優里

ドライフラワー を聴いて⑥

「今夜の土砂降りはひどいな」


激しい雨粒が土を容赦なく打ち付ける音。

誰もいない公園の雨よけのテラス。

奏は一人遠くを眺めていた。


そう、

奏もまた演との記憶を思い出していた。





インディーズバンドメンバーでプロを目指し活動する社会人の元彼 ひろし

演奏の演と書いて ひろし。あだ名はヒロ。

ヒロとの同棲の中、私は彼との子を宿した。


ヒロは中卒だったので、彼の大検に向けての勉強と仕事の両立を支える為に、

あたしは音大とバイトを辞めた。

彼の生活リズムに合わせる為、

一日中家事から開放されず、あたしはほとんど寝れなかった。


あたしとヒロ、お互いの忙しさから、

次第にお互いの気持ちがすれ違っていった。


「どうして私が生活リズムの不規則なあんたの分の家事も引き受けてほとんど一睡もできないくらい大変なのわかってくれないの!?」


「どうして俺が毎日くたくたで苦しいこと理解してくれないんだよ?」


二人の別れの決定打となったのは、

ヒロに浮気相手がいることを彼のスマホの着信から知ってしまったことだ。


ヒロにはさんざん問い詰めたが、

あいつの煮え切らない言い訳がゆるせなくて、あたしはついに我慢ができなくなり

部屋から出た。


そして、泣きながら実家の母に電話をした。


実家に戻ったあたしは、両親に相談しつついっぱいいっぱい悩んだ。


別に、パートナーがいなくったっていい。

どんなに大変で惨めな仕事だってやる。

石にかじり付いてだって、私一人でだって育てきるよ。

当たり前じゃん。

あたしのお腹に宿ってくれたかけがえのない大切な生命いのちだから。




だけど、だからこそ!!!!

"私はあいつの子供、ちゃんと愛してあげられるかな"


未来のあたしを考えた。未来のあたしの家族を考えた。

そして、最終的に決めたあたしの意思だから。

誰にも文句は言われなくない。





『奏ー!!!!!』


大声で私を呼ぶ声。

それは私を現実に引き戻した。


「ヒロ!?

あんたどうしてここに?」

私のお母さんから聞かなかった?」

「聞いたよ」


「じゃあ、なんで?

なんで来たの?」


「来ちゃだめか?」



「帰って……」

「嫌だ」


「……」



「俺さ、聞いたよ。

お前の事情。

お前それ知ったとき本当に辛かったんだろうって」



「何よ今更。

あんたそれ、同情のつもり?」

「同情って言うか、俺は……」


「私はあんたに同情されたいなんてこれっぽっちも思わない。

あんた知ってたよね?

私の妊娠がわかってから、

あんた私に何をした?」


・・・・・・


「ごめん……」


「あんた浮気したんだよ。

私はお腹を抑えながら、あんたの帰りを待って、あんたが寝た後も洗濯物をたたんだり、お弁当を作ったりしてたのにだよ!?」


「ごめん。

それでも俺はお前が好きだ!

おれにはお前しかいないんだ。

俺は世界中の誰よりもお前のことを大切に思ってる。

子供出きなくったっていい。

俺は、今のお前と一緒に頑張っていきたい。

奏、俺と結婚して欲しい。

お願いだ」



う、うう……!


「駄目か?」


「嬉しいよ。

それも、めちゃくちゃね。

女冥利に尽きるって言うか、

不器用なりにも頑張って生きてきた一人の女として、

嬉しく無いわけないじゃん、そんなこと言われて」


「じゃあ」


「でもさ、


"ずるいよ……"」


へ?


「男の子ってずるいよ。

勝手だよね。

所詮他人事だから?

私があんたと別れた後、

あんたも知ってるよね?

知らないなんて言わせないよ。


私はあんたとの間に生まれてくるハズだった命を奪った。

私は、あんたの顔を見る度に自分自身が許せなくなるから。


だから、ごめん。

私とあなたとはこの先どうやっても合わないんだと思う」




ヒロの性格だ。

私に辛い顔をみせなくなかったという事情はわかっていた。

ヒロがヒロの職場の女性に相談したのは、

男目線ではなかなか理解できないような私の日々の苦労や我慢に気付けるようにと相談にのってもらっていたという事情。

それは頭ではわかっているはずなのに……。


私は寂しくて悲しかった。

そんな大切なことを……なんで?

ねえ、なんで?

なんで私を信頼して、私自身に打ち明けてくれないの?

聞いてもない自分の話は私にいつもペラペラ話すくせに。

なんで肝心なときに限って私にそうやっていつも隠すの?

私はときどきあんたの本心がわからない。

あんたが腹の底では何を考えているのかが。

私はそれが凄く嫌!





自分に都合の悪い状況で

私はつい臆病になる

その場しのぎで楽な道に逃げ込んで


深く暗い井戸の底

そこには弱いジブンがいる。


I live only in my well

そこは、ありのままのジブンを許してくれる心地よい場所


私はそんなジブンに居心地のいい場所から動こうとはしないのに

世界がそんなジブンに愛想を尽かし

遠ざかっていく因果を素直に受けとめられない。


私だって本当は

外の世界を心の深くにくっきりと焼き付けたい


私だって本当は

前向きで誠実な気持ちを大切に一生懸命生きてるって叫びたい


自分を守る余地をどこかに残し

ワタシは私から逃げようとする




これが私の弱さに過ぎないことは

ジブンの目にも明らかなはずなのに


自分の弱さを受け入れて

心を開こうとしなければ

その場は丸く収まる

そうでしょ?


 だけど、

本当にそれで(自分の保身的な考え方で)

私自身本当に幸せなの?

ねえ、本当はわかっているんでしょ?




自分の弱さを自覚して

私は自分を慰める

だからジブンが成長しないのに


深く暗い井戸の底

そこには泣いてるジブンがいる。


I live only in my well

それは、自分の過去に恐れ

心を閉ざしている私


自分が当たり前に生きている日常

その価値をもっと深く理解したい  

そんな純粋で前向きな気持ちを

私はどこに置いてきてしまったんだろう  



私なりに、私だって、

だから


仕方ないんだ。

苦労の無い自己完結を並べるだけで

失敗をバネに未来に活かそうとする直向きな努力をしない


そのときのジブンに都合のいい便利な言葉で

ワタシは私から目を背けようとする


これが自分の弱さや甘えに過ぎないことは

ジブンの目にも明らかなはずなのに


自分の弱さを受け入れて

変えようと歩み寄らなければ

誰もプライドは傷つかない

そうでしょ?


 だけど、

本当にそれで(自分の保身的な考え方で)

みんなで幸せになれるの

ねえ、本当は……、わかっているんでしょ?








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ボカロやEveの歌詞やメロディから男性アマ小説家の僕が男性の立場から男女間のドラマ等を創作してみました 憮然野郎 @buzenguy

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