きみ
ぼくは生まれつき弱くて、車輪のついたイスに乗って日々を過ごしていた。
常々、こんなぼくに生きる価値はないと思っていたけれど、嫌になる程明るい牢獄に囚われたぼくには生死を決める自由すら与えられなかった。
きみは、葉っぱがオレンジ色に色づき始めたころにやってきた。
「はじめまして」
きみの目に光はなく、手首は痛々しい。
ぼくの部屋は2人用だったけど、幾月か前からはそこに1人で暮らしていた。きみはぼくの部屋に来ることになった。
きみはたびたび狂ったように泣いた。そんなとき、弱いぼくはいつも寝ているふりをしていた。けれど泣いていない時には、きみは毎日のようにぼくの知らない外のせかいの話をした。
ハル、ナツ、アキ、フユという「キセツ」があること。それぞれ気温が変わること。植物の色が変わるのは、それが理由だということ。今は「アキ」であるということ。
ぼくのせかいは、真っ白な部屋と、小さな窓から見える一本の木だけだったから、気温が変わっているなんてことにすら気づきもしなかったんだ。
ぼくは、きみのはなしを聞いて、外のせかいのほうがきっと楽しいだろうなと思った。何より、外のせかいのはなしをするきみの顔はとっても楽しそうだったんだ。
「ぼくは、たぶん、ずっとここで過ごすことになる。だけどきみはまた外のせかいに帰れるんじゃないかと思うんだ。ぼくはきみにいつも」
外のことをぼくに話す時の楽しそうなきみの顔に。
「笑顔でいてほしいんだよ」
ぼくはどうしようもなく惹かれていたんだよ。
きみが泣かなくなったら、きっときみは外のせかいに帰れると思った。だから泣いているきみに、ぼくは、勇気を出して聞いたんだ。
「どうして泣いているの」
きみはこう答えた。
「わたしがだれにも必要とされていないから」
「そんなことないよ」
「そんなの言われ飽きたの。わかっているの、みんな同情している風を装って適当な言葉を投げているだけ」
きみは泣いている。困ったことに、ぼくは人を泣き止ませる方法を知らなかったんだ。だから、ぼくはこんなことしか言えなかった。
「ぼくだって、だれにも必要とされていない」
すると、きみは、泣きはらした真っ赤な目をぼくに向けて言ったんだ。
「そんなことない。少なくとも、わたしは、あなたが必要だよ」
びっくりした。人にこんなことを言われるのは、生まれてはじめてだったから。
そして、こんなに嬉しかったことも。
「ぼくもきみが必要だ」
だから、こう言われたら、きみも嬉しいのかなって、思った。
その日から、きみは泣きながらぼくの手を握るようになった。恥ずかしいことに、ぼくはきみの震える手を握り返す力もなかったから、ただただきみを黙って見つめることしかできなかった。でも、不思議なことに、そうするときみは今までよりずっと早く泣き止んだんだ。
そんな日が、何日も、続いた。
きみは泣かなくなった。
きっときみは近いうちに外のせかいに帰れるだろうと思った。
そうしたら、きみは毎日笑顔で過ごせるだろう。
それは嬉しいこと、のはずだった。
きみが外のせかいに帰る日が決まって、あっという間に、その日になった。
ぼくは、生まれて初めて、泣いた。理由はわからない。
そうしたら、きみは、ぼくに口づけをした。
「ずっと、どこにもいかないよ。だって」
きみは笑った。
「わたしにはあなたが必要だから」
身寄りのないぼくを、きみは引き取ると言った。ぼくは外のせかいを知った。
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