一章 魔術世界

第1話 はじまり

魔術とことなる術式がほどこされた本、それに契約けいやくして一日経った俺は教員室で思い出す。


「試験一位おめでとう」


契約を交わしたら指定時間内に所定場所、と。


「この調子で応援しているぞミグサ……と」


転移の儀式って何だろう?

血の契約とかなら逃げた方がいいのか。


「遅刻欠席歴代一位、成績最下位、課題は未提出」


でもアルタイルから離れられるしこの環境を変えられる。


「どこを褒めればいいんだシオン、聞いてるのか?」


「流血の覚悟はある」


「………クスっ」


俺は決心し志を燃やす。

振り返れば日々の授業も燃料へ変わる。

思えば学校じゃ白の主張ばかりだった、なら環境を変えてしまえば。


「痛え‼︎」


燃料にしていた内容が爆撃みたいに吹っ飛んだ。

不意に頭部へ衝撃しょうげきを受けた時にはまゆ毛にシワを寄せた担任の姿が映る。


「それで覚悟があると思えんが反省はどうした。シオン。課題を出し忘れて呼び出されてるんだろうが‼︎」


教員室に大声をとどろかせる担任のヒビキ先生から、同級生のミグサに続いて教師全員の視線が集まった。


「チッ。反省して教室でやってきます…」


言って立ち去ろうとしていたら、肩に掛かる握力に歩みが阻まれる。

…前に進まない。

次第にぞわぞわする背中に紡がれた。


「お前が課題をやる姿なんて想像出来ん、それに今日は特別授業だ。シゴキ倒してやる」


言われ先生が俺の先頭を歩き出し、引きられながらの出口までミグサは苦笑いした。


「頑張れ…」


死に逝く人を見る目で送られた。


◇◇◇


校庭で向かい合う先生は笑顔だった。


「校庭は魔術の練習に持ってこいだ。何より誰もいないから好きなだけ練習出来る」


軽く言われるが体力が底を尽きるまで終わらない試練みたいなもので、これから始まる想像が過ぎる。


「また基礎体力作るとか言って校庭走らせる気…」


独り言が漏れ聞かれている自覚がなかった。


「そうだ。と言いたい所だがまだ話の途中だっただろう」


にぎこぶしを口に当て、咳払せきばらいから真顔の先生。


「お前は十四だ。ここに来てどうだ、夢や目標は見つかりそうか?」


課題に似てる意外な問い掛けだった。


「ないよ。しーていうならゴロゴロして昼寝して、そんなもの」


適当に口にしたが本音かもしれない。

ただ「だけど」と続けていた俺は熱風にでられる感触かんしょくがして繋げるものが消え去っていた。

理由は陽炎かげろうを全身にただよわせる姿だった。


「ふざけてるのか…」


名前を叫ばれ怒られる。

俺は喪失感から口にした。


「俺は…魔術が一つも出来ない。才能が無いのは分かってるつもりだし、使った分の魔力は失ったままだし。みんなみたいに自然回復する事は無い」


控え目に愚痴であり不満である。

そんな会話すら気をまぎらわしていた事も、望まぬ会話を招いている事も、骨の髄まで刻む戦慄が理性さえ狂いそうになる。


「分かっている。お前の魔力が特殊とくしゅだからこそこうして日々訓練を」


その先は目標を持つ、夢。こうした声が聞こえる度視界が二重に見えてくる。

気付けば必死だった。


「特殊じゃなくて才能ないでいいだろ。いつも理不尽な補修ばかりで、続けたって残り少ない魔力の延命えんめいにしかならない。そんな状態で夢も目標もないだろ!」


積もった感情が噴き出し話をさえぎっていた。

沈む目の奥を合わしている静けさから砂地を踏む音が響いてくる。


「なあ、俺はいっ時も才能がないって思った事はないんだ。ただ一つだけ言わせてくれ」


先生はいつになく笑顔で手をり上げた。


「お前のそう言う駄々だだこねた根性を叩き直す補修なんだよ‼︎」


「痛っ‼︎‼︎」


振り掛かる拳が鉄だった。

骨に響く激痛をさすっても誤魔化しきれず、会話が続く。


「色んな職種が認められつつある。いずれは魔術をすのかもしれん、最近じゃ生徒から相談される度に、本能的な何かに、近く革命が起こる気がしてならない」


「…で?」


「残り四年で卒業、あっという間だ。だからシオンが他に目指すものがあれば聞いておきたかったんだ」


先生の言葉が頭に浸透してくる頃には断言の口調に変わった。


「〝魔術師〟でいいんだな?」


「いい訳ないだろ‼︎」


「なら真面目に話せ」


なんか見透かされた様だった。

静寂になって、喉に詰まったものを感じる。

口を動かそうとすれば遠くある鉄棒に目がいく。

無意識的なものから意識的に出す、意地みたいな声だった。


「居場所を探したい、アルタイルじゃ見つからないから。だから色んな世界に行って、何でもない」


向き直れば先生の目が強く見開いた様に感じ、正直動揺した。

もし追及されても誤魔化す気でいた俺は、軽く息を吐く先生からそれ以上の質問は来なかった。


「今日はふんだんに覚悟しておけ」


温度差のある空気感、同時に軽い準備運動から「さあ」と放出する赤い魔力と共に。


「始める、掛かって来るんだ」


持久走と思っていた特別授業は最も過酷となる実戦の合図だった。

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