傭兵団の愛し子~死にかけ孤児は最強師匠たちに育てられる~

天野雪人

第一章 幻獣姫の弟子

第一話 路地裏での邂逅

 薄汚い路地裏に、一人少年が倒れていた。

 体はガリガリで骨と皮だけ。元々綺麗な白髪だったであろう髪が、泥に染まり灰色へと変化していた。

 赤い瞳は絶望で濁り、虚空を見つめる。


 そんなボロボロの少年は、何で生きているのか。今はもう考えられなかった。

 かつては考えていただろう。生きる理由も、死なない理由も。だが、少年はもう何も考えていなかった。


「ぁっ…………」


 すでに萎れた喉から、声がもれる。まだ、声を発する余裕があったらしい。ならば、もう少し生きるだろうか。

 だが、もう良い。そう願う。死んでしまえば、苦しみから解放されるのか。そう朦朧とする頭で考えた。


 汚く、淀んでいて、弱肉強食。そんな世界が少年の全てだった。生きるというのは、ここではとても難しい事だ。それも、五歳の少年が一人でとなればその難易度は天井知らず。だいたい、死ぬ。

 賞賛されるべきだろう。一人で、生き汚くも五年間生き延びた少年の事を。


 だがその幸運もお終いだ。空腹の限界で、猛毒と有名な『ガラガラ草』を口にしたのが運の尽き。空っぽの胃で吐き続け、高熱も出た。

 五歳の不健康な少年がそれに耐えきれるものではない。苦しみながらも死を待っていた。


 どうか、この苦しみから解放されますように。そう願いながら。




「――なんだ、こいつは」


 それは男の声だった。だが少年にとってはどうでも良い。

 どうあがいても追いはぎかなにかだろう。少年から奪う物などないと思うが、別の者であろうとロクなもんじゃない。

 だから、期待も絶望もしなかった。


「……あ~ガラガラ草か。猛毒だと教わらなかったか少年?」


 朦朧とした意識の中であろうと、急に体が持ち上がったのは理解できた。

 男は、少しばかり少年の顔を弄るとそう言ってまた寝かす。


「食え。すぐに元気になるぞ」


 そうして突然口の中に何かが放り込まれた。


「っっ!! ――んんん!っ!」


 ばっと少年は跳ね起きる。自分の肉体にこれほどの元気はなかったはずだと思いながらも、初めて男の顔をみた。


「はは、元気になったか? ガラガラ草の毒を一発で消せる代物だ。肉体を活性化させる効果もある。といってもお前は栄養を取らんとな」


 そう一気にまくしたてる男は、少年の知らない男だった。

 この世界の偉い人、手を出してはいけない人。そういった者達の顔は最低限知っている。だが、男の事は見た事もなかった。

 橙色の短髪に、鍛えられた肉体。腰に携帯された二本の剣は、学がない少年でも高価なものだと分かった。


「そうだ。自己紹介をしていなかったな少年。俺はベゴニア。とある傭兵団に所属している剣士だ。」

「べゴ……ニア?」

「そうだとも。君は? 君の名前はなんだ?」

「名前は…………」


 ふと考える。『おい』か『お前』以外で呼ばれた記憶はあまりない。それでも記憶をたどって、吐き出すように言った。


「ウィル」

「なるほど。……良い名前だ!」


 ベゴニアはサムズアップしながらそう言うと、上半身を起こして座り込んでいたウィルの手を引っ張って立ち上がらせた。


「じゃあな。気を付けて帰れよ」


 ベゴニアはウィルに笑いかけると、この場を立ち去ろうとする。その背を見ながらウィルは……ついていく事にした。

 薄暗い路地を鼻歌交じりに歩くベゴニアの背を追いかける。おそらく、ここを出ようとしているのだろうが、そこはウィルの知らない世界だ。

 もし出たら酷い事が待っていると聞いた事がある。でも、その背を追いかけた。


「…………」

「…………」

「なあ……」

「なに」


 ウィルの事を気にせず歩いていたベゴニアだったが、ついにしびれを切らしたのか、振り向いてそう言った。


「何でついてくるんだ?」

「……あそこで本当は死んだ。でもベゴニアが生き返らせた。それには……大きな……せきにん? がともなう」

「難しい言葉知ってんな。つまり、帰る場所はないのか?」


 ウィルは頷いた。

 帰る場所などない。生きる力もない。今、生き返らしてもらったのも結局延命措置でしかない。今度はもっと苦しんで死ぬかもしれない。それならば、生き返らせないでほしかった。


「……そうか。でもなー。うちはあれだ。厳しいぞ」

「そっか」

「そっかと言われてもなあ」


 ウィルの瞳の圧力に、困った顔をするベゴニア。しばらく考えてから口を開いた。


「あれだ。団長は……反対しないかもだが副団長は怖いぞ」

「怖い……」

「ああ。ぐちぐち言ってくるな」

「ぐちぐち」


 それは怖いかもと思うウィル。しかしそれで諦められる物ではない。

 じっと、ベゴニアを見つめた。やせ細ったウィルの瞳はなぜか力強く、その眼光を受けて根負けしたのはベゴニアだった。


「はあ。ウィル。お前は俺についてくるか?」

「うん」

「そうか。だが、うちは厳しい。うちの傭兵団はな」

「ようへい?」


 それはウィルの知らない言葉だ。ただ生きるのに必死であったウィルには知る機会のない知識だからだろう。


「……俺についてくるという事は。まあ荒事に巻き込まれるという事だ」

「うん」

「いや、うんって。しっかり理解してるのか?」

「うん」

「……そうか」


 あきれ顔だ。しかし、ウィルとて分かっている。つまりはついていけば死ぬかもしれないという事だ。しかしここにいてもまたすぐ死ぬだろう。ならば、少しでも生存できる方に賭ける。


「じゃあ、入団テストを始める」

「……?」


 そう言って、ベゴニア暴虐な笑みを浮かべた。


「俺を倒してみろ。……そしたら、ついてきていいぜ」


 それは不可能への挑戦だった。

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