終章[無感動な彼]
序。
再開です。
━━━━━━━━━━━━━━━
黄昏時を過ぎ、日中の喧騒が嘘のように鳴りを潜め夜が静かにやってくる。
秘書の柳澤が彼女を連れ立ってドアの向こうに見えなくなってから、溜息をひとつ零した。
いよいよ、明日だ。
これで何も変わらなければ、もう絶望しか残されていない。
駄目ね。
ともすれば弱気が零れそうになるのを、すっかり冷めてしまった珈琲ともに流し込む。
間違うな、苦しんでいるのは彼であって私ではない。
すでに種は撒かれた。
彼を壊した彼女らをひとつに集めて、細工を仕掛けた。
それらは概ね、上手くいったと言える。
でも、ホントにそれで良かったのか━━━━他にもっとやりようがあったのじゃないか。堂々巡りの懊悩。
だけど、今更もう戻れはしない。
あの日に、あの時に、あの瞬間に、指針は示され私達はそれを是としたのだから。
机の上に飾った写真立てに指を這わせる。
そこには幼き日の私と妹が笑顔で映っていた。
「過ちは正さねばならない」
誰に言うでもなし言葉は虚空に溶け込んだ。
■
嚇怒とはこの事を指すのだ、と言わんばかりに怒声を浴びた海衣が項垂れていた。
自分の息子がよりにもよって、親会社の更なる親であるグループの頂点に座する八坂家の跡取りと揉め事を起したのだ。
父が怒るのは当然だろう。
子供同士の喧嘩に親は不介入なんて言葉は権力の前では塵芥にも等しい。
感情を抑えきれなくなったのだろう、父が拳を振り上げるのが見えた。
馬鹿だな。
どいつもこいつも馬鹿ばかりだ。
頬を押さえている海衣も息を荒らげている父も、等しく馬鹿だ。
「結衣っ! 何でこの馬鹿を止めなかった!?」
馬鹿が馬鹿を言うな、馬鹿。
「止めたわよ。海衣が聞かなかったのよ」
「この馬鹿が!」
再び殴りつけられた海衣は大の字になったまま起きて来ない。
そうそう、そのまま寝ときなさい。
何度も殴られたくないでしょ。
それにこの後の展開は読めている。
「こうなったら四の五の言ってられん。結衣には悪いが、色々とやってもらうぞ」
ほらね。
父の権力が通じない相手。
ここまでの焦りようから、余程の圧力がかかってるんでしょうね。
明確に進退でも迫られたのかしら?
心情的にはざまぁwwww、って笑ってやりたいけど庇護下にある私も無関係では居られない。
一文無しで路頭に迷うなんて事態は断じて認められない。
笹森建設は多額の負債を抱えて倒産し、癒着して甘い汁を吸っていた議員は投獄された。その議員と密な関係を築いていた柚木という名家は代々継いできた老舗を廃業に追い込まれた。
幸いにして、どこからの支援があったのか家を手放す事態は避けられたようだが、華族として持て囃された名家としての柚木の名は語るに落ちる。
「クソっ! 笹森の地盤がそのまま手に入るチャンスだったのに!クソっクソっ!」
父の激昂は治まりを見せない。
とばっちりを喰う前にさっさと退散だ。
あ、海衣は人身御供で置いとくので宜しく。
私の言うことを聞かなかった罰だ。
過ちは大なり小なり誰にでもあって、それに準じた報いは等しく訪れる。
そう、言ったのは誰だったか?
あ、ヤバい。
かつての辛酸を舐めた過去が想起しそうになるのを追い払う。
今の私に瑕疵はない。
そういう風に今まで立ち振る舞ってきたんだもの。
そう。ここからは私のターン。
「過ちは正さないとね」
ごめんね、沙那。
友達ごっこはもう終わりだね。
階下で激しくガラスが割れるような音がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます