第5話 ろくでもない理由で呼んだのね
メイナがご機嫌でギルド本部内を歩く。
すれ違った事務員や研究者たちに片手を上げて挨拶に応じ、エレベータに乗って階下に降りると外に出た。
この三人で並んで歩くのは初めての経験かもしれない。
あれ? なぜ歩く?
「メイナ、どこに向かうの?」
「南エリアじゃ」
「南エリア? え? 『滑る箱(スライドキューブ)』に乗らないの?」
僕の疑問にメイナは答えず進む。
ギルド本部から各ギルドハウスには直通の『滑る箱(スライドキューブ)』が設置されている。関係者しか乗れない専用ヘリテージだ。
歩くか、馬車に乗るか、最下層の『滑る箱(スライドキューブ)』を利用するか――移動方法は色々あるが、どれを選んでも時間がかかる。
目的地が分かっているなら、専用ヘリテージを使ったらいいのに。
「リーン、『滑る箱(スライドキューブ)』は三人乗りじゃ」
「メイナとガンダリアンと僕でちょうど三人だろ」
「あほう……お主の目は節穴か? こいつが一人分で収まるか?」
「あっ――」
メイナが視線を向けずに親指を指した。僕の隣の人間――西のギルド長ガンダリアン=ヘクトールが、首を傾げた。
彼の体は大きい。
身長は二メートル。体重はそれ相応。ガンダリアンも元探索者で、A級パーティの一員だった。
二つ名は『巨人(タイタン)』。とあるヘリテージを手に入れてから与えられた名前だが、誰もが見た目通りだと頷く。
彼が野太い声で言う。
「入らないこともない。マニューたちと来るときは、マニューを俺の膝にのせている。ギルマスなら似たような大きさだ」
「こ……この、あんぽんたん! わしがお主の膝になんぞのるか!」
「乗り心地はいいと言われる」
「そういう問題じゃないわ!」
ひどい剣幕で声を震わせるメイナ。
ガンダリアンの膝にちょこんと座る彼女を想像し、小さく笑い声を漏らした僕は――突然の寒気に体を強張らせた。
メイナの右手がぼんやり光っていた。
「……リーン、死にたいのか?」
「な、何のことかな? ガンダリアンがいると、三人がけだと無理だなあって考えていたところだよ?」
「ふん」
不機嫌そうに鼻を鳴らすメイナに、ガンダリアンが「俺の膝は嫌なのか」と肩を落とした。
「嫌じゃ」
「いや、待てよ、メイナ、名案があるぞ! 誰も嫌がらずに『滑る箱(スライドキューブ)』に乗れる案だ!」
「……言ってみよ」
「俺が、『滑る箱』につかまってぶら下がるってのはどうだ? メイナかリーンの足を一本貸してくれれば――」
「期待したのが、あほだった。ガンダリアン、お主、ギルド長が空中をそんな状態で滑っていったらどうなると思う!?」
メイナが色の違う瞳を吊り上げて、睨み上げる。
ガンダリアンは体の大きさの割に心配性で気が弱い。しかも、真面目にとらえすぎる性格だ。たじたじで一歩下がった彼は、真剣に考えこんだ。
そして出した答えは――
「俺のトレーニングになる?」
「……もういい」
「待て待て! わかったぞ! お前たちもずり落ちないようになって体幹トレーニングに――」
「黙れ! お主は声が大きいんじゃ!」
メイナが負けじと声を張り上げた。
が、地で声が大きいガンダリアンには到底かなわない。すでに通りを行きかう人たちは僕らに奇異の視線を向けているし、有名なメイナがいることで微笑ましい表情をしている人もいる。
今さら気づいたが、メイナの顔がうっすら赤い。少しは恥ずかしいらしい。
僕の天敵がメイナであるように、彼女の天敵はガンダリアンなのかもしれない。
と、少し微笑ましい気持ちで二人の成り行きを見守っていた僕は、規則的な掛け声が聞こえてきて、ぐるっと首を向けた。
銀色の鎧に身を包む集団が二列になって、ランニングをしていた。だんだんとこっちに近づいてくる。
鎧の肩には『6』の数字。第六騎士団の面々だ。
王都の騎士団は第一から第六まで存在する。第一は王城。第二は王城の敷地すべて。第三から第五は外敵対策と全エリアを。そして第六がリデッド対策にあてがわれている。
トレーニング方法は各騎士団に一任されている。
ヘリテージの恩恵で生み出された軽い強化服を身につける騎士団もあれば、重さがトレーニングになるからとか、鎧が慣れているからといった理由で未だに旧式の金属鎧を採用している団もある。
僕の記憶が正しければ、第六はリデッド対策で『宮殿(パレス)』に潜ることが多く、動きやすい強化服を使用しているはずだ。
単にトレーニング用で鎧を身につけているのだろう。
と、大きく笛の音が鳴り、隊列が半ばまで通り過ぎたところで停止した。「よし、休憩」と声が響く。
「こんなところで、ギルドマスターとギルド長のみなさんとお会いするとは」
金髪を短く刈り上げた男性が、列の最後尾から一人進み出た。
第六騎士団団長ガレック=ソーンだ。彼は僕といくらか付き合いがある。
「リーン、久しぶりだな」
「本当に。ガレックも元気そうだ」
「元気なもんか。お前に有能な右腕を持っていかれて、毎日ひっくり返っているぞ」
ガレックはそう言って白い歯を見せる。
僕は「ごめんよ」と苦笑いで返す。毎回こんなやり取りだ。彼の様子を見ると、まだ右腕にふさわしい人物は見つかっていないらしい。
けれど、ガレックは優しく部下にも慕われている。そのうち見つかるだろう。
「ガレック、訓練中か?」
ガンダリアンに説教を始めかけていたメイナが、ふんぞり返りながら近づいた。ギルドの外の人間に対しては、いつもこの調子だ。外向きの姿はこれらしい。
「ええ、最近はあまり外への出動が無いもので」
「良いことじゃ。周辺の『宮殿(パレス)』が荒れてないからの」
「メイナ様のおっしゃる通り、平和で何よりですが、この通りで――」
ガレックはすばやく目配せする。
その先には、第六騎士団の団員たち。休憩と聞いて、鎧を外して汗を拭いている者や、地面に座り込んでしまった者がいる。中には友人と話を始めた者もいた。
メイナが嫌な笑いを浮かべ「たるんどる」とばっさり切り捨てた。
「緊張感を保つのは難しいですから。たまには何か起こらないか、と考える日もないわけではない。私とて、毎日事務仕事ばかりでは……」
「そうか」
「切込み隊長が抜けたせいもあります」
第六騎士団副団長ダルス=ランバートのことだ。彼は今、お茶パックの買い出し中だが。
メイナが瞳をすがめて僕を見た。
――お前のせいだ。
などと言うような人間ではない。メイナは常に前向きだ。
だから、この場合の視線は――
「リーン、手を貸してやれ」
こういう意味だ。
だが、この僕に何ができるというのか。たるんだ騎士団とはいえ、騎士団だ。入隊試験は猛烈に厳しいと知られている。僕が挑戦しても体力面で落ちることも知っている。
剣術、魔法、体術、どれかがC級並みの隊員に、元D級の僕が何を手伝えるのか。
「書類整理なら、いつでも」
ガレックには借りがある。ダルスを引き抜いてしまったという申し訳なさもある。
が、そんなことよりも、彼はいい人だ。
うちで活躍しているダルスも未だに世話になっている優しい人なのだ。
たまにはギルド長として協力したい。
「リーンは冗談がうまいな」
が――僕の本意は、ガレックには冗談にしか聞こえないらしい。
「同じリデッドと戦うもの――第六騎士団との士気は重要じゃ。わしが許可しよう。リーン、北のギルド長として、少しもんでやれ」
「はあ?」
メイナがつかつかと近づいて――僕の足をゆっくり、かかとで踏みつけた。
痛みはないのに痺れるような感覚が背筋を走り抜けた。
体術の天才はこれだから困る。僕の《ペンタゴン》が働かない程度に抑えたな。
「お主の実力を見せてやれ、と言っておる」
「メイナ……言ってる意味、分かってる?」
「うまくやれ」
相変わらず無茶を言う。
僕の攻撃は運次第だ。たぶんどのギルド長より手加減が下手だと思う。間違って発動すればひどい事になる。
いや、それよりも、
「メイナ、南に行く仕事の件は?」
「わしと、ガンダリアンで行く」
「え? じゃあ、僕を呼んだ理由は?」
「…………移動中にぐーーぜん、ガレックと出会ったのじゃから、仕方ない」
「あっ、まさか! こうなるの知ってたな!?」
メイナが明後日の方向に首を回した。「さあ、あとはリーンに任せて行くか、ガンダリアン」とさっさと立ち去ろうとする。
そして、少し悪いと思ったのか、足を止めて振り返った。
「今日は厄日での。どのルートを通っても、南にたどり着く前には何らかの障害が起こる。これが最善。仕事は本当じゃから、ことが終わったらリーンも南の駅まで追ってくるように」
「ま、待て、メイナ!」
「さあ行くぞ、ガンダリアン」
今度こそ、メイナはガンダリアンを連れ出して立ち去っていく。途中、ガンダリアンの大きな声が響いた。満面の笑みだ。
「これで、二人だ。『滑る箱(スライドキューブ)』に乗れるな! 膝の感触も試してくれ!」
メイナのとても嫌そうな横顔がのぞいた。
ちょっとだけ胸がすいた。
そして――
「仕事中だったのか? すまないな、リーン」
「いいんだ、ガレック。どうやら最初からこうなるのはわかっていたらしいから」
「『夢読み』か。相変わらずすごい力だな」
「振り回される方はたまらないけどね。で、訓練の方だけど……僕が手伝えることは正直あんまり無いんだ」
「そんなに謙遜するな。ダルスからよく聞かされている」
ガレックは白い歯を見せて朗らかに笑う。
うちのダルスから聞いている? 何を? 無能ぶりか? さぼり魔とか?
「リーン=ナーグマンは『千のスキルを自在に操る男だ』と。今日はぜひその剣の冴えを部下たちに見せてくれないか?」
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