清潤女子学園百合部・季刊誌「春」
五十嵐一路
第一章 「甘美に染まる放課後 鉄砲塚沙弥」
1 鉄砲塚さんと私
夕日に朱く染め上げられた教室内に、くちゅ、くちゅっ……という粘ついた水音が響く。
か、絡まり合う舌と舌。混ざり合う唾液と唾液。
たまらなく純粋で、それでいて、み、淫らな欲望が込められた……でぃ、ディープキス。
「……だ、ダメよ
やっとのことであたしの胸に手を当て、突き離すみたいにして綾乃は唇を離した。
名残惜しそうに結ばれた、キラキラと光る銀の、だ、唾液の糸を断ち切るかのように、彼女は袖口で唇を拭う。
「これ以上されたらって……なんだ、綾乃ってばやっぱり期待してたんじゃない」
夕日を浴びてほぼ黄金色になっている、普段は真夏色?の髪をかき上げて、あたしは、ニッ、と唇の片側を吊り上げるようにして綾乃に微笑む……きっと肉食獣が嗤うことが出来たならこんな表情を浮かべるのだろう。
小さくか弱い獲物である綾乃は、怯えたように自らの肩を抱くと、よろよろと後ずさった。どこにも逃げ場なんてないことは承知しているはずなのに。それとも、後で自らに言い訳する為に、少しでも拒もうとするフリを残しておきたいのだろうか。
―――狩りを楽しむ、ってこういう感じなのかな?
心の中で誰ともなしに問いかけながら、あたしは綾乃の後を追うようにして、彼女との間合いをジリジリと詰めていく……焦ってはいけない。ちょっとずつちょっとずつ……どうせならじっくりとこの状況を堪能するように。
トン、という軽い衝撃に彼女の身体が微かに震え、その目が見開かれる。焦ったように背後を見た彼女の目に映ったのは、何事も無く普段と同じように帰宅する生徒達だったろう。
教室の窓、つまり行き止まり、だ。ここは三階。飛び降りてでもあたしから逃れたいというなら話は別だけれど。
「―――捕まえた、よ?」
彼女の身体に手を回し、絶望を刻み込むかのように耳元でそっと囁く。
綾乃はその束縛から逃れようと子供がむずかるように腕の中で身体を捻るが、残念。同じ女の子でもわずかだけど運動部のあたしの方が力が強い。
「や、やめて……お願い……これ以上は本当に……でないと……」
「……でないと、何?」
するり、と彼女の、せ、制服のスカートを後ろから回した左手で、ま、まくり上げ、残った右手を素早く……そ、その……の中へと、も、潜り込ませる。
「ん……!」と短い声を上げ、綾乃はぎゅっ、と、双円の真鍮細工?の奥の目を固く閉じた。
お、お尻のわ……をまたぎ、指が探り当てた彼女の……ち、恥……むにゃむにゃ……はもう十二分に……あ、あれで……、その、さ、更に奥へとあたしを――――とするかのようだ。まるで、み、淫らな食虫植物のように。
「ふうん、なるほどね。『でないと、私がいやらしい女の子だってバレちゃう!』ってとこなのかな?」
「わ……私はいやらしく……なんて……」
「こんなに濡らしておいてまだ言い訳するんだ?じゃあ他の人に判断してもらおうよ。ホラ!」
あ、綾乃の身体を強引に捻り、窓の方を向かせる。夕暮れとはいえ、まだ日は没しきっていない。ちょっと見上げれば外からでも綾乃を目視することは可能だろう。
日を照り返して輝いている、く、首筋をU字型に隠す美しい黒髪に背後から顔を埋め、その香りを楽しみつつもあたしは彼女に問い掛けた。
「どうしたの?いやらしくなんてないんでしょ?だったら声上げて、皆に見てもらえば?」
「…久遠……!意地……わ……る……しないで……」
言葉とは裏腹に、この異常な状況が更なる興奮を呼んだのか、綾乃の、ひひひ、秘――――からは新たな……いいいいい、淫―――――。
あああああもうダメ!!!!!
軽く開いてみたページをそこまで読んでみたものの、私はついに音を上げて、机の上にバサッと多少乱暴にプリントアウトされた紙の束を投げ出した。
「ぼ、ぼ、ボツ、です、
なるべく先輩としての威厳を損なわないよう、私の身体には大きすぎる机の上で、組んだ手に顔を伏せ重々しく口を開く。
まあ本音を言えば、これを読んだ恥ずかしさで赤くなっているであろう私の顔を、彼女に見られたくはないからだったんだけど……。
お昼休み。清潤女子高等学園の本校舎とは渡り廊下で繋がれた、文化部棟四階。ベージュの壁で覆われた、十二畳程の殺風景と言ってもいい部屋。置いてあるものはといえば一組の古ぼけた革張りのソファと、その間にガラスの天版を張ったテーブル、壁際には中身のぎっしり詰まった少し大きめのスチール製の本棚が二つ。校門を望む窓を背にした私の前には、これまた年季の入った黒くて大きな樫の机。
ここは私が部長を務める、由緒ある文芸部の部室だ。
今この部屋には、ロリエと呼ばれるダークグリーンの大きな襟とスカートが特徴的な、我が校指定のセーラー服を着た少女が二人だけ。服装の違いといえば胸元のリボンが淡い黄色か白かって事くらい。
……要は私と彼女なんだけどね。ちなみに私のリボンは黄色、彼女は白。つまり学年の違いを表してて……黄色の方が二年生、白は一年生……なんだけど、並んで歩いてたら絶対に逆に思われるであろうことは想像に難くない。
「え~!?なんでですかあ、ブチョー!?ちゃんと読みもしないで!!横暴ですよオーボー!!」
私の目の前に立つ彼女――今月入学したばかりの清潤女子高等学園新一年生、
「説明して下さい!これでボツになるの五回目なんですケド?五回目!!」
「……私があなたに同じ事言うのもこれで五回目になるのね……何か感慨深いわ……」
ふう、と息を吐き、両掌を頬に当て、なんとか熱が引いているのを確認すると、私は彼女の猫を思わせる、吊り気味の大きな二重の瞳を正面から見据える。
……何か吸い込まれそうね……というか、この子本当に端正な顔立ちしてるのよね……外国の血でも混じってるのかな?髪の毛も鮮やかな茶色だし……け、けど、私だってこれでも地味可愛いとなら言われた事が―――。
と、そこまで考えて首を横に振る。いけないいけない……閑話休題閑話休題……。
「あのね、鉄砲塚さん。うちの部が作ってる本は全校に配布されるの」
「?知ってますよ、そのくらい」
そう言って頷くと、鉄砲塚さんのロングヘアの両端でツーサイドアップに軽く結わえられた髪がフルフルと揺れる……やだ…本当に猫の耳みたい……な、撫でてみたい……。
と、また脱線……悪い癖だわ……文章書く時は気を付けなくちゃ……。
「……ご存知でいてくれて良かった……でね、こ、こういうシーンがある作品が、皆に喜んでもらえると思う?一応言っておきますけど、ここは花も恥じらう女子高なのよ?」
「ヤだな~、ブチョー。花も恥じらうってなんかヤラシ~」
握り締めた両手を口元に当ててキャッキャッと大げさに騒ぐ彼女……あ……こんなの書いた人にやらしいとか言われると……ショックだわ……。
「つか、言い回しが古風ですよ。イマドキ花も恥じらうって。あたしだったらそーだなー……『淫華が恥蜜を湛え、徐々に花弁を―――』」
「そこよそこ!!問題なのは!!」
「は?なんかイマイチでしたあ?」
再び頬に熱を感じながらも、我が意を得たり!とばかりに彼女を指差す私と、それを、きょとん、とした表情で見返す鉄砲塚さん。ほ、本当に分かってないの……?
……ガックリと肩を落として、私は彼女に溜息混じりに尋ねた。
「一応聞くけど……あなたに前に言ったこと全く覚えてないの?」
「覚えてますよー。なんかがダメとかなんとか言ってましたよね、確か」
「八割方忘れてるじゃないの……あのね、わが文芸部で作ってる季刊誌では、こういった卑猥な物は掲載する事はできないんです!」
「ヒワイって……これでもあたし、それなりに気を使って書いたつもりなんですケド?」
「気を使った挙句があちこち『秘』だの『恥』だのが付く文章なの!?」
鉄砲塚さんは、ん~、と唇に人差し指を当て、何やら思案する様子。
それから思い至ったかのように、小声でこそこそと私に耳打ちしてくる。
「……もしかして、ダイレクトに○○○○、とか書いた方がブチョーのお好みでしたあ?」
(か、彼女の発言は私の一存により削除します!!)
その言葉に、私の顔だけじゃなく、全身が瞬時に業火に包まれたように熱くなった。
「てててて鉄砲塚さん!!!!!!」
「ジョーダンですよ、ジョーダン。ブチョーってばすぐ本気にするんだモン」
可愛いんだから~、と笑って、両手を腰にやる鉄砲塚さん。せ、先輩に向かって……!!
それから急に素の顔になると、いつもふざけたような彼女にしては珍しく、真面目な口調で話を戻した。
「でも変じゃないです?基本、うちのガッコに出す文芸誌っていわゆる百合……少女間恋愛がテーマなら大抵OKなはずですよね?だったら別にこれくらいは……」
彼女のその疑問に、私の中のスイッチが入る。
――――ここからは真剣勝負、だ。
眼鏡を掛け直し、小さく咳払い。
「……そうね。基本的には少女間恋愛がテーマなら、ある程度のせ、性描写も許されてるわ……とはいってもあくまでもある程度、ですけど。鉄砲塚さんのはNGとしても、よ」
「それってアレでしょー、愛を交わしましたー、ハイ、夜が明けましたー、みたいな。ツマンナイですよそんなの。もっとこう―――」
「ストップ……はっきり言わせてもらうと、私としては、少女間の恋愛にはそういったものは不要だと思ってるの」
「はい?」
「……ううん、むしろ少女間には恋愛、って呼べるほどに確固たる物がなくてもいいくらい……あくまでも友達以上、恋人未満……信頼という二文字で結ばれている二人だけが分かる微妙な距離感さえあれば……ね?」
「ね?ってドヤ顔で言われてもな~。好き、って気持ちがあれば恋愛に走るっしょ?フツー」
「恋愛だけが全てじゃないでしょ?ただ手を繋ぐだけで通じ合う心と心……それが百合の真髄だわ……!!だからあなたも、そういう作品を書くべきなの!」
「う~ん……」
己の持論に酔いしれる……そうよ、それこそが百合なんだわ……私が求めてるのはそういう物なの……!!
さすがの鉄砲塚さんも、私の熱弁に返す言葉が見当たらないのか、沈黙したまま。勝った……勝ったんだわ……!!先輩として、部長として、私は彼女を言い負かし―――!!
喜んだのも束の間、あっけらかんと鉄砲塚さんが口を開く。
「―――いや、やっぱり単にブチョーの好みの問題でしょ、ソレ。だってあたしは手を繋いで心を繋いだら、ねっとり身体も繋がりたくなりますモン」
―――え?
「つーことで、あたしはどーしてもこの路線で行きたいんですケド。ブチョー、なんとかなりません?」
わ、私のこの勝利に握り締めた拳は一体……。
耳に鳴り響いていた勝利の凱歌が、途端に敗北の鎮魂歌へと変わっていく。
「とりあえず読んで判断してくださいって!!ゼッタイあたしの書くものに共感してくれるコもいますから!!カタイ事言わないで―――」
「だ、駄目です!絶対に駄目!!」
「試しに、でもいいですから!それでもしブチョーが気に入って掲載したとして、センセー方に怒られたらあたしが謝りますし―――」
「き、気に入りません!!駄目ったら駄目なんです!!そんな不潔な―――」
「人の作品をフケツって……好きなら身体を求めるのくらいフツーじゃないですか。ブチョーはそうじゃないんですか?百合抜きにしても」
「わわわ、私は―――――」
「!あ~、ブチョーってば……もしかして……」
にんまり、と笑う鉄砲塚さん。私の頭にルイス・キャロルの描いた不思議の国の猫が浮かぶ。
「キスもまだだったり、します?」
これが漫画だったなら、ボン!と私の頭が破裂してるだろう。万国旗付きの大サービスで、だ。
「キキキキ、キスなんて、そそそ、その……」
「やっぱり~!なーんか前からおっかしーと思ってたんですよね~。ブチョーの書いた作品って、いっつもホントせいぜい手を繋ぐか繋がないかで終わっちゃいますモンね~」
「うるさいうるさいうるさーい!!」
先輩としての威厳も部長としての尊厳もどこへやら、立ち上がってブンブンと腕を振りまくる……なんかもう駄々っ子みたいだわ、私。
そんな私に鼻白む様子もなく、鉄砲塚さんは余裕の表情で机を回り込み、詰め寄ってくる。
「つか、ブチョーも一つ試しにあたしの書いた物みたいなの書いてみればいいんですよ。そだな~、経験不足っていうなら……」
私の腰に手が回され、一気に彼女の元へと引き寄せられた。く……年下の癖に145センチの私より身長が20センチは高いじゃない……。
と、というか、何を―――!?
「……あたしがイロイロ優しく手ほどきして差し上げますケド?」
彼女に掛けられたその言葉に、私の頭の中が一瞬真っ白になる。
な……何……?ちょ、ちょっと……いつもの冗談、よね?て、鉄砲塚さん???
近づいてくる彼女の顔に、私は思わず顔を伏せ、目が行った先には――この子……胸までこのボリュームって……か、完璧超人め……!!
そ、そんな事考えてる場合じゃなかった!!だ、誰か助け―――!!
「……まーたやってんの?あんたら……」
「
私の祈りが天に通じたものか、部室のドアが開き、二人の少女が顔を出す。神様……心から感謝します……!!来年のお賽銭は弾みますから……!!
あ、そうそう。ちなみに史緒というのは私の名前だ。あああ!暢気に自己紹介してる場合じゃないんだってば!!
「あ、葵!!果恵!!た、助けて!!!」
ボーイッシュな、呆れ顔で私達を見ているのが佐久間葵。
状況に関係なく天気の話をしてるおっとりさんが宮嶋果恵。
二人とも私と同じ二年生だ。
彼女達の登場に、鉄砲塚さんの腕の拘束が緩む。その隙をついて、私は急いで抜け出し、ダッシュで入口に立つ葵の背後へと隠れた。もう年上だろうと部長だろうと気にしないわよ!
「こ……怖かったよう……葵……」
「もー、ブチョーったらそんなに怖がらなくても……ほんのジョーダンですってば~」
「ハイハイそこまで。コラ、一年生、流石に悪ふざけが過ぎるよ?」
「そうよ、沙弥ちゃん。史緒ちゃんは皆の玩具なんだから、おいたは駄目。ね?」
何かさらっと果恵が怖い事言ったような気もするけど、半ベソかいて震えてる私はそれどころではない。
二人にたしなめられた鉄砲塚さんは軽く肩をすくめ、小首を傾げて敬礼すると、ニッコリと微笑んだ。
「これから注意しま~す。ブチョー、ゲンコーは近日中にご忠告をサンコーに、新しく書いて来ますので~」
愛想よくそう口にすると、鉄砲塚さんはするりと私達の横を通って、ドアをくぐり抜ける。
ただ……その横顔には、普段の彼女とは違う、苦悩するかのような表情が浮かんでいたように、私には見えた。
それが何を意味するのか、一瞬引き止めようかと悩んだ私の耳に、気になる呟きが聞こえてくる。
「これでも、まだダメなんだ……難しいな……」
?まだ、ってどういう事よ?また、なら分かるけど。これでも本当に表現を抑えてきたっていうの?
逆に、まさかこれ以上ハードなの書いて持ってくるつもりじゃないでしょうね……!?
次は一体どんな物を読ませられるのか……そう考えただけで羞恥から顔が再び熱を帯び始める。と……特殊なのとかは勘弁して欲しいわ……。
その言葉の真意を計りかね、問い掛けを躊躇った私を他所に、鉄砲塚さんは部室を去っていった。
彼女が出ていくのを横目で見送った後、葵が困った様子で、がしがし、と乱暴に頭を掻く。
「なんだかなあ……熱心なのはいいんだけどね~、あの子。で、今回はどんなの書いてきたの?」
「う……ヒック……そ、そんなの言えないもん……」
「ホラ、史緒ちゃん、ティッシュ……涙拭いて……それと、お鼻ちーん、ってしましょうか?」
果恵の差し出したティッシュを有難く頂戴して、眼鏡を外して、グシャグシャになってるであろう顔を拭く。
そんな私達の様子を見ていた葵が、呆れたように溜息をついた。
「親子か!……全くもう……あんた達同い年とは思えないわよ……」
「う、うるしゃい!……ほ、本当に怖かったんだから……」
「ったく……そんなんだから後輩に舐められるんだってのよ……で、コレ?あの子の書いてきた原稿って?」
机に置きっ放しになっていた鉄砲塚さんの原稿に手を伸ばす葵。
私はティッシュを部室の隅のゴミ箱に投げ捨て、速攻で机の上から原稿を奪い取る。
「……何?史緒、まーた読ませないつもり?あたしだって一応文芸部員なんだけど?」
「そ、そうだけど、こ、これは見ちゃ駄目!!」
「う~ん、よく分からないわねぇ……」
そう。鉄砲塚さんの書いた作品は、未だに私以外の人間に見せたことはない。それなりに付き合いの長い、葵であろうと果恵であろうとも、だ。
私にだって、何でこれを他の人に読ませたくないかなんて分からないんだけど。
どうしても理由を付けるなら気恥ずかしいから、だ。ただそれは、こんな破廉恥なものを、と言う恥ずかしさとはまた別のもので。
一番近い感覚としては、自分が書いた作品を目の前で朗読されるのに似た恥ずかしさ、かな……私の書いた物でもないのに、我ながら変なの……。
「困ったわねぇ……実際にわたし達が読んでないのにどうこう言える訳もないし……」
腕を組んで、困り顔で頬に手をやる果恵。
葵はといえば部屋の中央のソファにドカッと腰を下ろし、頭の後ろに手を組んで足をテーブルの上に載せている。これは彼女の考える時の癖だ……部長としては注意した方がいいのよね……まあ葵相手じゃ無理なんだけど。
胸に原稿を抱いて私も必死に考える。どうしよう……今度また同じような事になったら……二人が都合よく来てくれるとは限らないし……。その時は私……唇どころか……。
違う違う!問題は原稿の方だった!もう季刊誌の締め切りも近いのだ。
今日は四月十七日の火曜日……さ来週の日曜、昭和の日からはいよいよゴールデンウィークに突入する。どうにかしてその大型連休前には皆の原稿を集めて印刷所に出さないと、間に合わなくなってしまう……。
なんとか鉄砲塚さんにまともな、少なくても性描写の控えめな原稿を書いてもらう方法は……。
「そうだ!二人とも原稿は!?」
「そうそう、忘れてた。ほいよ、部長。これ持ってきたんだよ」
「だったわね。ハイ、目を通しておいてね、部長さん」
手にした封筒を私へと差し出す葵と果恵。あまりにあっさり受け取れてしまい、ただ一人慌てていた私は目を丸くする。
「あれ?も、もう出来てるの?は、早い……」
「部長~、あたしらどっかの遅筆な方と一緒にされたら困りますよ~」
「あら、そんな人がいるの?困ったわね、ぶ、ちょ、う?」
「く……」
用を押し付ける時とからかう時ばっかり部長扱いして……いつもは子供扱いのクセしてさ……。
二人から作品を受け取りつつも、心の中で愚痴をこぼす。確かに私の原稿はその……進んでないけど……。
ん…?部長……?
連想ゲームのように、またしても私の頭に考えが閃く……やだ……私ってば閃き型だったんだ……いくら頭を捻ってもいい文章のネタが浮かばないと思ったら……。
また脱線!そ、そんな事はどうでもいいんだってば!
「!
何で今までそこに考えが至らなかったんだろう。
白峯先輩というのは、我が文芸部の元部長だ。文芸部の先輩方は大体まだ在籍しているのだけれど、部長などの役職は春先の今、早くも私達に引き継がれている。
それには色々と理由があって……お忙しい中こんな事でお手を煩わせるのは申し訳ないのだけれど……。
けど、白峯先輩に会えるって事を考えると、胸が騒ぐのが抑えられない自分もいるのはまた事実で。
「あー、何?あたしらには読ませられないのに、白峯先輩には読ませられるっての?」
「い、いや……それはそうなんだけど……せ、先輩ならきっと冷静且つ明確な判断を下されるんじゃないかな、と……」
「そうねぇ……あの人ならなんとかしてくれそうだけど……」
勿論本当はこの原稿を読ませるのは気恥ずかしいのだ……でも……何故か白峯先輩なら、と思える。
この気持ちは、きっと、絶対の信頼を寄せているからこそで……つまり私が提唱するところの……あ、ああ、今は持論に思いを馳せてる場合じゃなかったわ!
とりあえず、遅筆な私と比べたら異常なまでに筆の早い鉄砲塚さんを食い止めるために、昼休みが終わる前に先輩に会う約束だけでも取り付けて――――。
「……あの、部長……」
走り出そうとする私を引き止める消え入りそうな小さな声。
だ、誰!?今この部室には私と葵と果恵しかいないはずじゃ……?
キョロキョロと周りを見渡す私の目に、ドアのところに立つ一人のおかっぱの少女の姿が映る。
ひ!!ざ、座敷わら……じゃなかった、あなたは確か……鉄砲塚さんと同じ一年生の……。
「
「……沙弥が出ていった時にすれ違いで入ってきました……」
そ……そんな前から……!
い、いや、ほ、ホラ、私も背の小さな方だけど、円妙寺さんはさらにもう5センチは私より小さいから……って、それは言い訳にならないわね。
「ご、ごめんなさい……その、気が付かなくて……」
「……どうかお気になさらず……人間目先の事に夢中になると、得てして小さき事を見失うもの……ましてやそれが火急的速やかに解決せざるを得ない件となれば尚更……」
「あ……そ、そういうもの……なのかな?」
……ど、どうも調子狂うのよね、この子も。何かこう年下にしては達観してるというか……。見た感じはどう見ても小学生なのに。
「………取り敢えず私は原稿をお持ちしただけですので……部長にお渡ししたらすぐに
「いね……?あ、はいはい。じゃあ受け取らせていただくわね」
彼女の手から原稿の束を受け取った私の目に、でかでかと一枚目に書かれた小説の題名が飛び込んでくる。
『新任女教師被虐の縄化粧~悪夢の果てに咲く百合二輪~』
……その瞬間、クラッと足元が揺らいだものの、なんとか踏ん張って体勢を維持する。これも先輩として、部長としてのなけなしのプライドが成せる業、だ
一度天井を見上げ、大きく深呼吸して心を落ち着かせると、私は円妙寺さんの両肩に、ぽん、と手を置いた。
「度々ごめんなさい、円妙寺さん――――これ、ボツで」
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