第23話 エリカ

 グラスを手に沙絵は話を始める。

「エリカさんはね、ナズナちゃんのお母さんの妹。ナズナちゃんの叔母さんね。10年以上前の話だけどね。兄さん、エリカさんと一緒に暮らしてたの。ナズナちゃんは憶えていると思うわ。エリカさんのこと。」

沙絵はレイの部屋の方を少し見る。レイとナズナの話し声が聞こえる。

「それでね。兄さんたちが一緒に暮らし始めてしばらく経った頃だったな、ナズナちゃんのお母さんが亡くなったのね。それで、すごく気落ちしてたみたい。そりゃそうだよね。すごく仲のいい姉妹だったし。それから間もなく影がなくなっちゃったみたいでね。」

沙絵は上を向いてなにか思い出すようにして話を続ける。

「それから影探し。いろいろあったみたいだけど、2年くらい経ったころかな、影の行方がなんとなくだけどわかってきたみたいで、今みたいに穴を探して穴のむこうに行くことになったの。」

沙絵は水を一口飲みグラスを持ったまま話を続ける。

「穴に入るのはエリカさん1人。そう兄さんから聞いて『兄さん行かないんだったら、わたしが行く。』って言ったんだけど。『絶対にダメだ。影をとりもどすかどうかは自分の意思だから。』って。結局エリカさんは帰ってこなかった。」

また一口飲んでグラスをテーブルに置いた。


「しばらくしてから兄さんと和也さん、ナズナちゃんのお父さんね。警察に呼び出されてね。いなくなったの知っててなにもしてなかったから、届け出とかね。できなかったんだけどね。警察に本当のことを話しても通じる訳ないんだけど、和也さんも事情はわかってたから知ってることを話してくれて、エリカさんは失踪者扱い。ほとんど親類もいなかったから和也さんとナズナちゃんと兄さんとわたしで供養っていうのかな、お見送りしてね。体もないし、亡くなったのとはまた違う感じがしててね。お別れの実感がなかった。」

グラスを見つめながら話を続けた。

「兄さん、それから笑わなくなって、泣きもしなかったけど。いつも歯を食いしばってるみたいだった。1人で行かせたこと兄さん悔やんでて、しばらく経ってから兄さんはエリカさんを追ってあっちに行ったみたいなんだ。いなくなって、いつの間にか帰って来てたんだけど。その後は魂抜かれたようだった。」

リンを見てすぐにグラスに視点を戻し、指でグラスの縁にふれる。

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