かけの里

           拙さや寺のうぐいす鳴き直す


 ハヤシダノリカズさま、いいの すけこ様、楽しい佳篇をお寄せ頂き、ありがとうございました。「かけの里」企画初日から素敵な作品をお寄せ頂けて、今回の企画も先が楽しみだと喜んでいたのに、何とその後の参加者さまがゼロという全く思いがけない結末を見るに至ってしまいました。それほど特殊というほどのテーマではないつもりでしたので、意外でもあり、残念でもありました。参考までに、今回の企画の趣旨をもう一度ご紹介しておきますと、【命や人生を賭けた大きな決断や、賭け事(競馬、競輪、競艇、株、カジノ、ポーカー、賭博などのギャンブル)を描いた作品をお寄せ下さい。】というものでした。最初は「賭けの里」と漢字だったのですが、いわゆる賭け事だけではなく、人生の様々な局面での一か八かの決断なども想定していましたので、「かけ」と仮名表記にしたのが却ってイメージを薄めてしまったのかな、などとあれこれ考えてみるのですが、正直、よくわかりません。

 ただ、ご参加頂いた両作品が共に面白かったことだけが不運中の幸いでした。さもなければ、今回の「ストックブック」はパスさせて頂くしかないところでした。命拾いさせて頂きました!

 さて、この両作、同じ作者の作品だと言われてもすんなりだまされてしまいそうなほど、共通した面白さと書法を備えているように感じます。一言で言うなら、スタイリッシュでダンディーな好短編でした。


 まず、ハヤシダノリカズさまの「真夜中のオークション」。寝つけない男が深夜にコンビニへ向かう途上、見知らぬ相手に呼び止められて、奇妙なオークション会場に招かれる物語です。このオークション、ありえない出品物を、金ではなく、とんでもない代価で落札するもので、以下ネタバレになりますが、たとえば、初参加者への手引きを兼ねた最初の「チュートリアルオークション」では、出品物である「次回のナンバーズ4の当選番号」を主人公が頭髪の毛根4000本で競り落してしまいます。

  —— それと同時に頭の中に、⑨④⑤⑤と数字が浮かんできた。そして、タブレットの107,813という数字が103,813という数字に変化した。なんだこれ。思わすオレは額に手をやり、そのまま髪をかき上げるように右手を後ろに持って行く。すると、今までにない感触が手に伝わってくる。慌てて右手を目の前に持ってくると、今までに見た事のない量の抜け毛が汗ばんだ掌に指にまとわりついている。: 以上、「真夜中のオークション」原文より ——

 オークションが進むにつれ、出品物はさらに貴重なものになって行き、それと共に落札にかかる代価も極めて困ったものになってくるのでした。しかも、次のオークションに参加するには最低限の代価を受け入れ続けなければならず、途中退場すれば以後一切参加できなくなってしまうというのです。のみならず、競り合って二番目の高値に終った者には、落札価格の半値がペナルティーとして課せられるシステムでしたから、そこまで来てしまうと無理をしてでも落札するしかないような立場に追い込まれてしまいます。出品物といい、代価といい、その奇想天外さと皮肉さに思わず笑わずにはいられなくなること請け合いのシニカルな可笑しみに満ちていました。面白いのに、終り方があまりにもあっさりしすぎていていたので、もっともっとおかわりが欲しくなりました。冒頭のハードボイルド・タッチが堂に入った手触りです。


 いいの すけこ様の「失われた7」は、あるはずのない「7」のカードの背後に、或る大惨劇の謎の浮き上って来る物語です。やはり非常に雰囲気のあるハードボイルドな酒場のシーンで始まり、カードゲーム「ダウト」が描かれます。お馴染のトランプ・ゲームですが、作中にとても手際の良いルール説明がありましたので、そのままご紹介しておきましょう。

  —— プレイヤー全員に手札を配り、柄を伏せて一人ずつ場にカードを出していく。出し方には決まりがあって、Aから順に1、2、3……と宣言コールしながら手札を減らしていく。口にしたコールと、場に出したカードの数字は、必ずしも一致していなくてもいい。ちょうど順番にぴったりの数字カードを手にしているとは限らないし。あえて嘘をついてやってもいい。他のプレイヤーは、場に出されたカードがコールと異なる――嘘ダウトだと思ったら。ダウト。そうコールをかけて、出されたカードの真偽を確認するのだ。ダウトを見破られた、すなわちコールと異なった数字のカードを出していた場合。そのプレイヤーはペナルティとして、場に捨てられたカードをすべて手札にしなくてはならない。逆に、コールとカードの数字が間違いなく一致していた場合。その時はダウトのコールに失敗したプレイヤーが、場のカードを引き取らなければならない。一番初めに手札が無くなったものが勝利。: 以上、「失われた7」原文より。改行略 ——

 女主人公はテーブルを囲む男のひとりから何かを聞き出すためにゲームに勝つ必要があるようですが、詳細は伏せられたまま。と、彼が「7」とコールして札を置く。「7」のカードなどあるはずがない。彼女は「ダウト」とコールをかけるのですが … 。なぜ「7」はないのか。彼女は彼から何を聞こうとしているのか。ミステリー・ファンにはたまりません。ただ、こちらも、極上のお料理を一口いただいたらそれでお終いだった、というような口惜しさが残りました。クールな言葉に小憎く引き締められた佳篇でした。


 賭けは個人的にも興味のあるテーマですし、隠れ作品は結構ありそうな気がしますので、機会があればまた企画してみたいと思っています。

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