1_昨日の敵が今日の友になる確率なんてほぼゼロ ③
「永田大地! 俺ト勝負シロ! バスケットボールヲ使ッタ勝負ダ!」
「いいぜ。バスケでどんな勝負をするんだ? ま、現役の俺がお前みたいなトーシロに負けるなんて天地がひっくり返ろうが、真夏に雪が降ろうが、真冬に高温注意報が発令されようが絶対にあり得ないけどな」
俺の提案に永田大地は口の端を釣り上げて答えた。
「ガガガガッ、ビビビビッ! 余裕コイテラレンノモ今ノウチダヨ! ドンナ勝負内容ダロウト天才ノ俺ガ負ケルコトハナイ。貴様ニ勝負内容ヲ決メル権限ヲクレテヤロウ、感謝シナ」
「ヘーヘーそりゃあどーもーっと。じゃあシュート回数勝負にするか」
「ホホウ」
「ルールは単純だ。ここから十本シュートを放って多く決まった方の勝ち。どうだ?」
「ソンナンデイインダナ? アリガテエゼ! 俺ノ勝利ハ確実ダナ」
「ほざけ。じゃあはじめるぞ。まずはお前からだ」
フフン。本物の天才の品格ってもんを教えてやるよ。
奴は両手を使ってシュートを放つフォームだったが、そんなちゃちなやり方は効率が悪い。
効率を考えた洗練されたシュートってもんを貴様に見せてやるよ!
「グララッシャーイ!」
ビシュッと放たれたボールは、ゴールネットにかすりすらせずに壁に激突した。
周囲は一瞬沈黙に包まれたものの、すぐさま大爆笑の渦に変わった。
「ギャハハハハハ! 見たか今の! ギャグでしょ、ギャグ!」
「遠投でもないのにオーバースローでシュートって! あんなんで入りゃあ相当運がいいよ、うん!」
どうやら俺の素晴らしさに歓声を上げて喜んでいるようだな。
それもそのはず。効率と片手だけに負担を集中させたシュートのフォーム。シュートを外したとはいえ、俺の力量にギャラリーどもの視線は釘づけだぜ。
相変わらず女子は誰一人としてこちらを見すらしないけどな!
「サアッテト、リハーサルハココマデダ。天才・平原圭ノ本気ノ実力ヲオ召シ上ガリクダサイマセ――ッテナァ!」
俺は勢いよくボールを放り投げた。
ほぼライナーに飛んだボールはネットよりも遥かに低い位置で壁にぶつかった。
それと同時に館内では再び爆笑が巻き起こった。
「あのー平原圭君? シュートは放物線を意識して打たないと入らないよ? 天才なんでしょ? ならそれくらいすぐに分かるはずだけど」
「ナ、ナナ永田大地ィィィ! ダ、ダダダ黙ラッシャーイ! 黙ラッシャーーーーイ!! ハンデダヨ、ハ・ン・デ! ココカラガ俺ノ真骨頂ヨ!」
そう、俺の実力はこんなものじゃない。次こそ!
だが、入らない。
違う、今のは運が悪かっただけだ! 次こそは!
またもや、入らない。
「ナゼダ!? ナゼ、ナゼッ!? 天才ノ俺ガァーーーーッ!?」
俺はその場で崩れ落ちた。
おかしい。こんなの俺の実力じゃ――そうだよ、今日は調子が悪いんだ。だから本来の実力が全く発揮されない。俺の運動神経はこんなものじゃないんだ。
結局俺は十本中一本のみ。
だが大丈夫だ。さっきの永田大地のシュート練習と、この学校のバスケ部の弱さを合わせると、これでも十分俺に勝機がある。
「さて。俺の番だな。まぁ圭にしては上出来だったんじゃないの?」
「ソノ口ヲ閉ジナ! 今スグニデモファスナーデ閉メナ! 上出来? ヴァカ言エ! ムシロ調子ガ悪イ方ジャボーケカス死ネヤ」
「へーへー」
永田大地はシュートの態勢に入る。
フォームは――まぁ、悪くはないんじゃねーの。
だがしかし、入らないシュートには何の価値もない!
――スポッ!
「……マジ? コレマジスカ?」
一発目でいきなり奇跡が発生。永田大地が放ったシュートはネットを綺麗にくぐったのだ。
「いいぞ永田! バスケ部の力をとくと見せてやれーっ!」
「ハァ? ヲ前等チョット運ガヨカッタカラッテ舞イ上ガッテンジャネーゾ。何ガ実力ダヨ、カス弱小部ガ。サッサト廃部ニナレ」
たかだか一回入った程度で騒ぐとは幼稚な連中だな。だから二回戦で負けるんだよ。
次はきっと外す!
「ハーズーセー! ハーズーセー! ソーレイケイケホームラーンー!」
「おい、うるさいぞ。集中できないだろ」
しかし俺の期待とは裏腹に、永田大地はまたもやシュートを決めてしまった。
「ア……アア……ソンナヴァカナコトッテ……」
「勝負あったな。平原圭、お前の負けだ。大人しく体育館から出ていけ。ここはお前みたいな人間のクズが来るところじゃないんだよ!」
「部長、待ってください」
俺をつまみ出そうとする部長を永田大地が制する。
「シュートはまだ残り八回ありますよ」
「だがな、もうお前の勝利は決まったんだ。これ以上やっても時間の無駄だろう」
「そんなことはありません。なぜなら――」
永田大地が俺の顔を見て、邪悪な笑みを浮かべる。
「――回数差を広げれば広げるほど、圭の腐ったプライドをズタズタに切り裂くことができるからです」
「ンナーーーーッ!? 永田大地ィィィィィィ! キ、キッサマアアアアアアアアァァァ!!」
これ以上俺に恥をかかせるなよ! まぐれで二回入っただけの分際で!
「そうか。ならお前に任せる。しかし、腐ってるとはいえ平原圭にプライドがあったことにびっくりだよ」
「じゃ、続きといきましょうか。ね、圭」
「ウ……ウグググゥ……全部外セェ……」
しかし俺の期待をよそに、永田大地は一本、また一本とシュートを重ねていき、なんと十回全部入ってしまったのだった。
「これでパーフェクトだ。圭、言っただろ? 俺が負けるなんてあり得ないと」
「ヌ……ヌ……生意気ナ奴ダナ……」
俺が負けただと? おかしい。悪い夢でも見てるのか? そうだ、きっとそうに違いない。
と、俺の足元にボールが転がってきた。
それを見た俺は閃いた。
そうか、そういうことか……。
「チョット待ッタァ! コノ勝負ハ無効ダ!」
俺の叫びに体育館内は一瞬にして白けはじめる。
「ナゼナラ今ノ勝負ニハ違反行為ガアッタカラダ!」
「はぁ? 下らない言いがかりをつけてんじゃねえよ。ほれ、さっさと消え失せろ!」
バスケ部部長が再度俺を体育館から追い出そうと近づいてくるが、不正を犯した人物は糾弾しなければならない!
「永田大地! 貴様、自分ダケ軽イボールヲ使ッテンジャネーヨ!」
「いやいやいや。俺とお前、使ったのは同じボールだろうがよ」
「ソンナ手ニ引ッカカル俺様ジャネーゾ! 魔法ダロ? 不思議ナ魔力デ自分ノ番ノ時ダケボールヲ軽クシテ、俺ノ時ニハ重クシタンダロ!?」
指を差して永田大地の不正を暴いてやったぞ。
しかし、周りはなぜか俺を本気で危ない人間であるかのような視線を向けてくる。なぜだ?
「お前には心底呆れたよ。現実と空想の区別もつかないのか? この世に魔法なんて存在するわけがないだろうが。仮にお前が言う魔法が使えたとしてもだな、軽いボールになったところでシュート成功率なんて変わらないから。軽かろうと重かろうと、ボールを投げる強さを加減すれば済むからな」
「言イ逃レ工作ニ必死ナヨウダガ、ココニイル全員ノ目ハ誤魔化サレナイカラナ! ナァ、ヲ前等モコイツニ言ッテヤレヨ!」
シーン――
あれ? なぜに誰も何も言わない? どう考えても俺が正しいのは目に見えて明らかなんだけど。発言力の欠片もない連中だな。
静かな雰囲気の中、永田大地が口を開いた。
「お前さぁ、そんな性格だから友達いないんだよ」
「ヴァカ抜カセ能天気野郎! 友達シカイネーワアホンダレノクソタラシガ!」
俺の人望の厚さを知らないようだな。永田大地なんかより、俺の方がたくさんの友達がいるのに本当にアホな奴だ――――
「なら、その友達とやらを一人でもいいから俺の前に連れてこいよ。人気者だからそのくらい当然できるよな? どこかしらの部から一人借りてくれば済む話だしな」
「グググ……」
「ぐぐぐ? あれ? あれれ? おかしいな。人気者ならチョロいだろ。おや? もしやお前……」
ニヤニヤしながら俺に詰め寄る永田大地。
他のバスケ部員も嘲笑しながら俺と永田大地の口論を見守っている。
「永田大地、貴様……アアッ、シマッタ! モウ堪忍袋ノ緒ガプッツント切レチマッタヨ!」
ついにこの俺を本気で怒らせたな、永田大地!
近づいてきたコイツの胸倉を左手で掴み、右手には力を込める。
「俺ニ喧嘩ヲ売ッタコトヲ心カラ後悔シナ! ソウヤッテフザケタ真似バカリシテルカラヲ前等バスケ部ハ地区予選二回戦デ負ケルンダヨオオオオオオオオオッ!!」
力を振り絞った右手を永田大地の顔面目がけて突撃させる。
「今更謝ッテモモウ遅イゼ!? 死ニヤガレエエエエエエエエエエエエエ!!」
だが。
「ッ!? 振リホドイタ、ダトォ!?」
俺の左手を振りほどいた永田大地は俺の右手もかわし、俺の顔にストレートを打ち込み――
「ブギャアアアアアアアア!! 貴様アアアアアアアアアア!!」
クリティカルヒットした。痛い! 痛すぎるううううう!
「悪いな。バスケットボールのパス速度に比べりゃ、お前の動きなんてスローモーションにしか見えないんだよ」
「グバババ、グバババァ……オイ、部員ドモ! 今ノ見テタダロ!? 教師呼ンデコイヤ!」
「これは教育だ、暴力じゃない。それに先にけしかけたのはお前だろ。お前が何を言おうが、俺を含めたこの場にいる全員が真実を知っている」
バスケ部部長は床に倒れもがき苦しんでいる俺の背中を蹴りながら言いやがった。
「クソッ……俺ガ本調子ナラヲ前等マトメテアノ世逝キニシテタトコロヲグエッ!」
だから蹴るんじゃねーよ! 痛いっつーの! こちとら人間国宝だぞ!?
「ついでだから教えてやろう。さっき俺たちに『地区予選二回戦で負けた』って言ったな? 確かに二回戦で負けた。けどな、それは地区予選じゃない。県大会だ。誤解されたままは癪だからわざわざ教えてやったぞ、感謝しろ」
永田大地から衝撃の真実が伝えられた。
「ナ、ナ、ナ、ナ、ナ、ナ、ナナナナナナナナナナ……」
コイツら、それなりに強かったのかよ――そりゃシュート勝負で勝てるわけねえよ……。
「さぁ、練習の邪魔だ! とっとと失せな!」
「痛イ! 痛イヨ!」
痛みに苦しむ俺をバスケ部員どもが体育館から放り投げた。
オイコラ、怪我人だぞ!? もっと丁重に扱えや!
しかし仕方がない。ここでまた突撃したところで多勢に無勢。今回のところはひとまず撤退してやる。
だが覚えてろよ、バスケ部、そして永田大地! 俺は必ず貴様等に報復してやるからな! その日を短ーい首を長ーくして待つこったな!
あぁ顔面痛い。
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