[間奏]壊レタ世界ノ歌[中]

 淫靡な水音がクチュクチュと静かな部屋にあって響く。すでにシーツは水溜まりを作って、一糸まとわぬ身体の下半身を濡らす。

 不快じゃない。

 愛しい彼がワタシを快楽の坩堝に堕とす行為に何の忌避を覚えるというのか。

 吐く息が荒くなる。高まる。登りつめる。シーツは固く握りしめられ、手足がピンと張り詰めた。身体が多幸感という名の痙攣を起こす。

 程なくして、脱力した足を持ち上げた彼が割って入ってくるのをワタシは歓喜の声をもって迎え入れた。



 幾度となく求められ貪り尽くされた身体は弛緩しきっていた。叫び過ぎて声すらも、まともに出せない。彼━━━━裕也は隣で電池切れしたかのように眠っている。

 その寝顔は年相応に見えて微笑ましく思うのと同時に、罪悪感が募った。幾ら、裕也が落ちつきがあって背も高く十四歳に見えなかったとはいえ未成年に手をだしてしまった事実は覆らない。


 あの後、誰かが通報したのか警察官の姿と声が遠く耳目した時には既に三人の男は地に伏して呻いていた。ビール瓶の初撃を受けた男に至っては情けなくも嗚咽すらしていた。

 さぞかし痛かろうとは思うが憐憫する気にはなれない。コイツらが私にしようとしていた事を思うと生温いぐらいだ。

 裕也は声がした方角とは反対に背を向け、歩き始める。何時の間にか先程の白黒の斑猫が居る。その猫は足早に裕也の前に回り込み、先導するかのように一声鳴いて歩き始めた。闇の中にあって闇に溶けて消えそうな一人と一匹に考えるよりも先に声を掛けていた。

 ━━━━━━自分も連れて行って、と。




 比喩でもなくメタファーでもなく、彼を表現するならば幽霊のようだ、と言おう。

 煙草の煙のようにゆらゆらと揺蕩い霧散し消えていく、そんな存在だ。

 だから私は部屋に住まわせ可能な限り仕事を減らし、衣食住と私という存在を使って彼を引き留めている。

 そこに感情は無いのか? あるに決まってる。どうでもいい奴に、ここまでするはずがないでしょ。単純だけど、一目惚れだ。

 ただ、残念なことに私は彼の特別にはなれないのは残酷な程に理解していて、それでも構わないと思ってる。

 ただ、彼の心に少しでも痕を残したいと女の抱き方を教えた。キスの仕方から前戯、腰の振り方まで。ビッチだった経験はこの為にあったのかと最低な過去を少しだけ褒めてやりたくなった。


 にゃあ。

 そんな声ともに枕元に軽い振動。

 薄闇の中で目を向ければ溶け込みそうな黒い身体と煌々と光る双眸。

 裕也ともに着いてきた猫。幸いにもペット禁止のマンションではないから問題はない、寧ろ問題なのは未成年を連れ込んでる私だけど棚上げしとこう。

 斑模様の体躯は白く埃を被っていただけだった。野良にありがちな潜在的な病気も無く、風呂場での格闘の末に見目麗しい毛並みを取り戻した猫は裕也によってロデムと名付けられた。

 ロデムは鼻をひくひくさせている。換気もしてない部屋はさぞかし性交の匂いがたちこもっているに違いない。

「デリカシーがないぞ」

 と、ロデムの口元をつんつんすると抗議するように短く鳴く。

 それから無遠慮に無慈悲に無常にも顔を踏まれた。

 おい💢と不平を言おうと身を起こした時には裕也の胸元に素早く潜り込まれた後だった。



 ━━━━━━━━━━━━━━━


 ブーンと回る換気扇の音がダークアンビエントのように聞こえる。

 背中越しに伝わるのは深い眠り姫の寝息と温もり、自身の胸元からは滑らかな毛並みと小さな身体に不似合いな熱さが、それぞれ希死念慮に囚われた魂に痛烈に激烈に鮮烈に訴えかけてくる。


 此処にいる、と。

 離しはしない、と。


 事実、俺はこの部屋に留まり続けている。

 十二畳のワンルームの片隅に置かれた小さなタンスの引き出しには彼女が買って来たシャツやパンツが畳まれていて、洗面台には青い歯ブラシと桃色の歯ブラシが二つ並べられて。何も持たずして連れて来られた部屋に自身の物が増えていくのは不思議な光景だった。

 だけど、それが何になるというのだろう。

 俺は何も生み出せないし、何も返せない。

 何時ぞやに母さんとテレビで見た北陸地方での風景、しんしんと夜に向かって降り続く雪。その白い雪に内なる世界が埋もれてゆくなら、どんなにいいだろう。未だ悲鳴をあげる心すらも凍ってくれないか。

 破壊衝動デストルドー性的衝動リビドーに委ねる事だけでしかキリキリと痛む頭と心が安らぐ事がない。その癖、感情が磨り減っていくのが分かる。酷いアンビバレンスだ。


 ジジッ、ジジッ。

 いつからか聞こえるようになったホワイトノイズの音がする。

 換気扇が奏でるダークアンビエントとセッションでもしているように、まるで壊れた世界が為の歌のようだ。

 つう、と頬に涙が堕ちる。


「なんでこうなったんだろうな」


 誰に聞かせるでもない、誰に言った訳でもない、声に出せたかすら定かでない言の葉。


『泣かないで愛し子』


 不意に返った言葉、薄闇の中でも明晰に映るゴシックドレスをまとった少女が指呼の間に立っていた。

 不思議と驚きはない。幻視か幽霊か、はたまた死神か。だが、分かった事はある。

 この少女は俺に害をなす存在ではない。理由も理屈もない、ただそう感じただけだ。


「俺はどうすればいい? 悪意に曝され奪われ続けて、何も望めない暮らしに死んだように生きてる。もう疲れたよ」


 心情を吐露する。だけど、答えを求めてはいない。共感も理解も聞こえの良い慰めもいらない。


『心の傷を物差しで計ること程、愚行で詮無きことはなし。一議に及ばずとしても、なればこそ叶わなかった想いを、向けられた怨み嫉み妬み僻みを焚べなさい。決して炎を絶やさぬよう』


「言っただろ、もう疲れたんだよ。俺は顔の無い亡霊だ、このまま灰塵と消えるだけだ」


『心せよ亡霊を装いて戯れなば、亡霊となるべし。とカバラ戒律の一節を送りましょう。それとも悪魔と遊べば悪魔となる、と西尾維新の言葉を借りた方が耳朶に届くのかしら。まだ堕ちてはいないのよ、愛し子よ』


 まだね、と少女は続けて慈愛に満ちた微笑を浮かべた。


『今度こそ誰かのカオアリになれればいいわね』


 ━━━━━━━━━━━━━━━

 ギリギリ更新( ˊᵕˋ ;)

 一挙に終わらせたかったけど無理ですた。

 来年は更新頻度あげれるように頑張りもす。


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 誹謗中傷は削除、ブロックするので節度を持って宜しくですー。






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