山から意図的に視線を外して恨み節を放った。

「不適切でしかないんだけども!?」

「フッハハ、コリャー一本取ラレタワ。サスガハ俺ノ彼女」

 俺は新山に罵声が浴びせられたことが愉快痛快爽快でたまらなくて、笑ってしまった。

「平原、お前性格悪いな。俺は心臓バクバクしてるってのに」

「ヲ前ノ心臓ノ音デ俺ノ鼓膜ガ破レタラ責任取レヨナ」

「どんだけヤワな鼓膜なの? 障子以下の耐久性ってこれまでどうやってしのいできたわけ?」

 とりあえず新山に暴言を漏らしてスッキリしたところで、

「ところで平原、なんで初体験を済ませたような顔をしてるんだ?」

 新山に指摘されるが、ファーストキスを卒業すると顔立ちが変わるのか? よく分からん。

「今年デ成人ノクセシテ未ダニ初体験スラシテナイ貴様ニ指摘サレトウナイワイ!!」

「息を吐くような気軽さで罵声を浴びせるのは自重してもらいたいんだけど」

 新山は大袈裟に肩をすくめて嘆息たんそくした。お前は人生を自重しろや。

「新山さんは、ここで悪さしてないでしょうね?」

 葵は相変わらず新山と目は合わせないが、悪事を働いていないか詰問きつもんした。

「してないけど――――ここは太陽に向かって走るのみ!」

 奴はよっぽど居心地が悪くなったのか、絶対に辿り着くことが叶わぬ太陽に向かって走り出した。

 悪さしてないと言いつつ、さっきがっつり穴ボコ掘ってたけどな。

「さ、遊びを再開しましょ。高岩くんも一緒にどう?」

「別に構いませんよ」

 葵に誘われて、高岩も一団に加わった。

 ――あれ? よくよく見るとグループの顔面偏差値高くね? 美男美女軍団じゃねーか。なんか優越感。

 こうして俺たちは海で遊びを満喫したのだった。


「ふー、遊んだ遊んだぁ」

 葵が伸びをすると、胸の果実がほのかに揺れて、俺の下半身をそそり立たせてくる。

 結構な時間遊んでいたようで、気づけば空の色がオレンジに塗り替わっていた。

「里見、ヲ主ナカナカヤルナ」

「当然ですよ。自分が優秀じゃないと、僕は平原さんにダメ出しできない」

 ずいぶんと息苦しい人生を歩んでいるようだが、里見はビーチバレーも上手だった。無駄にスペックを兼ね備えおってからに。人間何かしら欠点があった方が親しみやすいんだぞ。ま、俺には欠点など何一つとしてないんだけどな。

「ダカラ下々ノ者ドモガ俺に嫉妬スルンダヨナァ」

「なに妄言垂れ流してるんですか?」

 高岩が白けた表情で俺に聞いてきたから、華麗に切り返してやろうとすると――

「平原、高岩。そろそろ帰ろう」

 今までずっと太陽に向かって走っていたのだろうか、汗だくの新山が舞い戻ってきた。

「太陽ハ掴メタノカ?」

「無理。アイツどんだけ追っても逃げやがるんだ」

 新山は目を細めて太陽を見やるが、眩しさに負けてすぐに逸らして目を擦っていた。なんてバカな輩なんだ。

「海に来てまで何をしてるんですか……」

「夕日に向かって走るのは正しい青春の使い方だぞ里見君」

「新山さんが追っていたのは夕日じゃありませんでしたよね?」

 里見が首を傾げていぶかしげに新山を見据える。新山は哀れな男なり。

「ね、今日の記念にみんなで写真撮らない?」

 葵が両手を合わせて提案するも、

「誰かに撮ってもらわないとだけど――」

 近くにいる海水浴客はいかつい外見の野郎ばかりで、お願いしたらそのまま絡まれそうなリスクをはらんでいるので却下。

 となると手段は一つしかない。

「視線を一堂に集めてるんだけど……」

 俺、葵、高岩、里見は新山をガン見した。

「まぁ、俺が空羽グループに入り込むのも想像つかないし、それでいいけどね。写真撮られるのも嫌いだし」

 新山がカメラマンとなり、集合写真をスマホに収めた。

 即座にチャットのグループに写メ画像を送ってもらい、確認したのだが。

「コノヘタクソガ! モット上手ク撮レンノカ!? ソレデプロヲ名乗レルノカ!?」

「バッリバリのアマチュアド素人ですけど、何か?」

 開き直った新山は若干逆ギレしやがった。


 こうして夏の大イベントの一つは幕を閉じたのであった。


    ♪


 ――――と、これにて話を締めくくりたかったんだが……。


LIGHT :『おい、明日は何の日か分かってるか?』


ゴッドスター:『誰だお前!?』


LIGHT :『陸上部部長の沖山おきやまだ』


ゴッドスター:『お前、名前が設定されてたのかよ!』


LIGHT :『人はみんな名前がついてるものだがな。で、明日は何の日だ?』


 その夜。

 俺は陸上部部長改め、沖山からウザ絡みを受ける羽目となっていた。


ゴッドスター:『陸上大会当日だろ?』


LIGHT :『分かってるなら、なぜ今日部活を休んだ?』


ゴッドスター:『昏睡状態に陥っててよ。さっき覚醒したばかりだ』


LIGHT :『単に惰眠をむさぼってたんだろう?』


ゴッドスター:『失敬な! 真夏の海で女神を追い求めてたんだ!』


LIGHT :『やはりサボりか』


ゴッドスター:『――って夢を昏睡状態の中で見た』


LIGHT :『そうか。具合が悪いなら、明日も来なくていいぞ』


ゴッドスター:『もう完治したわ! そもそもよぉ、明日は俺様がいないことにはは

        じまらないだろうがよ!』


LIGHT :『いくら才能と実力があっても、和を乱す人材は必要とはされない』


ゴッドスター:『なら、和を重んじる俺様は重宝されるな』


LIGHT :『お前自己評価高すぎない? 世論とだいぶ乖離かいりしてるぞ』


ゴッドスター:『世論のアホどもの目が節穴でも、大切な者たちさえ正しく評価して

        くれたらそれで満足よ』


LIGHT :『いいこと言ってる風だけど、正しくお前を評価すると目も当てられ

        ない真実が炙り出されるだけだぞ』


ゴッドスター:『とにかく! 明日は俺に任せろ! 邦改の名門っぷりを披露してや

        る』


LIGHT :『邦改はそこまで強くないから名門でも強豪でもないんだけどな』


 明日は陸上大会本番だ。

 ま、俺の走りっぷりに観客たちは目を奪われること請け合いだな。

 俺は沖山からのメッセージを既読無視して、明日に備えて夜九時に床に着いた。

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