第5話猿箱

さて。

あなたは「シュレーディンガーの猫箱」というものをご存知だろうか。


まずは猫を用意しよう。黒猫がいい。

おや、いないようだ。仕方がないので手近にいるサルを使うことにする。


それと、箱を用意しよう。大きさは関係ない。材料が入り、密室に出来、中身が見えないものに限る。

その箱はダンボール箱でもいいし、外から鍵のかかる小さめのアパートの一室でもいい。今回はアパートを使用する。




木下は考えた。

人殺しなんて匿う理由がない。それに、殺した人が殺されても別にいいのではないだろうか。いいはずだ。

沙流が憎い。今までされてきたいじめの数々が木下を蝕む。

たとえ理由があったとしても、なかったとしても、人の人生をこれほどまで玩んでいいはずがない。




あなたは、「シュレーディンガーの猫箱」を知っているだろうか。

箱の中には猫と、猫が死ぬかもしれない材料が入っている。箱の中は、見えない。

箱を開かなくては猫が生きているか、死んでいるか、死にかかっているか、元気か、わからない。

この猫箱の実験の結果は、箱を開かない限りわからないのだ。

しかし、様々な要因を材料として結果を推測することは可能である。


「今朝は特に寒いから、しっかり窓を閉めようね」


木下はそう言って外出した。


花粉症である沙流が買ってこいと言った薬を木下は手渡した。

それは、強い睡眠薬だった。


猫箱の中には要因を用意しておく。

猫箱の中には実験対象となる猫を入れておく。

猫箱は密室となる。


外に出る直前、木下は見た。ソファーに倒れ込むようにして眠っている沙流の姿を。

それを確認した上で、簡単に窓の施錠と換気扇が動いていないことを見て回った。

そして、最後に、


七輪の上に練炭を置き、火を着けた。

火災報知器は鳴らないように設定した。


練炭は台所でパチパチと燃えていた。台所のすぐ近くの部屋には、沙流が寝ているソファーがあった。


猫箱の中には、猫が死ぬかもしれない危険な要因を猫と一緒に入れておく。

木下は部屋を出て、鍵を閉めた。




シュレーディンガーの猿箱となった部屋の中には、一匹のおバカなおサルさんが眠っている。

起きない限り、そこは密室とも言えるのだろう。そして、そこでは練炭が一酸化炭素を出しながら燃え続けている。

木下はぼんやりと思った。睡眠薬をほんの少しでも減らさなくてよかったのではないかと。


木下は外出した。


そして、近所の警官を連れて戻ってくるのである。


扉の前で木下は言う。


「開いて中を見てみてください」


結局、その箱の中は開かなければどうなっているのかわからないのである。


「中には、あいつがいます」


どうなっているのかわからないけれど。

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