きみが自殺するまでの話

水巷

第1話 『プロローグ』

「俺が死ぬの、手伝ってくれないか?」


 遡ることおよそ五年前。


 未だ僕らが見えない暗闇を知らず、この目に映る人間は皆この世界を愛してやまないのだと信じて疑わなかった、純白にして腕白だった中学一年生の時。


 地理の授業で白髪の目立つ先生に教わり、四十五分後には綺麗さっぱり忘れていた世界人口——七十億人という数字は、もはや過去の産物である。


 僕なんかよりもよっぽど優秀であろう掌サイズの端末を試しにポチポチしてみたところ、どうやら今現在の世界人口はさらに十億人増——なんと八十億人にまで達しているらしい。


 八十億。途方もない数字だ。


 しかし、そんな途方もない数字だとしても——こんな台詞を吐かれた人間は、世界中を探しても僕くらいなのではないだろうか。


「俺が死ぬの、手伝ってくれないか?」


 世界中は言い過ぎか。

 日本中……いや、県内ならギリギリセーフ?


 いや、場面と属性を限定すれば世界中と嘯くこともできなくはないかもしれない。


 例えばそう、校舎の屋上へと続く非常階段、その中途にある人気のない踊り場で、大して仲良くもないクラスメイトからこんな台詞を投げかけられた根暗メガネ高校男子なら——と、ここまで考えたところで、こんな思考に意味なんてないと気づく。


 まったく僕としたことが、突然の出来事に、どうやら無意識下で動揺してしまっていたらしい。


 世界人口なんてどうだっていいことじゃないか。どうして自分だけ特別、なんて思い上がりも甚だしい勘違いができる。そういうのは中学校と同時に卒業するのが相場だろう。


 あくまで頭はクールに、そしてクリアに。

 それだけが僕の取り柄なのだから。


 深呼吸。

 吸って、止めて、吐く。

 もう一度、吸って、止めて、吐く——よし。


 改めて、『彼』を見遣る。


 切れ長の三白眼を希望の光で輝かせ、口元は人懐っこい笑みで彩った、要するに気味の悪い笑顔。


 間違っても『死』などとは無縁であろう、これ以上ないほどに生気に満ち溢れた青い顔。


 例えば、例えばの話である。


 先の世界人口の話ではないけれど、今日この日この瞬間、八十億人の中から一人が姿を消したとして——果たしてそれで、この世界は変わるだろうか。


 僕の——僕たちの日常は、変わってくれるだろうか。


 ぼんやりとそんなことを思っていると、『彼』は三度その言葉を口にした。


「俺が死ぬの、手伝ってくれないか?」


 聞こえているよ。僕はここにいるからね。


 ——はじめに断りを入れておくと、この物語は——『物語』という表現が許されるならば——喜劇でもなければ悲劇でもない。


 ただ僕たちはそこにいて、そこにいなかった。

 生きているのに死んでいて、死んでいるのに生きていて。


 我武者羅に投げやりに、一所懸命覇気もなく、真正面から斜に構えて『世界』と闘った——そんな物語。


 どう弁明しようとも、劇的でもなければ過激的でもありえなかったけれど——でも。


 不思議と、退だけはしなかった。


 それでも良ければ、話そう。

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