第2話

私が住んでいるこの国は、フリス国という。

記憶が戻って一番驚いたのが、この世界が小説の世界と酷似していたこと。

国の名前に関しては小さい頃から知っているから記憶にあるのは当然だけど、家に出入りしていた男は国内でも有数の金持ちでもあるキャベンデッシュ侯爵だったの。

その名前を理解してからは、記憶の濁流第二段が押し寄せてきたわ。

「紅い薔薇は枯れない」という、前世で嵌っていた小説の登場人物と同じだって。

小説のストーリーは、悪役令嬢と呼ばれる貴族令嬢と婚約者が、令嬢を陥れようとする庶子出身ヒロインを断罪するという前世で流行っていたお話だ。

題名である「紅い薔薇」とは悪役令嬢の事。見事な紅い髪をしていて、嫌がらせにも屈しない凛とした様を「薔薇」と例えたらしいわ。

そしてなんと、断罪されるヒロインが私事、アデリーヌ・キャベンデッシュなのよ!

正直、前世を思い出しても寝込まなかったのに、小説の事を思い出したら三日間寝込んでしまったわ。

まさか漫画じゃあるまいしと、勘違いかなぁなんて思ってたけど、自分がキャベンデッシュを名乗らなくてはならなくなった時に「こりゃあ、間違いないわ」と思った。

ただ、自分が知っている小説の設定・・が大きく変わっている事に驚いたわね。

まず、キャベンデッシュは小説の中では伯爵だったけど、ここでは侯爵なのよ。

しかも、小説の中ではうちの母親は本当に愛人ポジションで、本妻が亡くなった後に伯爵に迎え入れられるの。

で、本妻の娘が所謂、悪役令嬢的ポジションにいて、王子の婚約者。それに粉をかけて王子とその側近達を手玉に取るというのが私、アデリーヌなのよねぇ。

小説の中の私は、本当に礼儀知らずの頭の中がお花畑で、悪知恵だけは息を吸う様に巡らせていたおバカさんだった。読んでて感心してたもの。

まぁ、最後には全てバレて国外追放。本来であれば未来の王子妃を陥れようとしたことで処刑も免れなかったんだけど、悪役令嬢でもある姉が慈悲をかけてくれて国外追放になったってわけ。

でもね、その小説ってなんか後味悪い終わり方してるのよね。というのも、よく断罪シーンでヒロインが男の腕にしがみ付きながら最後にニヤリと笑う・・・ってのがあるでしょ?

それをしていたのよ・・・悪役令嬢であり真のヒロインが。最後に!

「ざまあみろ」みたいな笑みではなく、なんて表現していたかは忘れたけれど、本当に邪悪な笑みだったという記憶はある。

だから最後の最後で「あぁ~、そういう事!」と納得したファンは大荒れよ。


学園の卒業パーティでのヒロイン断罪シーンで、定番の階段落ちや暴漢けし掛けイベント。これだけはヒロインが頑なにやっていないと言い張っていたの。

暴漢イベントはその襲った人間が何者かに消されたのでヒロインが犯人かはっきりしなかったけど、階段イベントには数人の貴族令嬢が目撃していたから一連の流れからヒロインだろうと決めつけられた。

それで、王子が暴漢云々の所で襲ったゴロツキが殺されたって話した時に、断罪イベントを見守っていた何人かの貴族令嬢が怯えたって描写があったの。それは単に「殺された。何て酷い!」って感覚だろうと思って読んでたけど・・・最後の悪役令嬢の笑みで全てが解き明かされたのよね。

つまり、階段落ちで証言した貴族令嬢は証言を偽証していた。悪役令嬢が勝手に落ちたのをヒロインの所為にする為に、悪役令嬢とグルになってやったって事。

ヒロインがその令嬢たちの婚約者にも言い寄っていた事が原因なんだけど。

ただ卒業イベントで事が大きくなって罪悪感に駆られ始めた令嬢達が、暴漢達が殺されたと聞いてやっと自分達がした事に気付いたってわけ。

全て、悪役令嬢が仕込んだことだって。裏切ればお前たちも同じ目に遭うぞって。

だから、彼女等は怯えていたのよ。


はぁぁぁ~~!もう、最後の最後でやられたって感じだったわ!

この分じゃあ、追放ヒロインも生きちゃいないわね。きっと。


一読者としては、最終的には悪役令嬢も断罪ヒロインも、どっちもどっちって思ったけど・・・自分に降りかかるとなれば話は別!

小説と違う所は多々あって、さっきも言った通りキャベンデッシュは伯爵ではなく侯爵。

母親も平民の愛人では無くて、れっきとした伯爵令嬢。

そして、侯爵を騙して本妻地位についた女は、小説では伯爵令嬢だったけど元々庶子の子爵令嬢。

なんというか、全てが違っていたのよね。

そして本妻気取りの女は、子供が侯爵の子供ではないという事がバレて、離縁され母子共々娼館送りにされてる。

娘も?と思ったけど、これがなかなか母親の小型版みたいな性格をしてたらしく、実家の子爵家も受け取り拒否したらしい。

つまりは悪役令嬢ポジの姉は、侯爵の子供ではなかったの。まぁ、巷では有名だったらしいわ。私は知らないけど。

そしてそれを証明したのが『あなたとわたしは家族かな?』なんてふざけた名前の魔導具だった。

私が前世に目覚める少し前、侯爵がどうにか自分の子だと主張するあの母子の偽証の証拠をなんとしても掴みたいって話を聞いて、私が何やら難しい話をしたらしい。全く記憶にないけどね。

前世で住んでいた世界みたいに科学があまり発達してないから、遺伝子検査とかって無かったのよ。

魔法ばかりに頼ってて科学が原始レベル。魔法でどうにかできない事を科学で補えばいいのに・・・という事も言ってたらしい。

そんなこんなで出来上がったのが『あなたと~』の元となる『DNA鑑定』。

聞いた事の無い言葉をスラスラ並べながら、人体の構造を説明する幼女(私ね)。

始めは唖然としていた侯爵だったらしいけど、質問すれば素直に答えてくれるし全てが理に適っているからそれをまるっと鵜呑みして、魔導具を三年かけて作り上げたんだって。

魔法科学省なる部署を立ち上げて。

元々、侯爵は王宮に勤めている魔法師団の団長で、魔力と知識はこの国一番らしい。

そんな人が家族の為にと三年かけて作り上げた魔導具。臨床実験にもかなり時間をかけて、その正確さを確実なものとした、らしい。

その被検体の中には国王も含まれてたんだって。

国王には正妃と側妃が一人いたんだけど、その側妃がとんでもない食わせ者。

国王に薬を盛って、いかにも国王に無理矢理襲われ妊娠したかのように訴えたらしい。

全く記憶にないが、当時の状況証拠から渋々側妃に迎えたんだとか。

侯爵も同じような目に遭って阿婆擦れ子爵令嬢を仕方なく迎えたらしく、立場がまるっきり同じだから、国王夫妻は積極的に協力してくれたそうよ。

鑑定の結果は、側妃の子は国王の子ではなかったことが判明。父親はなんと国王の弟だったのよ。

遊び人で有名な王弟。いまは王籍から抜け公爵となり王を支える臣下となった。んだけど・・・・

実は、侯爵の子だと言い張っていた悪役令嬢も公爵の子だったのよ。

国王の側妃の子は、国王と公爵は兄弟だから見た目ではなかなか判断できなかったらしいんだけど、侯爵家ではいかにもな公爵似だったらしいわ。

その遊び人公爵。巷では「カッコウ公爵」と呼ばれているんだって。

カッコウって他の鳥の巣に自分の卵を産んで、育てさせるのよ。

其処は前世の世界と一緒なのねって思ったわ。まぁ、小説のベースが前世の世界だからね。

それが発覚してからは、鑑定の依頼がくるわくるわ・・・・超忙しかったらしい。

私等母子も侯爵の血筋だとはっきりわかったので、屋敷に迎えられたんだけど、鑑定の仕事が落ち着いてからだったので十才の時に侯爵邸に移り住んだわけ。

「カッコウ公爵」はというと、爵位は伯爵まで落とされ、鑑定済みの子供達を面倒見るようにと王命が下されたらしいわ。

やらかした事がかなり悪質だったから、爵位の剥奪も言われてたけど、落胤の養育もしなくてはいけないからと、子供達に対しての恩赦ね。『カッコウ公爵』に対してでは決してないわ。

当然よね。中には無理矢理犯された女性も居たり、結婚間近だったのに襲われて破談になったりと、兎に角今まで良く刺されなかったなってなくらいやりたい放題だったらしい。


これは正に、小説には無かった断罪イベント。

神様っているのね。なんて考えてから、神様って作家さんかしら?そう思った私は、自分が何もしなくても問題を回避できたことにちょっと浮かれてしまっていた。


だから、まさか侯爵家に移り住んでからすぐに、王宮から呼び出しが来るなんて思ってもいなかったのよ・・・・

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