エピローグ

エピローグ1

 自分の進みたい道に気付き、キスミレと別れ、秋鷹と向き合う。そんな目まぐるしい出来事があった、翌日のこと。光磨を始まりの場所まで連れて行ってくれたのはキスミレで、これから同じ道を歩んでいくのは菜帆だ。しかし、スタート地点でどんと腰を据えていたのは菜帆ではなく秋鷹だった。


「光磨。お前に託したいものがある」

「は、はい」


 今日は日曜日だ。いつものようにテーブルを挟んで向かい合い、のんびり朝食をとっていた。秋鷹と打ち解けたとはいえ、食事中は静かなのが最早日常になっている。だからこそ、秋鷹から急に話を振られたことに驚き、思わず敬語で返してしまう。


「……待ってろ」


 一足先に食事を終えたらしい秋鷹は、そっと手を合わせてから席を立つ。光磨はポカンと、頭に疑問符を浮かべながら待つことしかできなかった。


「お、親父……それ……」


 やがて戻ってきた秋鷹の姿に驚いて、呟く声のトーンが高くなる。秋鷹の肩にかかっていたものは、光磨にとってあまりにも予想外のものだった。


「驚いただろう。学生時代、俺も趣味程度にやっていたんだ。……浩美が亡くなってからは、触れることすらなかったが」


 力なく微笑みながら、秋鷹は背負っていたもの――ギターケースを差し出してくる。光磨は慌てて立ち上がり、秋鷹からしっかりと受け取った。ずっしりとした重さを感じながら、光磨はシンプルな黒いギターケースをじっと見つめる。


「知らなかった。本当に、俺……何も知らなかったんだな」

「これから知れば良い。…………ただ、光磨は光磨の好きなように動くべきだ。もしこれが押し付けになると言うのなら、元の場所に戻す」

「……ふっ」


 真面目だった。秋鷹は、大真面目な顔で渋い声を漏らしている。だから光磨は、つい吹き出してしまった。自分の父親があまりにも不器用で、やっぱり親子なんだなと実感してしまう。


「何だ。どうした」

「親父、少しは考えてくれ。俺が嫌がっているように見えるか?」


 秋鷹のつり上がった瞳が突き刺さる。人によっては怖い印象を与えてしまう視線は、光磨にとっては凄く優しいものに感じた。


「ああ、違うな。…………悪かった。もっとお前を信じるべきだな」

「そうだよ。信じて欲しいし、頼りもしたい。だから頼む、俺に進み方を教えてくれ。……お願いします」


 光磨は深くお辞儀をしながら、自分の頬が緩んでいくのを感じた。今自分がぎゅっと抱きかかえているギターを、いつの日か使いこなせるようになりたい。作詞や作曲もできるようになって、菜帆とともにアニソンを作っていくのだ。頑張ればそんな未来がありえる訳で、想像すればする程に胸の鼓動は速くなる。


「楽しそうだな、光磨。これから大変だぞ」

「そんなのわかってるよ。でも、楽しいんだから仕方ないだろ」


 恥ずかしげもなく、素直な言葉が零れ落ちた。

 大変なのはもちろんわかっているつもりだ。ここから先、菜帆の隣に立てるかどうかは自分の努力にかかっている。自分が飛び込んだ道には菜帆の人生もかかっていて、生半可な気持ちで臨んではいけない。

 だからこそ、光磨は楽しいと感じていた。ようやく知ることができたアニソンの世界にわくわくする気持ちがなければ、前になんて進めないだろう。


「光磨」

「何だよ、親父」

「……お前の名前は、浩美が付けたんだ。自分で見つけた光を、自分なりに磨いて欲しい。だからお前は自分らしくすれば良い。自分なりに試行錯誤しても、俺や友達を頼るのも……お前の自由だ」


 さらりと言い放った秋鷹は、ふっと微笑んでみせる。秋鷹も秋鷹で心なしか楽しそうで、光磨の頬は緩んだ。光磨の名前を考えたのが母親だったのは、なんとなく想像できていた。「キスミレの光」を始め、奥野原浩美の曲には「光」の文字がたくさんある。母親の記憶はほとんどないが、もしかしたらキスミレと同じように明るい光を放っているような性格だったのかも知れない。確証はないが、何故か強くそう思った。


「……ああ。親父や穂村さんにたくさん頼らせてもらうと思う。それと……母さんからは訊きたくても訊けないって、前は思ってた。でも……母さんから知ることもいっぱいあるんだろうなって、今は思ってる」

「…………そうか」


 ――もしかして、俯くことで表情が誤魔化せていると思っているのだろうか。


 秋鷹の抑えられない声の震えは、喜びとなって光磨に伝わっていた。

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