3-10

10 テオン


 船で帝国艦隊への緊急報告に向かったラクロンを除き、ケルロス、テオン、ユーアの三人は息を切らせながら走る。

「議事堂まで来たは良いが、どうやって入るんだ? 見張りがいるに決まってるだろ……」

 ケルロスは云いかけて止まる。正面限界の付近には何人もの衛士たちが倒れてうめいていた。

「大丈夫ですか? だれかにやられたんですよね?」

 ユーアが屈み込んでようすを見る。気絶している者もいたが、命に別状はなさそうだ。

「や、やつに、やられた……」

 衛士が指差す先にはもうひとり、何者かがうずくまって倒れている。

「まさかマリウスの手先……?」

「そんなわけあるか。よく見ろ」

 ケルロスが助け起こすと、それは顔中をぼこぼこに殴られていたものの、たしかにかれがよく知る人物だった。

「バランッ!」

「えっ……ああ、ケルロスさん。それにユーア先生も……」

「しっかりしてください。どこか痛いところは?」

「ぜんぶが痛い……」

 バランは満身創痍だったが、かれの奮戦のおかげで衛士たちは排除できた。正面から堂々と議事堂に入ることができる。

「バランのことはユーアに任せよう。わしとおまえは上に向かうぞ」

「おう」

 テオンとケルロスは議事堂の中へと入っていった。

 日食まで残りわずか。最上階の会議室に着いたころには、もう「蝕」が始まっていることだろう。それまでにポーラを見つけることができるかどうか。

「爺さん、階段を登れるかい?」

「莫迦にするな。これでも体力には自信がある」

 口ではそう云ったものの、テオンの体力はすでに限界に近かった。身体がどうしようもなく重い。船で無茶な脱出劇をやろうとしたことが裏目に出たのだろうか。一階分登ったところで、すぐに肺に痛みが来た。

「……ッ。なぁ若いの。おまえは先に行け」

「無理するな。私に任せてくれ」

「皇太子たちの方は、おまえに任せる。わしはポーラを探す」

「……あんたひとりで?」

「おかしいか? それともこんな老いぼれにできることなどないと思うか」

 事態は一刻を争う。迷っている暇はない。ケルロスはテオンの眼を見つめた後、決心したように上へ駆け出した。

 そうだ、それでいい。今のテオンにできるのはここまでだ。

 もつれる足をなんとか踏み出して、這うように階段を上る。ケルロスが間に合えば良いが……

 そういえばポーラは「テオンの力が必要」だと云っていたらしい。いったいなんのために、必要だというのだろう。テオン自身は、こんなにも無力な老人でしかないというのに。思わず自嘲する。いやしかし、あのポーラがなんの理由もなしにそんなことを云うだろうか。あの理屈屋のポーラが……。

 テオンの足が止まった。決して、かれが力尽きたからではない。声が聴こえてきたから。

 突然聴こえてきた叫び声が、テオンの足を止めさせた。

 それはかれが、もっとも聴きたくなかった声だった。

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