9_乱闘とはプライドではなく命を懸けてするもの ①

「今コソ俺様ノ実力ヲ示ス時ナリィーーーーーーーーェ!!」


 そう、決戦の時は来たり!

 俺は平原軍団の面々を引き連れて放課後の体育館へと赴いていた。

「おい、うるさいぞ平原圭」

 雄叫びを上げる俺に男子生徒が苦言を呈してきた。

「ヲォン、バスケ部部長メ! コノ犯罪者永田大地ヲコレマデ野放シニシテキタ罪ハ非常ニ重イゾ!」

「お前がやらかした数々の罪の方がよほど重いんだが?」

「ドウヤラヲ前ノ倫理感覚ハ甚ダイカレテイルヨウダナ!」

 俺は横暴なバスケ部部長に指を差す。ったく、部長がコレだから部員もアレなんだよ。

「圭、人様に指を差すなと何回言えば理解できるんだ?」

 バスケ部部長の横でスタンバっている永田大地が小生意気にも、冷めた面構えで俺に物申してきやがった。

 クールな態度でいられるのも今のうちだからな。精々カッコつけておくこった。

「指ヲ差シテモ失礼ニ当タラナイ相手ナラ構ワンダロ? 俺ダッテ敬ウベキ相手ニハ指ハ差サナイゾ」

「お前が敬うレベルの人間がこの世に存在するのか?」

「ウーン、天皇陛下トカダナ」

「他にもたっっっくさんいると俺は思うんだけどな」

 お前みたいな三下さんしたからしたらそうかもしれんが、世界で最も神に近しい存在の俺を同格で考えるんじゃないよ。

「ウダウダ言ッテネェデサ ッサト乱闘スンゾクソバスケ部! 覚悟ハデキテルンダロウナ!?」

「クソダルいが、いよいよ本格的にお前に天誅てんちゅうを下す頃合いだな」

 永田大地をはじめとしたバスケ部員どもは不敵な笑みで我が平原軍団を見据える。

「バスケ部全員集結シテイル今ガ好機中ノ好機ヨ」

「生憎、数人は予定があって不参加だ」

「フルメンバージャネェノカヨ!」

 数名不在でも余裕勝ちってか? 平原軍団もずいぶんと舐められたもんだな。

「あれっ、僕らも普通に乱闘に交じるんですか?」

 想定していなかった展開なのか一年の一人が狼狽うろたえている。一般ピープルには乱闘など縁遠いもんな。

 だがこれも貴重な人生経験となること請け合いなり!

「当ッタリ前田ノクラッカーダロ! 平原軍団ノ職務ハマサニソレダ!」

「普通に古いギャグですね……それはそうと、マジですか」

「オウヨ、刺激的ナ学校生活ニピッタリダロ? 光栄ニ思エ」

「刺激を通り越して劇物ですね。停学にはなりたくないです……」

「安心シロ。コノ勝負ハ恨ミッコナシダ。オ互イ先公ニハチクラナイ約束ヲ交ワシテイル。存分ニ暴レルガヨイゾ」

「はぁ……」

 一年はなかなか踏ん切りがつかない様子だが、戦っているうちに慣れて戦士の自覚を持つに違いない。

 と、バスケ部部長が怪訝そうな視線でマヌケ面のアホを捉え、

「この人は誰だ? 部外者だよな?」

 当然の疑問を口にする。

「あっ、どうも。俺は新山鷹章と言います。短大二年生です。お見知りおきは結構です」

「名前以前に不法侵入なんだけども……」

 後頭部を掻きながら素性を明かす新山に対して、バスケ部部長は戸惑いの色を隠せていない。しかし年上ということでヤツにはあまり強くも出れないご様子。

「この人が圭が言ってた『アホで使えない最終兵器』の人か」

 永田大地が新山の顔を見て、ヤツのキャッチコピーを思い出していた。

 よく覚えてたな。言った張本人の俺ですら今の今まで忘れてたわ。

「平原お前、他人に俺のことをそんな風に説明したのかよ!?」

「カナリ優シイ表現ダロ? 俺ノ心ハ太平洋ヨリモ広イカラナ」

「ヤーさんに太平洋の底に沈められればいいのに……アホで使えない最終兵器とか、ただの役立たずじゃないかよ。最終兵器の意味とは」

「役立タズダトストレートニ言ッテルンダガ?」

 俺の厚情こうじょうに対して新山は大変不服そうな反応だ。雑魚のくせに我儘な野郎だな。

「一周回って逆にディスられ最終兵器の新山さんが一番の脅威な気がしてきたぞ」

「確かに。見た目は地味で普通ですけど、要警戒ですね」

「ハ? 俺様ヲ一番警戒シテロヤ。軍団ノ長ダゾ」

 バスケ部部長と永田大地はなぜか新山に対して身構えていた。

 ぶっちゃけ新山が最弱なんだが、勝手にビビってくれてるなら好都合だ。

「当初の予定通り、勝負の舞台は体育館のコート内のみ。それ以外はルールなし。いいな?」

 つまり二階やステージ、玄関などは使用禁止だ。館内のコート全面内での戦いになる。

 ちなみに汚れても平気なように、新山以外は全員ジャージと体育館履きを身にまとっている。

「フン、ハンデヲクレテヤリタイレベルダガ、ヨカロウ」

 俺たちが勝つのは確約されているからな。普段は俺にカウンターを食らわせてくる永田大地も、団体戦ともなればそう簡単に俺をKOできまい。タイマンとは戦い方が違うんだよ。


「じゃあ――――勝負、スタート!」

 戦いの火蓋が切って落とされた。


「永田ァァァーーーーーーーーッ!! 大地ィィィーーーーーーーーッ!!」

 バスケ部部長の合図と同時に、俺は永田大地の元へと一目散にダッシュする。

「やっぱりお前は俺のところに来るか――――だがな――!」

 いつものことながら、永田大地は俺の突撃をかわしてカウンター攻撃をしかけようとする。

 が、忘れるなよ。今回は乱闘、団体戦だからな。

「一年軍団! ヲ前等デ永田大地ヲホールドセヨ!」

「りょ、了解です!」

 俺の指示に戸惑いつつも、一年ズ全員で永田大地を取り押さえる。

「ちっ、信者を使ってきやがったか……」

「ハハ……! ファファファ……! ツイニ! ツイニ!! 俺様ガ貴様ニ引導ヲ渡ス瞬間ガ来タナ! コレマデノ分、全部マトメテ千倍返シシテヤルヨ!!」

 逆襲の時を目前にして、俺のハートはハイになっていた。

 これまで長かったが、一年の頃からの積年の努力がようやく実を結ぶ。溜めに溜めた想いを吐き出す時は今だ。

「千倍返しの威力だとさすがに死ぬな。殺人罪で服役したいのか?」

「苦シ紛レノ扇動ハオヨシナサイ。潔ク散ルノモ男ノ矜持ッテモンダゼ?」

 命乞いなど見苦しいぞ。お前も愛の戦士として生まれたからには、大人しく俺の手で粛清されろ!

「そう簡単に終わるかな?」

 しかし、永田大地は余裕の笑みを浮かべている。まるで俺をあざけるかのように。

「ナンダァテメェ!? 現実ヲ受ケ入レタクナイアマリ、気ガオカシクナッタカ?」

 数名からホールドされてる状態の貴様に何ができる? その軽口を叩けないようにしてやるよ!

「顔面ヲ原型ガ分カラナイヨウニ変エテヤル! 今マデ散々俺ノコトヲバカニシヤガッテ!! 地獄ニ突キ落トシテヤルヨウガガガガガガッ!?」

 永田大地の顔面に鉄拳を振り下ろそうとした瞬間、俺の身体は硬直した。

「ウ、動ケネェ……! 貴様等!! 複数人デタッタ一人ヲ羽交イ絞メニスルトカ卑怯ダゾ!! 貴様等モ日本ノ侍ヲホザクナラ、堂々ト正面カラ勝負シロ!!」

「どの面下げてほざいてんだ? 先にしかけたのはお前だし、乱闘に正面も不意打ちもねえだろ。あと日本の侍とか人生で一度たりとも名乗った覚えはないから」

 バスケ部員が数人がかりで俺のマーベラスな肉体を押さえ込んできやがった。

 そのせいでせっかく永田大地が無防備なのに、その眼前で何もできなくなってしまった。

「生殺シサセルトハ外道ダ!! 精神的苦痛ニ伴ウ慰謝料ヲ要求スル!!」

「一丁前に被害者ぶってんじゃねーよ。もとを正せば、全部お前が元凶だろ」

 バスケ部部長は冷徹に吐き捨てると、ゆっくりとこちらまで迫ってきて、右手で拳を作る。

「情ケハ人ノタメナラズ、俺様ノタメニナル!」

「引導だっけか? さっきの台詞、そっくりそのままお前に返してやるよ」

 いやいやいや、お前何発殴るつもりだよ!? 俺は一学年下のか弱き男子生徒なんだぞ!

「イヂメ、イクナイ、ゼッタイ!」

「人聞きが悪いな。いじめじゃない。可愛い可愛い後輩指導だ」

「アイヤァァァーーーーーーッ!! 痛イノ痛イノヤァーナノヨオオオオオォォォォォ!!」

 バスケ部部長の拳が俺の顔に落とされる――――

 ――その寸前。


「食らえっ!! 秘技・ドッグフード!!」

「なんだこれ? ――ってくっせぇ!? おええぇこれウ●コじゃねーか! なんちゅーもん投げつけてくれてんだ!?」


 謎の物体が飛来し、バスケ部部長のジャージの至る所に付着した。

 顔も例外ではなく、バスケ部部長の嗅覚がそれを認識した瞬間、作り上げた拳の凶器は解体され、左手で鼻を摘まんだ。

「文化的のぶの字もない嫌がらせをしてきたのは誰だ!?」

 俺とバスケ部部長が同時に視線を送った先には、全く期待していなかった人物が佇んでいた。


「――忘れられしいにしえの秘密兵器。表向きはただのしがないぼっちない内定の短大二年生。だが裏の顔を見せたその時、一撃必殺の手腕が牙を剥く!」


 棒立ちで何やら痛い台詞を吐いているのは平原軍団が全くもって誇ってない秘密兵器、もとい新山だった。

 お前に助けられるとはな。そこは純粋に感謝するが……。

「ヲ前マジデ何言ッテンダ?? ウ●コノ臭イデ思考回路断裂シテネェカ?」

 だっせぇ決め台詞はどうにかならなかったか? 俺だったらもっとカッコ良く決めるぜ?

「戦争中に選ぶ手段はないんだよ。だからこそ、こうするのさ!」

 乱闘モードで頭がおかしくなっているのか、謎テンションの新山は袋から大量の画鋲を床にまき散らした。

「犬のフンに画鋲まきびし! 使えるものは使えばいいのさ!」

 新山の低俗な飛び道具が体育館内でお披露目されている。

 ところで犬のフンはどこで拾ってきたんだ?

「これで安易に走り回れなくなったべ? 周りの動きを封じ込めるのは、自軍を有利にする上で効果的な手段だ!」

 新山はドヤ顔で仁王立ちしているが、永田大地は軽蔑するような笑みを奴に向けた。

「新山さん。みんな体育館履きを履いてるんですけど、画鋲は効果あるんですかね?」

「あぁー俺が靴下だけなんで、体育館履き履いてるのは盲点だったわモウテェ!?」

 いつの間にやら平原軍団ホールドから解放されていた永田大地が新山の顔面に拳をぶち当てた。

「悪いですけどこれ戦いなんで。新山さん相手でも容赦できませんよ」

「大地にヒビが入る威力だぞ……あぁコレ青あざできるわ……」

 新山は痛みで顔を押さえて床に倒れ込んでうごめいている。

「新山さんは警戒要員だったのに存在感が薄くてすっかり忘れてました」

「俺もだ。油断したわ」

 バスケ部軍団は今しがたまで新山の存在を抹消していたらしい。

「いてイテ痛! 画鋲チクチクして痛い!」

 うごめいたせいで、画鋲を撒いた張本人が画鋲により追い討ちの痛手を負っていた。

 だが、そんなバカよりも気にかかるのは。

「オイオイヲ前等! ナニユエ永田大地ガ解放サレテイル!?」

「新山さんのウ●コ投げつけに呆気に取られてる隙に振り解かれちゃいました」

 俺の当然の疑問に、信者の一人が戸惑った表情で回答した。

「戦イデハ一瞬ノ油断スラ命取リニナルンダゾ。コレカラハ注意スルヨウ肝ニ銘ジトケ」

 これも経験だ。この失敗を次なる戦いで生かしてくれさえすれば、俺はとやかく言わない。

 と、一年軍団は俺から視線を外さないでいた。

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