第3話 だから非番だと言ってるのに
ゲートをくぐって僕らは歩く。
街のそこかしこで活気がほとばしる。
背の高い男性に王都内を案内する馬車の利用を尋ねられたが首を振っておいた。御者が、客を逃したとばかりに肩を落としていたが苦笑いするしかない。
カルエッタやランツにこの大都市をゆっくり見せる意味合いもあるし、近くの拠点に向かう程度なら必要ない。
王都ストラドスのつくりはとても単純で、まず四方八方をすべて峻険な山に囲まれている。この国は巨大な山の中をスプーンでくり抜いたような盆地なのだ。
上空から見れば、山ふもとから中央に向けての大部分を森が覆っていて、境目を決めるように円状の都市壁がそびえ立つ。
そしてちょうど中央にとてつもなく背の高い塔があり、そこを中心に街が栄えているのだ。
王国の中の戦力は主に二つある。
古くから国を守ってきた騎士団と、民間人が生み出した探索者だ。
探索者は都市壁の外にある『パレス』に潜って生計を立てているが、あまりに数が増えすぎたために、彼らをまとめた組織ができた。
それがギルドだ。
探索者たちの声を一つにまとめ、王国と交渉し地位向上を狙う。
そんな表向きの目的で設立された組織だが、今のところうまく機能している。パレス内で取れる遺産(ヘリテージ)の多様性と価値がわかってくると、王国としても無視できなくなったからだ。昔は率先して直属の騎士で部隊を組んで潜入させていたこともあったらしいが、大人数を動かすには金がかかる。
その点、『列車』のようにとんでもなく便利なヘリテージを放っておいても発見してくれる探索者の有用性と、手前勝手に行動する彼らを監視してくれるという意味で、ギルドは役に立つ組織だと思われた。
けれど、昔、ギルドがたった一つだったせいで、力を盾にして王国に盾突いたことがあったらしい。
その対策に考えられたのが、ギルドの分断だ。
円形の領土にバツ印を引き、東西南北にエリアをわけたうえで、そこにギルド長を置いて競わせたとか。
「本当に……にぎやかな場所ですね」
カルエッタがつぶやき、目を白黒させている。ランツも不思議そうにあちこちを見回しては目を細めている。
どこから来たのか知らないが、王都の活気は並外れている。驚くのは当然だろう。僕も何度か仕事で他国に足を伸ばしたが、ここまで発展した都市は見たことがない。
ただ、発展した理由はわかっている。
あまりに『パレス』が増えたからだ。
『パレス』が増えると、ヘリテージも魔核も増える。魔核が増えるということは大量のエネルギーが増えるということでもある。当然、人間も大量に流れ込んでくる。
――チーンっ!
後方から聞こえた甲高い音に、僕はぱっと飛び退いた。
視界の端から、箱型に近い二人乗りのベンチが近づいてきた。地上から一メートルほどの高さを動くそれは、『滑る箱(スライドキューブ)』だ。
移動型ヘリテージの一つで、目印と目印の間を一直線に動くシロモノだ。偶然にその移動ルートの上をふさいでいたらしい。ベルを鳴らされてしまったようだ。
「……なんですか? あれは?」
「初めてかい? この王都は広いからね。乗って移動する道具さ」
『列車』が発見されてからというもの、形は違っても『滑る箱』のヘリテージはたくさん見つかっている。
主に小型のものは地上近辺を。
そして中型サイズになると、十人ほどを運べるので、家の屋根の上くらいを滑るように整備されつつある。
おかげで、さっきのような案内馬車の仕事は徐々に食われてしまって商売が難しくなっているのだ。
最近は、ニッチな目的地に直通でたどり着けるということを売りにしているらしい。
と、そんなことを考えているうちに北のギルドに到着した。
僕の本拠地ギルドハウスだ。
「大きい……」
「だろ? 自慢の建物なんだ」
もちろん僕の建物ってわけじゃない。
ギルド共有の財産で、単に北のギルド長である僕が預かっているだけだ。
でも、初めての人は大抵が驚いてくれるので、とても驚かしがいがあるのだ。
ちなみに、残りの三つのギルドもまったく同じ建物だったりする。
「中で話を聞いたら、適当なギルドに推薦するよ。今なら、南か東がいいかな」
「ここは北エリアではないのですか?」
カルエッタが不思議そうに見つめる。
「探索者を本当に目指すなら、北エリアはお勧めしない。ギルド長の僕が言うのはおかしいけどね」
探索者は命をかけて魔核とヘリテージを追い求める者たちだ。『パレス』内で道に迷えば出て来られなくなるし、すぐに救助に迎える人間は多い方がいい。
その点、南と東は所属している探索者が多い。A級からB級パーティも数多く、競争相手には事欠かない。
さらにそれぞれのゲートを出てすぐのところに、初心者向きの『パレス』がいくつか存在するのだ。
そこで経験を積み、さらに森の奥の難易度の高い『パレス』に向かう。
それが上に駆けあがるための通常ルートだ。
北エリアは、そんな理想的な南と東とは真逆だ。
所属するパーティは超がつくほど少ないし、四エリアの中で獲得ヘリテージが最も少ないので、ギルド内に配分される予算が最低なのだ。
立派なのは建物だけで、備品や消耗品を買う金もない。
さらに北エリアに存在する『パレス』はわずか二つ。中級者向けが一つと、上級者向けが一つだけだ。
別エリアの『パレス』に潜るにはそのエリアのギルド長の許可が必要なのだが、縄張りを荒らされるので、ギルドも探索者もいい顔はしない。
駆け上がろうにも環境が整っていないという現状なのだ。
「まあ、その辺りは説明するかもしれないし、別のギルドで聞いた方が早いかもしれない」
ギルドハウスの玄関をくぐると、がらんとした空間が出迎えた。
目の前には横に長い受付カウンターがある。左側には依頼を貼り出す掲示板。今日もほとんど何も貼られていない。
昨日の夜に確認したから、増えてるはずが無いが。
カウンター奥で書類の整理をしていた女性が回ってぱたぱたと早足でやってきた。
黄緑色の長い髪を揺らす彼女はエリーナ=ノンノート。
北ギルドで二人しかいない事務職で、非常に優秀なので仕事はほとんど任せきっている。
そんな彼女は、呆れた顔で僕を見つめる。
「リーンさん、ほんの一時間ですよね?」
「ほんの一時間かな」
「また巻き込まれたんですか?」
「巻き込まれたともいうし、自分から首を突っ込んだとも言うかも」
肩をすくめる僕の前で、エリーナが眉根を寄せた。
彼女が言いたいことはわかる。「非番だから散歩してくるよ」と言って出て行った僕が、滅多に北ギルドにやってこない探索者を連れて戻ってきたのは、きっと何かあったのだ、と。
「大丈夫、ケガはしてないから」
「無敵のリーンさんに限ってそれはないので心配してないですが」
いや、心配してほしい。
今までは運よくケガがなかっただけで、もしケガをすれば、北ギルドの中で誰よりも重症になるだろう。
キンググリズリーとか、でかいイノシシでも僕を殺せるのだから。
そんな不安を口にしかけた僕より早く、エリーナが腰に手を当てて片眉を上げた。
「私が言ってるのはリデッドの件です」
「リデッド?」
「北ゲートの前で戦ったと聞きましたよ?」
「もう聞いたんだ」
「花屋のカンロットさんが、ゲート付近で見たって。リーンさんの周りを騎士団が囲ってたって言ってましたけど、またリデッド絡みでは?」
「うん……まあ、正解」
エリーナがこれ見よがしにため息をついた。
「気をつけてください。リーンさんは北ギルドのかなめなんですから。今さらですけど」
「うん、気をつけるよ」
「後ろのお二人は? まさか新人さんですか?」
エリーナが興味深そうに二人を見つめる。
「探索者になろうと思ってるらしいんだ」
「そうなんですね……では、南に連絡取りますか?」
「最終的にはその方がいいだろうけど、ゆっくり話を聞いてからにしようかな。初めてらしいから……色々と不安も残るしね」
「了解です。ただ、リーンさんが話を聞くのは難しそうですね」
「非番だから? 別に構わないよ。ジャムを作るくらいしか予定ないし」
「いえ、カンロットさんの方は非番を知って、新しい種を持ってきてくれただけですけど……それとは別に手紙が届いていまして」
言い淀むエリーナは、ぱたぱたとカウンターに戻り一通の手紙を持ってきた。
ピンク色の封筒だ。
何を考えたら、こんな目立つ封筒を使う気になるのか知らないが、差出人は「ピンクが好きだから」と変えないのだ。
重要な手紙だったら盗難にあうと何度も注意しているのに。
裏には天使を象ったコミカルな封印。表には可愛い丸字で「リーンへ」と書かれている。
「あの……まだ開けてはないです……」
「うん、そうだね。開けない方がいいよ。これは」
「すみっこに『至急』って書いてますけど」
「本当に至急なら、通信用ヘリテージを使うんだから」
「では、開けないのですか?」
「開ける……」
「ですよね」
過去に手紙を無視したことがある。
結果、向こうから乗り込んできたあげくに無理難題を押し付けられて痛い目にあったのだ。
気が進まないものの、封を切った。
折りたたまれた手紙を開く。
――リーン、仕事があるので大至急来るように。ギルドマスターより。
ギルドマスターとは形の上では四エリアを束ねる中央の権力者だ。
各エリアのギルド長の任命権を持っていて、王国との交渉やギルドの方針などを決めている。ちなみにギルドの重要な方針などを決める際には東西南北のギルド長が持つ四票とギルドマスターの一票の合計五票あり、多数決で決めるルールである。
そして――僕は彼女が大の苦手だ。
北のギルド長に強引に任命したのが彼女なのだ。
あまりに急な呼び出しが多いので、毎月の勤務シフト表を送ってあるほどだ。
それを見れば、非番であることは一目でわかるはずなのに。
握りつぶしてやろうかと思った時だ。
下に、追加の一文があった。
――ジャム作りより重要な仕事だから無視しないように。
近くで見ているかのような手紙。
行動を完全に先読みしている。
無駄なところで能力を発揮しすぎだ。これは権力乱用だ。いや、能力の乱用だ。
ギルドマスターたるもの、公正公平に――
「リーンさん、どうします?」
「……行くよ」
行けばいいんだろ。
『夢読み』は最初から非番など見ていないということか。
今度から、シフトを赤色で塗りつぶしてから送ることにしよう。
嫌でも目に入るだろう。
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