此方の章
第1話 影がない
「言おうと思っていたんだけど。ナズナ。影がないよね。」
「えっ、どういうこと?影が薄いってこと?存在感がないってこと?」
「違うよ。本当に影がないの。」
「存在感が全くないってこと?」
「違うの影がないの。こっちにきて。」
レイはナズナの手を引き、校舎の陰から陽の当たる場所へ連れていった。
「ほらみて。」
「ほんとだ影がない。」
レイの影が長く伸びているだけだ。
「なんで?」とナズナはつぶやく。
この状況に頭が追い付かず、ナズナはそこに立ったまま。少し落ち着いて、手をあげ、足をあげ、影の行方を確認しようとするが、やはり影は無い。
「ない。」とまたつぶやく。
「いつから?」レイをじっと見る。
「気が付いたのは、いつだっけな?春くらいだったかな。ナズナが退院して学校に戻って来た頃、もう少し後だったかな。」
「それ5月頃でしょ。」
「たぶん、それくらい。」
レイはナズナの視線から目をそらしナズナの足元を見る。
「早く教えてくれたらよかったのに。」
「ごめん。言いそびれてた。知ってると思ってたし。」
「知らなかった。なんでこれに気が付かなかったんだろう。」
ナズナは影のない自分の足元を見る。
11月にはいり、冬の気配はすぐそこに。黄色の葉でキャンパスは彩られていた。しばらく二人は向き合って立っていたが、リュックを背負い直して歩きだす。
「影踏みして遊ばなかった?」
レイは歩きながらナズナを横目で見る。ナズナは足元を見ながら歩いている。
「遊んだ。前はあった。影どこにいったんだろう。もしかしてわたし、この世にいないのかな?」
ナズナは顔を上げレイの顔を見る。
「そうかもね。」
レイはからかうように言う。
なにか考えるように、二人はしばらく黙って歩いていた。
「どうする?わたし作ろうか?」
レイは真面目に言っている。
「どうやって?」
「おおきな黒い紙を人型に切り取って足につけるの。」
レイは指をハサミの形にして切る仕草をする。
「いい考えね。でも影って大きさが変わるでしょ。」
「じゃあ何枚か用意するの。それでときどき取り替えるの。」
レイはしたり顔で言う。
「それってすごく面倒、影が無いより不自由じゃない。」
「そうね。影が無くても、不自由しないもんね。」
レイの提案は却下されたようだ。ちょっと残念そう。
「影が無くて困ることって何がある?」
ナズナはまだ考えこんでいる。
「うーん。『あなた影がありませんよ。どうしてないんですか?』って聞かれて、いちいち答えなければならないこと。『わたしもわからないんです。』ってね。あとは影踏みできないこと。それと暑いときにあなたの影で陽射しを避けられないことくらいかな。」
レイの応えにナズナは無言で頷く。
「ちょっと後ろに隠れていい?」
レイはまたなにか思いついたようだ。
「いいよ。」
二人は立ち止まり、レイはナズナの肩に手を置き、背中に身を隠すようにする。不思議そうに二人を振り返る人もいる。
「ナズナ。ここに隠れたら太陽みえないよ。」
大きな建物の陰に隠れているような言いようだ。
「それはそうでしょ。」
「あなたの後ろでは陽射しが避けられるってことよ。ひとつクリアね。よかったじゃない。」
「うん。」
二人はまた並んで歩き出す。
「人に聞かれたら、いちいち答えればいいし。それくらいは我慢しなさい。あとは影踏みね。」
「影踏みはしないからいいよ。」
「だめよ。そうだ、いざってときにやっぱり影を作っておきましょ。いつでも影踏みができるように持ち歩くのよ。」
「ほんとうにいいよ。踏まれたら破けるし、持ち歩くの面倒だし。」
ナズナはほんとうに困ったような顔で言った。
「踏まれないように逃げればいいじゃない。あなた足速いんだから。」
「けどそんな紙、足に付けてたら動きづらいでしょ。逃げているうちに破けるよ。」
「そうね。だったら破けないもので。」
なんでレイはこんなに影踏みにこだわるのか、ナズナは不思議に思った。
「だからいいんだって。影踏みはもう。影踏みなんてすることある?」
「ないよね。じゃあ全部クリアじゃないの。よかったじゃない。」
うれしそうにレイは言った。本気で影がないナズナのことを心配していたのだろう。
「ありがとう。レイ。」と小さな声で言った。
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