3-5

5 ポーラ


「バラン! ユーア!」

 ふたりは離宮の別館の使用人部屋で手持ち無沙汰そうにしていた。

「ポーラ様……それにケルロスさんも……いったいどうして」

 ユーアは驚いたように立ち上がる。

「抜け出してきたのよ。それよりあなたたちは?」

「ずっとここで待機してるように云われたんです。衛士隊長に」

 バランが不満げに口にする。帯剣していないところを見るに、任務から外されたということなのだろう。

「私も同じです。ポーラ様」ユーアは悔しそうに肩をすくめる。「ところで今はどういう状況なのでしょうか」

「わたしだってはっきりしたことはわからないけど……」

 ポーラはケルロスから受け取った手紙を取り出す。

「これを見てちょうだい」

 それはトーランお姉さまからの手紙だった。

 そこには現在の海峡における三国の緊張関係と、戦争の危険、そしてそれらを回避するための三カ国会談のことについて簡潔に説明されていた。焦って書いたのか、普段よりも筆遣いが荒い。ちょっとした違いだが、ポーラにはわかる。珍しく、お姉さまが取り乱している証拠だ。

「たしかに帝国と協商の軍事衝突の可能性は、前々から云われていた話です……」

 バランが顎に手を当てる。

「ですが、この会談については聞いたことがありませんね。極秘だったのでしょうか」

「きっと前の戦争での停戦会談と同じだわ」ユーアが持ち前の知識で推理を広げる。「あのときレルラ七世と各国首脳人との会談は直前まで極秘にされていたの。もし好戦派に会談が知られたら、会談の阻止のための襲撃や暗殺などの危険が高まると考えられていたからです」

「襲撃……暗殺……」

 ポーラは呟いた。何かが引っかかる。何か重要なことを見落としているような。

 そう、たしかに何かを忘れている気がしてならない……。

「会談はちょうど今行われているようです。いったいマリウス卿は何を企んでいるのか……」

「待って! ふたりとも、あの時刻がいつだか憶えていない?」

 ポーラの取り乱した姿に、ユーアとバランは首を傾げる。

「何の話ですか?」

「何の話ってそれは……日食よ」

「日食?」

「ほら、テオンと一緒に計算したじゃない。正確には憶えていないけどたしか今週あたり……」

「それだったら、ちょうど今日ですよ」

「ユーア、ほんとに?」

「ええなんなら時間まで憶えていますが……」ユーアは外を確かめる。「予定時刻はもうしばらく先ですよ」

「たいへん……」

 ポーラは口に手を当てた。きっとカルラビエの計画の全貌は、これだ。

「いったいどういうことなんだ。説明してくださいよ」

 ケルロスがお手上げというように両手を宙で振る。

「思い出して。シューマ神話で日食が起こったとき、何が起こったのかを」

「えーと……」

「サタニアスの陰謀で、レルラ王がイーストラを暗殺したんですよ」

 ユーアが冷静に答える。

「そうよ。きっとカルラビエはその再現をするつもりなんだわ」

「再現って……国王陛下を暗殺するってことですか?」

「それだけじゃないはず。会談には帝国の皇太子やエヌッラの大使、それにお母様もいる……カルラビエはきっとその状況を最悪のかたちで利用するつもりなのよ」

「そいつはまずい……」

 ケルロスの額を汗が伝った。

「それにね。そんなことがあれば当然会談どころじゃないわ。だから帝国と協商の交渉は決裂。戦争は避けられないわ」

「シューマ神話になぞらえた暗殺ということになると……宗教対立も大きく絡んできますね。きっと各国の民衆感情も開戦へと大きくなだれ込むことになるでしょう」

 ユーアは声を震わせた。

 そうだ。この状況はそれこそ、火薬蔵の中で焚火でもするようなものだ。危険過ぎる。このままマリウスの好きにさせたら、イストラリアンのみならず各地で大勢の人間が犠牲になる……。

 それにお母様も現場にいるのだ。マリウスがお母様をそこに連れ出したことも、きっと偶然ではない。計画の一部だと考えるべきなんだ。

「マリウスの計画を止めることができるのは、わたしたちしかいない」

 眼の前のことから逃げ出すことを、〈自由〉とは呼ばない。

「それにテオンの力も必要よ。かれはどこにいるの?」

「今朝、船で帝国に向けて追放されたようです」

 バランが気まずそうに俯く。

「そう……だったら、ケルロス!」

「なんでしょうか、お嬢さん」

「あなたも船は持っているでしょう?」

「もちろん。港に停めてあります」

「その船を使ってテオンを乗せている船を追いかけて。なんとしてでもテオンと合流するのよ。ユーアもそっちについていって」

「ポーラ様はどうするつもりなんですか」

「わたしは議事堂に向かう。マリウスを直接止めに行かなくてはいけないでしょう」

 ポーラの心はすでに決まっている。たとえどんなに危険が伴おうと、マリウスの計画はぜったいに阻止しなくてはいけないのだから。

「しかし……」

「大丈夫よ。バランを連れて行くから。ねぇ、バラン。ぜったいにわたしを守ってくれるでしょう?」

「えっ……」急な言葉に動揺しつつも、バランは姿勢を正す。「もちろんですとも。ポーラ様。あの祭のときのような失態はなしです。今回は必ずやポーラ様をお守りします」

「バランがそう云うなら……わかりました」

 ユーアは渋々と引き下がるが、まだポーラへの心配が拭えないようだった。

「あなたもケルロスと一緒に船に乗ってテオンに事情を知らせる役目があるの。わたしだってそう。お互いの役目をまっとうするのよ」

「いいでしょう。ですがひとつ約束してくださいね」

 ユーアはポーラの手を取った。

「ちゃんとここに戻ってきましょうね。この赤燕の離宮に」

 その言葉に、全員が頷いた。

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