異世界食堂ニーチェ
雀羅 凛(じゃくら りん)
第1話 酢豚(モーリヤ)
「いらっしゃい!」|
リンの元気な声が響いた。
私は入り口にあるコップを取り出して隣のサーバーから水を注ぎ、奥のカウンターに腰掛けた。
「いつものね。」
おしぼりをだしながらリンは言った。
「よろしく。もう腹ぺこすぎて」
「すぐ作るよ」
ここは異世界食堂ニーチェ。リンはそのベテラン店員で、自分で食材をとってきたり、捌いたり、とにかく腕がいい。
そして私は常連客。いつもの、とは、七面鳥によく似たモイボというモンスターの唐揚げに、高濃度スライムをニーチェオリジナルの調味料で味付けしたあんかけをかけたもの。さらにパパイヤに似た異世界の木の実リヤナシをサッと炒めてのっけている。これが唐揚げによく合うのだ。私たちでいうところの酢豚のようなものだが、ここではモーリヤと言った名前で販売されている。
「おまたせ!今日はまかないデザート付きね」
ゴトンッと勢いよく料理が目の前に置かれた。
「デザートはリヤナシを砕いてクリスピーハントを練り込んで急速冷凍させたものよ。」
見てみると1口サイズのジェラートのような、一粒一粒がきらきら輝いている。
「美味しそう……!頂きます。」
持ってきたマイ箸を取り出して、まずは上に乗っているリヤナシを、餡と絡めてくちに運んだ。
「……んー!やっぱおいしいい!」
見た目こそパパイヤだが、ほのかな甘みと絶妙な酸味はパパイヤでは引き出せない味わいである。さらにその酸味が、甘辛い餡にとってもよく合う。日本にもほしい、この黄色い果実。
続いてモイボを餡に絡めて頂く。
噛んだ瞬間肉汁があふれてとにかくジューシー……!鶏は柔らかいのに外はカリッカリで、かと思えば少し軟骨が混ざっていて、面白くて飽きない食感。そんな鶏を、餡が優しく包み込んでくれる……。
うまい、うますぎる。
さらにリヤナシとモイボと餡の3連コンポはもう、昇天ものである。
リヤナシのほどよい酸味が、モイボと食べるとレモンのような役割を果たし、急にさっぱりと仕上がる。こんな3通りの食べ方で飽きない味は大皿に盛ってあるにも関わらず、ものの10分ほどで平らげてしまう。
余すことなく食べ終え、一呼吸おき、持ってきた水をクイッと飲む。そして隣に置かれた本日のデザートに目を向ける。
マイスプーンを手に、一粒すくって口に運ぶ。
「ん!?」
思わず声が出た。モーリヤではあんなに酸味をきかせていたのに、これは一切ない。ほのかな甘みと、ミントのような爽快感。そして口に入れた瞬間にスーッと溶けてしまう。
「なにこれ!?」
「え、リヤナシだけど」
それは知っている。さっき説明も受けた。しかし私の知っているリヤナシではない。調理しだいでここまで変わるのかこの黄色い果実……。と驚いていると、シャキシャキとした食感を口の中が包んだ。さっきのクリスピーなんたらというやつか。ココナッツのような風味だが、キャベツのような食感で、まあキャベツでもココナッツでもないが、それ以上例えようもない食感と風味だった。これもこれでリヤナシとよく合って美味しい。
結構量があると思ったが、あんまりスーッと溶けてしまうのでペロッと食べてしまった。
「美味しかったー、ごちそうさま」
「もう帰るのか?」
リンは寂しそうに聞いてきた。
「始発まで時間あるぞ」
そう言って時計を指す。
「駅までゆっくり歩いて帰るから……ごめんね」
ちぇー、とリンの不服そうな顔をよそに、私は立ち上がり、入り口にあるトレーにお金を置いて「また来るからー!」と立ち去った。
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