4-3 アニソンフェス

 部活が終わり部屋を出ると、紫樹はわかりやすく大きなため息を吐いた。背中を丸める紫樹の姿は、決して小柄という訳ではないはずなのに小さく感じる。


「頼りにならなくてごめん」

「あー、やっぱりそこか」


 苦い顔をする紫樹を見て、光磨は自分も同じような顔になっているんだろうな、と思う。頭を掻く仕草をしながら、光磨は励ましの言葉を考える。紫樹とは本音をぶつけ合えて、友達になれた。更には協力してくれると言ってくれた相手で、すでにたくさん力になってくれている。光磨としてはこうして相談できる相手がいるだけで嬉しいのだ。


「まぁ、気にするなよ。俺としては、その……」


 改めてそれを友人に言おうとすると、恥ずかしくてたまらない。ついつい口をもごもごさせてしまっていると、すぐに昇降口まで辿り着いてしまった。


「あっ、枇々木くん!」

「……え?」


 聞き慣れた声に、栗色のポニーテールに黒縁眼鏡をかけた小柄な姿。

 昇降口には何故か菜帆の姿があった。菜帆は帰宅部のはずだ。とっくに帰っていると思っていた光磨は驚き、ポカンと立ち尽くしてしまう。


「え、えっと……? もしかして、この人が穂村さん?」


 光磨以上に困惑しているのはもちろん紫樹だ。光磨と菜帆の姿を交互に見て、首を傾げてみせる。菜帆としても紫樹と一緒なのは予想外だったのか、戸惑いを見せながらも恐る恐る声をかけた。


「あ、そうです。じゃあ、枇々木くんの友達の柚宮さんですか?」


 そういえば、人見知りモードの菜帆は敬語で喋るのだった。緊張気味で声も小さめの菜帆の姿を見て、光磨はなんとなく懐かしく思う。


「そうだよ、柚宮紫樹って言うんだ。よろしくね、穂村さん。……それで、僕はもしかしてお邪魔なのかな?」


 さっきまでの落ち込みはどこへやら、紫樹はニヤニヤと楽しげに笑う。「まったくこいつは」と呆れながらも、菜帆がここにいる意図がまだわからないため、菜帆の反応を待った。


「えっと……大丈夫です! 用事はすぐに終わるので。ひ、枇々木くん。話があるの!」


 菜帆は叫ぶようにして言いながら、光磨に近付く。興味津々なのが表情から漏れ出ている紫樹を必死に見ないようにしながら、光磨は菜帆と目を合わせた。


「あ、いや……私じゃなくて、こっちを見て欲しいんだけど」

「う、あ、そ、そうか」


 どうやら少々必死になりすぎたようだ。自分の顔が赤く燃え盛るのを感じながら、光磨は小さく咳払いをする。

 菜帆が差し出してきたのは、スマートフォンの画面だった。


「アニソントレジャーフェスティバル……?」


 見せられたのは、所謂「アニソンフェス」のホームページだ。それはすぐにわかったが、アニソンを知り始めたばかりの光磨には出演アーティストがまったくわからなかった。強いて言えば、名前くらいは聞いたことがあるアーティストがいくつかいるくらいか。会場がそう遠い場所ではないこともなんとなくわかった。


「実際に生で聴いてみたら何かが変わるかも知れないって思って。……だ、だからっ、一緒にどうかなって……思うん、だけど」


 恐る恐るといった感じで訊ねながら、菜帆は上目遣いを向けてくる。声は震えているし、制服の裾をぎゅっと掴んでいるからだいぶ緊張しながら発してくれたのだろう。

 あざといと感じる以上に、光磨は素直に嬉しいと思った。


「そうか……確かに良い案だな、それ。穂村さんさえ良ければ、俺は構わないぞ」

「ホントっ? はあぁ、良かった……」


 光磨の返事に本気で安堵したのか、菜帆は強張っていた表情を緩める。しかし、光磨は逆に顔をしかめてしまう。


「ただ、アーティストが全然わかんねぇんだよな……。よく知らないけど、フェスっていうのは誰か一人くらいは目当てのアーティストがいて行くもんなんだろ?」


 訊ねると、菜帆の目の色が一瞬で変わった。


「それなら大丈夫だよ枇々木くん! 開催までまだ一ヶ月もあるし、私が予習用のプレイリスト作るし、アニメも色々教えるから!」

「お、おう……そうか、そうだよな」


 菜帆が唐突にアニソン熱を燃やし始める――という光景は、正直最近は見慣れている。だから光磨は笑った。苦笑でもなく、やれやれと呆れる気持ちもまったくない。菜帆が情熱たっぷりに伝えてくれるアニメやアニソンに、光磨は惹かれている。

 単純に、楽しみだという気持ちがあるのだ。


「それだ!」

「…………は?」


 すると何故か、紫樹が何かを思い付いたように大声を上げた。突拍子もない紫樹の行動に、光磨は思わず訝しげな視線を紫樹に向けてしまう。いったい今の会話のどこに「それだ!」と思う要素があったのだろうか。

 唖然とする光磨と菜帆を置いてけぼりにするように、紫樹は突然誰かに電話をかけ始める。まぁ、誰かというか「萌先輩、まだ部室にいますか?」という声はしっかりと聞こえてきたため、相手は夏奈子だとすぐにわかったのだが。


「光磨、ちょっとやらなきゃいけないことがあるから部室に戻るね!」

「はぁ。別にそんなこと宣言しなくても良いと思うけどな」

「光磨と穂村さんもついて来て!」

「は? いや何でそうなるんだよ、少しくらい説明を……」


 呆れる光磨の言葉を待たずに、紫樹は何かのスイッチが入ってしまったように動き出してしまった。まったくもって訳がわからないが、どうやらついて行くしかないらしい。光磨は菜帆とともに首を傾げつつも、紫樹の後を追った。

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