第8話 反撃準備

「それではリュウジ様、ここからは奇跡屋本来の接客をさせていただきますことをご了承ください」

 ゼロはそう前置きすると竜司に問いを投げかける。


「まず私の見立てでは、あの悪霊を除霊するには単純に今よりもダメージを与えられる攻撃でないといけないと思うのですが、リュウジ様の霊眼はどう映ったのでしょうか?」


「アイツは……いや、アイツらは十二個の霊体の核を持ってました。あんなのは初めて見たんすけど、何個かの霊核れいかくは弱ってるみたいだったんで、なんとか俺の霊穿れいせんを数回直撃させればきっと……」


 そう、竜司が驚愕していたのはそのことに対してだったのだ。肉体にとっての心臓に等しい霊体の核は、言うまでもなく通常は一つのみであるはずなのだが、あの強力な悪霊はあまりにも多くの核を内包している。


 悪霊とは死の間際に抱いた感情によって行動するものだ。大抵が人を憎んで悪霊となるため、生きた人間を呪う対象にすることはあっても、死んでしまった人間、つまりすでに霊となったものに興味を持つことはない。


 だがあの霊はその根本的な部分を完全に無視して、他の霊を喰らうことで霊力を増やしているのだろう。

 自己と他人との境目が曖昧になってしまった霊体だからこそできる芸当ではあるが、たとえ多くの霊を見てきた竜司といえど、他の霊を喰らったりする個体は今まで見たことはなかった。


 一体どんな理由があってあれだけの霊を取り込んだのか? 死の間際に抱いた感情がどんなものであればあのような行動に出るのか?

 謎は竜司の胸にわだかまったままではあるが、事実あのように存在している以上、霊能力者として竜司のやるべきことは一つだ。


 単純明快、あの悪霊が成仏するまで何度でも霊穿を当てればいい。いつもは一撃だけで十分だったせいで動揺してしまったが、霊穿そのものに効果があったことは確認済み。

(問題は、あの速さで動ける存在にどうやって攻撃を当てるかだな……)


 悩む竜司にゼロが口を開く。

「ふむ、では他の悪霊と区別して今は《トゥエルブ》と呼称しておくことにしましょう」

 十二個の霊核にちなんでそう呼んだのだろう。なんともわかりやすいネーミングだ。


 次いで彼は、竜司の悩みに対して一つの案を提示する。

「そしてリュウジ様の見解によれば必要なのは威力よりも手数だと……ではこちらの商品きせきならば、お力になれるかと思います」


 店主の声に応えるように、遠くの棚から一つの道具が滑るように飛んできて、ゼロの手に収まる。


 一見すると人の頭部くらいの大きさのガラス玉でしかなかったが、普通の物とは違う点が一つある。

 それは色とりどりの小さなキューブを内包しているという点だ。青いキューブだったり黄色だったりと虹のように様々な色がガラス玉の中に収められている。


 一体どんな道具なのか、見た目だけでは一切検討がつかない。首を傾げる竜司の目の前で、ゼロはおもむろにガラス玉の中に手を突っ込んでみせた。


 するりとまるで水面に手を入れるかのように、なんの抵抗もなくゼロの手はガラス玉の中へと侵入し、一秒と経たずに赤いキューブを取り出した。


 空間が歪んででもいるのか、ガラス玉の中では胡麻ごまと同じような小ささだったのに、今ゼロが手にしている赤いキューブは親指の爪と同じ大きさになっている。


 どうやらガラス玉ではなく、その中にあったこの赤いキューブが目的の品だったらしく、ゼロはそれを見せながら言葉を紡ぐ。


「こちらの商品きせきの名称は《百の籠手ハンドレッド・ガントレッド》と言います。先ほどリュウジ様の目の前で私が使用いたしましたものと同様の品です。人の持つ潜在能力、希望ホープの一種であり発動することで右腕50左腕50の合計百個の籠手を出現させ、意のままに操ることができます」


 その言葉で、竜司は先ほど見たものを思い出す。

 ゼロの握りしめた拳から赤い光が撒き散らされた直後に、数え切れないほどの籠手が出現したあの能力だ。


 たしかにあれほど多くの籠手で霊穿を使えるようになれば、手数の問題は解消される。見た限りゼロからある程度離れることもできていたようだし、単純にリーチも長くなるのだろう。


 しかし竜司の胸には一つの懸念が去来する。それはあの能力が囮の役割を担っていたという事実だった。ゼロの出した《百の籠手ハンドレッド・ガントレッド》はトゥエルブによって次々と消滅させられていたのだ。ついさっき見たばかりの光景が脳裏をよぎる。


 敵の気を逸らすだけだったこの能力で戦うことはできるのか。そんな竜司の不安を読みとったかのようなタイミングでゼロがフォローを入れてきた。

「私はこの希望ホープの操作が苦手ですので囮にしか使えませんでしたが、おそらくリュウジ様ならばすぐに使いこなすことができると考えております」


 そう言った後、ゼロは竜司に赤いキューブを手渡してくる。しかし竜司としては不安を拭いきれず思わず、

「でも俺が使いこなせるってなんで言えるんすか?」

 と疑問を投げかけた。


 するとゼロはそれすらも予想していたのか、ほんの少し余裕のある笑みを浮かべ、

「証拠はございません。しいて言えば私の商人としての勘……でしょうか」

 と答えた。


 ゼロが初めて見せる表情に少しだけ呆気にとられてしまう。

 彼の笑みからは誇りが感じられた。竜司が知る由もない、数多くの客の悩みを解決してきた奇跡屋の店主としての誇りだ。


 実績と言い換えてもいいだろう。様々な世界、様々な時代からやってくる客の問題と向き合ってきた、経験に裏打ちされた商品の選別。


 竜司がその経験を実際に見て知った訳ではないけれど、ゼロが見せる自信を滲ませた微笑みを前に、不安はすっかりなくなってしまう。


「もしこの商品きせきがお気に召さない場合には、他にもまだお勧めできる品がございますのでご安心ください」

 こうしてちゃんと保険をかけるあたり商人らしいとも思えるが、その様子が竜司をさらに安心させてくれた。


「発動条件はとても簡単で、その赤いキューブを身につけたまま《百の籠手ハンドレッド・ガントレッド》と言うだけでいいのです。どうぞ使ってみてください」

 そう勧めると竜司の邪魔にならないようにゼロは数歩下がる。


 竜司はそのセリフを聞いて、こんな店の中で戦闘用の能力など使ってもいいのだろうかと考えたが、

(ああ、そういやこの店ではどんなものに対するダメージもなかったことになるんだっけか……)

 とすぐに思い直した。


 心を落ち着けるため、一度深呼吸をする。ゼロから受け取った赤いキューブを右手で握りしめ、言葉を紡ぎ出す。


「《百の籠手ハンドレッド・ガントレッド》」

 その時、竜司の右手から赤い光が現れ周囲を照らし出した。

 まるで夕焼けのような光に招かれるように、あるいは竜司の呪文に導かれるように一つ、また一つと次々に籠手が出現し、あっという間に百個もの籠手が出揃った。


 そしてゼロのものとは違い、西洋の騎士が着用するようなものではなく、日本の武士が装備する甲冑かっちゅうの形をしている。

 形が異なるのは籠手というものに対するイメージが異なるからなのか。


 そんなことはともかくとして、能力の発動は成功したようだ。それぞれの籠手には霊力で編み込まれた線がつながっており、竜司の眼にははっきりと見える。


「おお〜……」

 今まで見てきたファンタジー道具とは違って、生まれて初めて自分自身で扱った幻想的な能力に、思わず感嘆の声を上げる。


 その様子を確認してから、ゼロが訊ねてくる。

「使用感はどうでしょうか? 希望ホープは感覚によってある程度の適正が掴めるものですので、もし違和感があればすぐに他の商品きせきをご用意いたします」


 なるほど感覚か。ならばこれは……

「いや、めっちゃしっくりきてます。最高っすよこれ!」


 そう、言葉では表現しきれないほどに完璧な使用感だった。

 ともすれば元から竜司の保有する力であったのではないか? と錯覚すらしてしまうほどの、見事なフィット感。


 いやフィット感とか言ってしまうと快眠グッズのキャッチコピーみたいになってしまうが、ともかく百の籠手ハンドレッド・ガントレッドという異能力は竜司に適したものであることは明らかである。


 ついさっきゼロの商品選別のセンスを疑ってしまった自分を殴り飛ばしてやりたいほどに、パーフェクトだ。


「お気に召したのであれば幸いでございます。それではリュウジ様、オートフロートモデリングを仕込んだ障壁魔法をご用意いたしました。よろしければ百の籠手ハンドレッド・ガントレッドの操作練習にお使いくださいませ」


 その言葉につられて周囲を見渡すと、店内と言い張るにはいささか広すぎる空間を、自由気ままに動き回る円形の物体が目に映る。弓道で使われる的によく似たそれが、ゼロの作り出したバリアなのだろう。


「ありがとうございます、ゼロさん」

 何から何まで助けてくれる彼に感謝を告げてから、今しがた手に入れた希望ホープの試運転を開始する。


 やられっぱなしじゃいられない。そんな性分を表すように、竜司の瞳には強い意志の炎が燃えたぎっていた。

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