お淑やかな幼馴染と守り続けた約束

久野真一

第1話 月に一回の約束

 それは、僕が中学に上がる直前の三月の夜だった。

 引っ越しを明日に控えた華蓮かれんちゃんに呼び出されたのだ。

 指定場所は、通称「ぽんぽこ公園」。正式名称は別にあるらしいけど。

 

「華蓮ちゃん……?どうしたの?そんな上に座って」


 ぽんぽこ公園の特徴の一つが、備え付けられた、すり鉢状の滑り台。

 昔、「アリジゴクドッジボール」と称して、変な遊びをやったものだ。

 華蓮ちゃんは、そんな滑り台を登ったところに居た。


大地だいち君も上がっておいでよ」


 子どもにしては長く伸ばした黒髪が自慢の華蓮ちゃん。

 明日、引っ越しを控えているせいか元気がないように見える。


「わかった。ちょっと待ってて」


 この滑り台は、裏からじゃないと登れないので、少し時間がかかるのだ。

 数分かけて、裏から滑り台のてっぺんに登って、華蓮ちゃんの隣に座る。


「それで、華蓮ちゃん、話って?」

「うん。私、明日で、隣の県に引っ越し、なんだよね……寂しいよ」


 そう言った声は今にも闇に消えてしまいそうだった。


「そうだね。僕も寂しいよ。華蓮ちゃんとは一番よく遊んだから」


 華蓮ちゃんとは、僕が幼稚園年長組からの付き合いだ。

 僕は団地、華蓮ちゃんはマンションという環境の違いはあった。

 でも、僕たち自身、不思議と馬があって、小学校の6年間は登下校を共にした。

 それだけじゃなくて、彼女の家で遊んだり、ご飯をご馳走になったり。

 逆に、僕の家に彼女を招いて、一緒に遊んだり、ご飯をご馳走したり。

 両家揃って、一緒に旅行に行ったこともあったっけ。


「大地君。私が、中学に上がっても、離れても、友達で居てくれる?」


 僕の方を見る彼女の顔は今にも泣き出してしまいそうだった。

 普段は可愛らしいのに、とても悲しそう。だから。


「もちろん!華蓮ちゃんが隣の県に行っても、ずっと、ずっと、友達だよ。約束」

「でも……引っ越し先とこっち、電車で二時間はかかるんだよね」


 暗い暗い声。


「……うん」


 電車で二時間。一人でまだ隣の県にすら行った事がない僕にとっては、遠い距離。


「覚えてる?四年生の頃、引っ越していった亜里沙ありさちゃんのこと」


 問いかけは唐突だったけど、言いたいことはわかった。


「とても寂しかったよ。皆でお別れパーティーしたの覚えてる」

「でも、私も大地君も、亜里沙ちゃんの事忘れかけてるよね」

「うん……」


 あの時もそういえば、離れても友達だ、とそう誓ったのを覚えている。

 でも、今の僕たちにとって、彼女の事は単なる思い出。


「怖いの。大地君は約束してくれても、きっと、忘れちゃうんじゃないかって」

 

 そう言う華蓮ちゃんの目からは涙がじんわり溢れて来ていた。

 どうすればいいんだろう。確かに、亜里沙ちゃんの時はそうだった。

 でも、僕だって、華蓮ちゃんと離れたくない。

 そこで、閃いたことがあった。


「じゃあ、月に一回は、華蓮ちゃんとこに行く。これなら忘れないでしょ?」


 お金だって、きっと、お小遣いでなんとか出来る。


「でも、大地君はとてもしんどくない?」

「僕も、華蓮ちゃんと離れたくないから。僕のためでもあるんだよ」


 半分は本音で、半分は強がりだったと思う。


「じゃあ……!私も約束する!大地君と同じように、毎月、こっちに来るから」


 泣き笑いの顔で、それでも真剣な顔だった。


「じゃあ、約束、しようか。華蓮ちゃん」

「うん。大地君」


 そう言って、僕たちはお互いに指切りをした。

 これは、とても、とても、拘束力の強い約束、あるいは誓い。

 振り返って思う。この約束は、ある意味で祝福でもあったんだって。


◇◇◇◇


「もう、あれから四年になるんだね」


 思い出のぽんぽこ公園で、やっぱり滑り台の上に座っている俺たち。

 時は、高校一年生の三月の夜。あの時から、ほぼ四年だ。


「最初は、月に一回ってちょっと無理があるかなって思ったな」


 なにせ、往復交通費だけで、2000円近くかかる。

 当時、中学生だった、俺たちのお小遣いなんて簡単に吹っ飛んでしまう額だ。


「でも、大地君は、ずっと守ってくれたよね。約束」


 隣の華蓮が嬉しそうに微笑む。

 当時も伸びていた髪はさらに伸びて、今は背中までかかっている。

 それをまとめて、今はツーサイドアップにしている。

 内向的なところは変わらず、身体の線はほっそりとしたままだ。


「母さんたちが理解あったおかげだろうな」


 中学生のお小遣いだけでは息詰まるのは明白だった。

 だから、母さんに事の次第を相談したのだった。

 そうしたら、「華蓮ちゃんのためなら、そのくらい出してあげる」と。

 そんな、あっさりとした返事が返って来た。


「うん。大地君のお母様には、ほんと感謝だよ。でも……」

「?」

「やっぱり、大地君が通い続けて来てくれたから。だから、その……」

「友達で居られた、って?」

「うん。そう。きっと、そうじゃなきゃ、思い出になってたと思う」


 この四年間を思い返すようなつぶやき。


「確かに、華蓮のとこはほんと毎月通ったよな。それも、楽しかったけど」


 中学になったばかりは通うのは大変だったけど。

 それでも、毎月一回は会って、華蓮の家に泊まらせてもらったり。

 あるいは、引越し先の地元を案内してもらったり。

 楽しい思い出だった。


「うん。私も、楽しかった。特に、お泊りに来てくれたときは」


 そんな事を、頬を赤らめて言われるものだから、ドキっとしてしまう。

 もちろん、お泊りといえど、来客用の部屋で寝た程度だ。

 それでも、中学三年間、そして高校になってからのお泊りは特別感があった。


 特別感が友情なのか、それ以上なのか。きっと、友情だけではないんだろう。

 そんな、足繁く相手のところに通う友達関係なんて聞いたことがない。

 だから、少し聞いてみたくなった。


「華蓮はどんな気持ちだった?この四年間。俺は、友達で居られたかな」

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