食べたいラーメン

@Y0HY0H

食べたいラーメン

「お客さん。ひとつ聞かせていただけませんか。どこで知ったんですか。広告打ったわけでもなきゃ、有名店の系列でもないんだ。こんな空から氷柱つららが降りたような天気に、よほどのことがなけりゃ、並んでまで食べようなんて思わないはずです」

「ズイブン、ケンソン」

「日本語うまいやん」

「アリガトウゴザイマス」

「大将。俺の顔に見覚えないかな」

「すみません。そんな気もするんですが・・・。ひょっとして、評論家の方ですか」

「ご名答。ラーメン屋が俺のこと知らないなんてな、もぐりみてえなもんだぜ」

「そんなに著名な方だったんですか・・・。たいへん失礼しました。しかし、どうしてまたウチみたいな店に・・・」

「オープン初日の店にはできる限り足を運ぶことにしててね。プロを名乗る以上、当然だよね」

「これやから、あずまの国の人はけったいやわ。なあ、ご亭主。騙されたらあかん。こいつら、人より先に紹介したいだけやねん。ええのん見つけてきましたあ、言うてな。ほいでそれがしょうもない店やったりすんねん。いや、ご亭主のこと言うてんちゃうで。ラーメン業界も成熟期に入っとるからな。早々に飽きられる。せやから、それに勝る早さで見つけてこなあかんっちゅうこっちゃ」

「とびきり無礼な爺さんだな。あんたも評論家気取りか」

「も。あんさん、プロなんちゃうの」

「アゲアシ、ジョウズネ」

「そういう爺さんは何者なんだよ」

粋人すいじんや」

「どうりで・・・。こんなオフィス街で、羽織をジャケットのように着こなしておられるわけだ」

「や。粋人すいじんてなあ、なんだい。職業かい」

粋人すいじんいうんは、生き様や。西のすいに東のつうとは言うたもんやな。つまり、わしゃぁレペゼン西、いや、レペゼンウェッサイちゅうこっちゃ」

「ちょっと何言ってっかよくわかんねえけどよ。その粋人すいじんってやつとラーメンに何の関係があんだよ」

「あるかないかで言えば、ある」

「そんなとこから聞いてねえよ」

「なんやおまはん、さっきから、ずいぶんなあずま言葉やな。耳の奥こそばなるわ」

「あずまって言うのやめて。上の空になるから」

「エドノコトデス」

「女将さん、よう知ってはるねえ」

「ダレガオカミサンヤネン」

「つっこみまでできるんかいな」

「こんなに美しい人に生まれて初めて出会いました。お客さん、一体どこのさんですか」

「人の生まれ聞くのにさん使う人に生まれて初めて出会いました」

「仕入れし過ぎて食材の生産地とごっちゃになってんちゃうん」

「しかし大将、抜け目ねえな。初日に客を口説くなんざ、ラーメン屋の風上にも置けねえ」

「熱いのはスープだけにしといてや」

「ちょっとお客さんがた。彼女が答えられないでしょう」

「すまんすまん」

「だって大将が口説くからさぁ」

「ワタシハローマジンデス」

「ローマ人・・・ですか?」

「京都人みたいなことやんな。そうやんな。共感持てるわ」

「その共感を支えてるサイエンス何なんだよ」

「イタリアンレストランノシェフヤッテマス」

「えっ。すごいやん。広尾、麻布、恵比寿、どこなん」

「ハリウッドデス」

「うわ想定外」

「ジャパンニラーメンベンキョウシニキマシタ」

「はよ帰らな、帰れんようになるで。ほんまもんのパンデミックやねんから」

「でも、どうしてウチみたいな店に」

「アルイテイタラ、ナランデイマシタ」

すいやな」

「どゆこと」

すいっちゅうんは、センスやから。わからんかなぁ。自然と引き寄せられるんやわ。ええ店っちゅうんは、そういう匂い発しとんねんな。そうやんな」

「ソウデス」

「大丈夫ですか。言わされてないですか」

「なるほどな」

「何を理解してん。今の会話に理解が必要なとこなんか、ひとつもなかったで」

「そういえば、大将。ここ、何ラーメンの店だっけ」

「おい評論家。何を並んどんねん」

「いい香りすんね、と思ってさ。そのなるほどさ。これは、煮干の濃厚なだしと、上品な旨味の鶏ガラスープを合わせた塩ラーメンだね」

「ウチは豚骨醤油です」

「せめて一つくらいは当たれよ」

「ツヨミハナンデスカ」

「強み・・・ですか。考えたこともなかったです。ただ、美味いラーメンってなんなんだろうってことだけを追っかけてここまで来たら、今のスタイルになってました」

すいやな」

「モテようとしてないか、大将」

「しかしたいへんなときに商売始めたもんやなあ。これで外出規制でもされたら、洒落にならんで」

「居抜きで借りたとはいえ、道具や器も揃えましたからね。豚から野菜から、生産者の方にも仕入れ約束してるし、申し訳なくて・・・。もうどうにでもなれって調子で捨て鉢になって開けてしまいました。正直、三名様も並んでいただけるとは思ってもみませんでした。ありがとうございます」

「大丈夫。もう安泰だ。思う存分書き散らかさせてもらうよ」

「散らかされたら嫌やろ」

「おい粋人すいじん。書き散らかすってえのは、ラーメンライター用語だ。ベタ褒めすることを書き散らかすっていうんだよ」

「キイタコトナイヨ」

「あることないこと書かれそうで怖いわ」

「でまかせ対策協議会認証『嘘を書かないライター審査制度』の白ペンマーク取得してるんですけど、何か文句ありますか?」

「白ペンで執筆したかて読まれへんやん」

「トッピングハナンデスカ」

甘辛アマカラ焼豚ヤキブタ。胡麻油でこんがり焼いた豚肩ロースの塊肉を、香味野菜と一緒に、昆布だし、純米酒、みりん、なま醤油でじっくりいてます。切りつけた後、桜のスモークにくぐらせてからお召し上がりいただきます」

「ホカニハ」

シミシミ煮卵ニタマゴ。数日寝かせた黄身の濃い卵を半熟に茹でて、甘辛焼豚の煮汁に一晩漬けこみます」

「サラニイエバ」

アオシロネギモリ。軽く蒸して甘みを引き出したポロ葱とざく切りの九条葱を合わせてます」

神杯かみはいやん」

「肝心の麺はどうなんだい。豚骨醤油ってことは、極細二十八番手の手もみ麺ってとこかい」

「いや。わしの見立てによれば、二十五番手のストレート麺やな」

「ツウデスネ」

「そうやろ。ツウやろ」

「お客さんは、すいの方ですね」

「ありがとう。ご亭主。わしのストレート麺を推してくれてんねんな」

「オシメンノコトデスネ」

「なぜそうなる。俺らが推し量ってんだろ」

「ウ。オシメンノダブルミーニング」

「認識のねじ緩んでんのか」

「遊びというてくれるか。ねじだけに」

粋人すいじんとかいきがっといて、つうぶってんじゃん」

「なんやわれこそこの生粋きっすい半可通はんかつうが」

「マスマスヤヤコシイネ」

「ところで大将、茹でのほうはどうなってんの」

「やわめ、ふつう、かため、ばりかた、はりがね、こなおとし。この六種類です」

「さすが豚骨醤油を看板に掲げてるだけのことはあるね」

「なんやねん偉そうに。煮干と鶏ガラの塩ラーメンだねとか言うとったくせに」

「大将。いいこと教えておいてやんよ」

「ぜひお願いします」

「これから流行る麺の仕上げ」

「えっ」

「その名も、こなまぶし」

「こなおとしが麺の打ち粉を落とす程度にさっと湯通しするだけのめちゃくちゃかたい仕上げなのに、こなまぶしってことは・・・。茹でない麺に粉をまぶす・・・そういうことですか」

「物わかりのいい大将だ」

創造性クリエイティビティありまっせのドヤ顔すな。発揮してへんから」

「粉代は追加で頂戴してもよろしいんでしょうか」

「ご亭主。お伺い立てんでええねん」

「当然だよ。付加価値なんだから」

「原価やろ。誰も食わんて」

「ところがどっこい。俺の白ペンが書き散らかせば、瞬く間に大流行さ」

「そんなんでええんやったら、わしも考えた」

「なんだよ言ってみろ」

「こな」

「もはや麺ですらねえし」

「みんな、ありがとな」

「・・・」

「・・・」

「・・・」

「美絵。圭太。洋平。わざわざ来てくれたんだ」

「バレた?」

「何年ぶりだ? 卒業してからだから、十年くらいか。つか、なにしてんの、こんなとこで」

「SNSに上げてたやろ。圭太が見つけてきよってん。ウイルスのおかげで美絵が帰国してたから、ちょっと驚かしに行ったろかって」

「なにで気づいた?」

「洋平の着物。どっかで見たことあるなーと思って。落研サークルの衣装だろ。そういえば、実家、呉服屋だったよね」

「よう覚えてるなぁ」

「次期社長だってさ」

「専務やらせてもうてます」

「圭太のサイエンスって口癖思い出したわ」

「出ちゃってた?」

「た」

「で、何やってんの?」

「外資系コンサルでマネージャーやってる」

「十年も経つとみんな立派になるもんだなあ・・・なんか俺、恥ずかしいわ」

「何言ってんだよ。お前だって立派だよ」

「なんせ創業者やもんなあ」

「オウエンシテマス」

「美絵、もう演じなくてよくない?」

「ああ、つい・・・。役に入り込んじゃって」

「いやー、騙されたわ完全に。すごいねその変装。洋平の皮膚とか髪の毛の感じとか、老人にしか見えないよ」

「すごいんだよ、美絵。ハリウッドで特殊メイクアーティスト。映画業界から引っ張りだこ」

「演技も完璧。日本語のアクセントがハリウッド仕込みだったし」

「どんなアクセントやねん」

「拓也は美絵にモテようとしすぎ」

「好きやったもんな」

「言うなよバカ」

「わたしも好きだったよ」

「そういう嘘か本当かわからんようなことずけずけ言うとことか変わらへんなあ」

「ザ・美絵」

「そんなこといいからさ、早く食べたいよ、ラーメン」

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