9_乱闘とはプライドではなく命を懸けてするもの ②

「ナンダ? 何カ言イタゲダナ」

 お互いに顔を見合わせた後、一年ズの一人が口を開いた。

「やっぱりこれ、違うと思うんですよ」

「違ウ?」

「人にウ●コ投げたり画鋲をばら撒いたり。あまつさえ暴力を振るうのは」

「僕たちはそんなことをするために平原先輩についたんじゃありません」

 最初の生徒の発言を皮切りに続々と俺に物申す一年ども。青二才の分際で分かった風な口聞いてんじゃないよ。

「ヲ前等、非日常ヤ刺激ヲ追イ求メテルンダロ? 乱闘ハマサニウッテツケジャネーノ。コレホド肉体的ニモ精神的ニモ刺激的ナイベントハネーゼ? 男ナラ拳デ語リ合ワナイト真ノ雌雄しゆうハ決マラナインダゾ」

 俺は一年軍団を見上げて計算し尽くされた華麗な理論で連中に諭す。

「だったら僕は平穏な学校生活で十分です。軍団は抜けさせてください」

「俺も」

「大変短い間でしたけどお世話になりました」

「ヲ前等!? ソレ、ガチノヤツナノカ!? 乱闘中ニ抜ケラレルト戦力大幅ダウンダゾ!?」

「申し訳ないですが、あとはお任せします」

 一年軍団は俺に背を向けて、体育館の出入り口に向かって歩いてゆく。

「あっ、一つ言い忘れてました」

 何かを思い出したのか、一年ズの一人が踵を返す。


「もし空羽さんと別れたら教えてください。僕が狙うんで」

「ナント不埒ナ!? 碌ナ死ニ方シネェゾ!」


 堂々と葵へのアタックを予告すんじゃねーよ! 絶対に葵は他の誰にも渡さないからな!

 てか、俺が内閣総理大臣になって一夫多妻制にすれば、お前にあてがう女はいないんだからな!

 俺の心中も虚しく、一年たちは体育館から退場した。

 と、それと同時に一名の男が俺の元へと歩み寄ってきた。

「安心してくれ。俺は哀れなお前に引き続き力を貸してやろう」

「残留シタノガクソノ役ニモ立タナソウナ輩一人トハ。人材ニ問題ガアルワ」

「やっぱ俺も帰っていいすか?」

 まぁ、さすがにいないよりはきっとマシだろう。コイツには遠距離攻撃ができる下品な武器があるようだしな。

「あっという間に超劣勢になったな。まともな感性と道徳心があれば、お前につくなんてどうかしてると気づくもんだ。その証拠に、一年生は全員お前の元を去った」

「黙レチビデブピアス男! 本当ニ強イ奴ハ、少数精鋭デ多勢ヲ打チ砕クンダヨ!」

 永田大地が俺を煽ってくるが、そう簡単に貴様のペースにはさせないぞ。

「遠回しに俺までディスられた気がするんだけど?」

 新山が複雑そうな面で永田大地を見つめているが知ったこっちゃない。お前は所詮捨て駒よ。端から期待はしてない。

 が、いくらなんでもミサイル役なら最低限の仕事はこなせるはず。

「ウッシ新山。永田大地ニモヲ前ノ必殺技ヲオミマイシテヤレ!」

「ウッスウッス!」

 新山は永田大地から一定の距離を保ちつつ袋から何かを取り出し、永田大地目がけて投げつけた。

「くっ……目が……」

「これぞ、必殺・サンドアタック!!」

「タダノ砂カケニ大袈裟ナ技名ツケンジャネェヨ」

 砂の一部が永田大地の目に入り、奴は目を擦っている。

 おっ、これ攻撃のチャンスじゃね?

「永田大地!! 今ガ貴様ノ死ニ時ジャーーーーイ!! ――身体ガ動カネェ!? 金縛リカ!?」

「お前、自分が羽交い絞めされてること忘れてないか?」

 バスケ部部長は呆れ顔で今の俺の有り様を説明してきた。

 そうだった。俺はホールドされてて動けないんだったわ。

 てかお前らもいつまでも人様の鍛え抜かれた美しい肉体に触れてんじゃねーよ。セクハラで訴えるぞ。

「新山! 誠ニ不本意ダガ、ヲ前ニ永田大地ヘノ記念スベキ一発目ノ権利ヲクレテヤル! 思イ切ッテイケ!」

「任された!」

 新山は永田大地と距離を保ち続けた上で、次なる遠距離攻撃をしかけた。


「ペッ! ペッ! ペッ! ペッ!」

 ピチャピチャ……。

 永田大地の顔面に数発の唾がぶつけられた。


「秘技・ハイドロポンプ!!」

「名前モ平凡ダシ威力モ皆無ダナ! 名前ト威力ガミスマッチシテルジャネーカ!」

 マジでコイツ無能だわ! その技に一体全体何の意味があるんだ!?

「臭いはきついけどそれ以外何もダメージない攻撃ですね」

 ほれ見ろ! 永田大地はノーダメージだぞ! お前タイムリーエラーだわ!

「ハイドロポンプを受けて涼しい顔をしていられるとは……」

「じゃあ今度は俺の番ですね」

 永田大地は自身の顔についた唾をジャージの袖で拭い、じわりじわりと新山に近づいていく。

「――戦術的撤退!!」

 新山は身体を百八十度回転させて逃亡を図るものの、永田大地の方が走るスピードが速い。すぐさま追いつかれて奴に腕を掴まれてしまった。

「新山さん、諦めましょう」

「おぉっ、おぉっ、おぉっ、おぉっ……」

 新山は俺と永田大地を交互に見ながら何やら挙動不審になっている。おい、その動きは気色悪いぞ。


「――――俺は只今を持ちましてバスケ部側に加わります!」

「オイ新山ァ!!」

「…………はい?」


 出たよ! 新山のお家芸、寝返り!

「ヲ前、布団ノ上デモアクロバッティングナ寝返リカマシテソウダナ!」

「永田君、俺も微力ながら君たちに力を貸そう」

「いや、逆に扱いに困るんですけど……」

 新山は永田大地の肩に手を置いて、もう片方の手でサムズアップしやがった。あの親指へし折りてぇ。

 永田大地は新山の掌返しにドン引きしている。

「新山さんはこう言ってるけど、圭はそれでいいのか?」

「フン、ソンナ戦力外ノ不良債権ナドクレテヤルワ!」

 どうせもう飛び道具も使い切ったから唾吐きしかできないんだろうし。

「そうか――じゃあ新山さん、圭に正義の鉄槌てっついをお願いします」

「OK墨汁!」

 墨汁? 言葉使い間違えてんだろ。

 新山が俺に捨て身のタックルをかましてくる。

 が、肉弾戦に関してヤツはクソカスもいいところだ。攻撃力も防御力もミジンコクラス。

「死に晒せ平原圭ーーーーッ!!」

「ヲ前ゴトキニヤラレル俺様デハナーーーーーーイ!」

 俺は奇跡の火事場の馬鹿力でバスケ部連中のホールドを振り解き、新山と対峙する。

 そして。


 スパーーーーーーン!

「うごわあぁ!」


 新山の汚い頬に張り手をぶち込んでやると、ヤツは醜い断末魔を上げて床に倒れ込んだ。

「悪ノ下ッ端ゴトキニヤラレル俺様デハナァ~~イナイナイバァア!」

「痛い痛い痛い痛い痛い……」

 新山は頬を押さえながら床を転がっている。

 こんな野郎、一振りで瞬殺できらぁ。

「永田君、後は任せたぞ…………!」

「新山さん、いくらなんでも弱すぎませんかね……?」

 永田大地は新山のあまりの貧弱さに心底呆れている。

「ホレ見ロ。コンナヤツイナクテモ俺ニハナンノ影響モナイ――――ッテ、マアァッタホールドカヨ!?」

 永田大地に正論を述べてる隙に、再度バスケ部員どもが俺を取り押さえやがった。

「そんな人を軍団に入れるなよ……てか、そもそもさっきお前を助けてくれたのは誰だったかもう忘れたのかよ」

 永田大地は半ば疲れた形相でこちらを睨むが、そんなものに怯む俺ではない。

 そろそろ使うか――最終奥義を!

「ささ、ここらでお前に一発かましてお開きといこうか」

 永田大地は指をポキポキと鳴らしている。

「結局、全然乱闘でもなんでもなかったな」

 俺もはじめはもっとド派手にドンパチやりあうものだと思ってたよ!

「ウッセボケ! ココカラ俺ノターンガハジマルンダヨ!」

「ほう。身動きが取れない今のお前に何ができるんだ?」

「ホザケ――」

 俺は腹に力を込める。

 俺に一発かますだぁ? コイツ生意気。かますのは俺の方だっての!

「――ンッフンッ!」


 ぷーーーーーーっ!

「「「…………くっせぇーーーー!!」」」


 俺の肛門から放たれた刺激臭に、俺を押さえつけていたバスケ部員どもは全員俺から手を離して鼻をつまんだ。

「俺ノオナラノ味ハイカガカナ?」

「おま――何食ったら屁がここまで臭くなるんだよ」

 バスケ部部長は鼻をつまみながら歪んだ表情で俺に問いかける。

「俺ノオナラニハ才能ト夢ト希望ガ詰マッテイル!」

「才能と夢と希望がこんな臭いとか、夢も希望もないな……」

 事実、このオナラで俺は解放され、晴れて再度自由の身となった!

「フリーニナッタ俺ニハ幅広イ選択肢ガ生マレタ!」

「ポジティブなのは大いに結構だがこの人数差だぞ? お前一人で何ができる?」

 永田大地が卑しい笑みで俺に対峙するが、はっ、それがどうした?

「戦イハ人数ジャネェ!! ココ、ハートヨ!! 気持チガ切レナイ限リ勝負ハ終ワラナイ!!」

 両手両足が自由になった俺にはまだまだ希望がある! たとえいつものごとく一人でも、決して諦めやしないぜ!

「もう一度押さえてやるぜ!」

 バスケ部員どもが再び俺に向かって攻め込んでくる。

 が、そう何度も黙ってやられる俺じゃないぜ!

「リャリャリャリャリャーーーーーーッ!!」

「おわっ!?」

 奴らが俺の身体を掴む前に両腕を伸ばして身体を回転させた。

 雑な攻撃ではあるが、それでも不意の動作に数名の顔面に俺の拳が命中し、当たった奴らは痛みで患部を押さえる。

「ホレホレ、モウ一度捕マエテミヤガレヴァ~カ!」

 集団で来ようが、返り討ちにしてやるまでよ!

「前後から挟み撃ちしてやるよ!」

 二名の生徒がルートを分けて俺に近づいてくる。

「サスガニマズイナ――」

 ――が。


「――っ!? 足が!?」


 片割れの生徒の動きがストップした。

 その間に俺はもう片方の生徒をかわして距離を取る。


「に、新山さん!? 何を……?」


 俺をアシストしてくれたのは新山だった。

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