第2話 PK戦 前編

1-1


前半が終了した。


試合前の予想に反して、俺達は善戦していた。



相手チームは、押しも押されぬ優勝候補。


サッカー雑誌で紹介されるような有名なチームだ。


サッカーエリートと呼ばれるような経歴を持つ選手が何人もいる。


OBの知名度もある。


過去に、国の代表チームに選ばれるような選手を3人も輩出している。



俺達のチームで、個人の能力が上回っているのはケントぐらいだ。


だが、頼みの綱のケントも前半に無理をしたせいで肩で息をしている。



前半終了直前の奇襲は、失敗に終わった。


攻撃パターンが読まれ始めた。


戦況は、ハッキリ言って最悪だった。



経験・技術・スタミナ、全て足りない。


最初は拮抗しているかに見えていた試合だったが、時間が経つにつれ実力差が顕著になりジリジリと押され始めた。


前半の終盤は、相手チームの怒涛の攻めの前に反撃もできずに防戦一方だった。


守備は崩壊寸前だ。


このまま何もしなければ、失点するのは時間の問題だろう。


打開策が思い浮かばないまま、後半戦が開始した。



後半30分



ゴオオオール


1-2


ついに、均衡が破られた。


後半から相手チームが1対1を活かす戦法に変更し、対応できなくなった。


個々の能力に差があり過ぎるので、個人技で勝負されたら相手の攻撃を全て防ぐことはできない。


俺の所から崩され、失点してしまった。


相手チームの猛攻を必死に耐えていただけに、試合終盤での失点は思いのほかダメージはデカい。


味方の戦意喪失は、見るからに明らかだった。



追加点を奪った相手チームは攻撃の手を緩めず#止__とど__#めを刺しに来た。


1度崩した俺がいるエリアを徹底して攻めて来る。


弱い所を狙うのは、勝負の鉄則だ。



不本意だが、仕方がない。


良い狙いだと思う。


連続で狙い撃ちされ2回まで防いだが3回目で、またしても俺の所から抜かれてしまった。



サッカーには、チームとしての決まりごとがいくつかある。


数的優位な場合は抜かれても味方に任せた方が良い場合もあるが、抜かれた選手は責任を持って最後まで追わなければならない。


今回のように相手チームが1対1を仕掛けているなら、なおさらだ。


先程の失点シーンの再現になってしまう。



1点負けていて、残り時間も少ない。


たとえ追い付けなくても追いかけることで、後ろからプレッシャーをかけたりパスコースを消したりできるだろう。


味方が足止めできれば、2人でボールを奪いに行くことだってできるかもしれない。


あきらめらたら、そこで終わりだ。


俺は相手選手を追いかけようとして、足を止めた。



「ケント!」


ケントが、俺のフォローに入ってくれていた。


ケントに俺の力は必要ない。


守りの選択肢を捨て、俺は前へ出た。



俺が前線に上がったので、守備が1人少ない。


ノーマークの選手にパスを出されたら、一気にピンチになる。


俺の中で迷いが生まれ、前進する足を鈍らせる。



「ここは任せろ!」


ケントが大声で叫んだ。


俺の意図を理解したケントは、相手選手へ激しいプレッシャーをかけパスを出させない。


俺はリスクを無視して、さらに前に出た。



ケントが、ボールを奪い取った。


相手チームに立て直す時間は与えない。


ケントは、すぐに俺へパスを出した。


完全フリーの俺にパスが渡る。


俺の前には、ゴールまでゴールキーパー以外の敵はいない。



カウンター



俺の独走状態だった。


俺は、一気にゴール前までボールを運んだ。


だが、思ったよりディフェンスの戻りが早い。


相手選手の1人が、俺とゴールの間に割って入りシュートコースをふさぎに来た。



完全にフリーだったのにあっさり追いつかれてしまったが、俺の足が遅いわけではない。


こう見えて、俺はクラスで6番目ぐらいに足が速い方だ。


ドリブルしているハンデもある。


追いつかれたのは、1人だけだ。


相手選手の足が、俺より少し速かった。


そう言うことにしておいてくれ。



残り時間は少ない。


おそらく、これがラストチャンスだ。


相手選手に追いつかれたとはいえ、まだまだ俺の方が有利な状況は変わらない。



今もシュートコースが、3つぐらい見えている。


より取り見取りだ。


ど・れ・に・し・よ・う・か・な♪


普通なら無理をしてでもゴールを狙いに行く場面だが、俺にシュートの選択肢はなかった。



俺の視界に、1人の選手が走って来る姿が見えた。


逆サイドに、大きなスペースが出来ている。


俺は、迷わずパスを選択した。


フリーのケントへパスが渡る。



ナイスラン



ケントの体力は底を付いているはずなのに、ゲームの終盤とは思えない驚異的な運動量だ。


後方から相手チームの選手が3人ぐらい追いすがるが、届かない。


ゴール前へノーマークで走り込んだケントへラストパスが届いた。



ゴオオオール


2-2



速攻に人数は関係ない。


わずか11秒。


ケントと俺は、たった2人でカウンターアタックを完成させてしまった。


ケントが同点ゴールを決め、試合は振り出しに戻った。




ピッピッー


タイムアップ


2-2


試合は延長戦でも決着がつかず、2-2の同点のままPK戦に突入した。


守り切った喜びがあるが、勝ちきれなかった悔しさもある。


だが、反省するのは後からでも出来る。


まだ、試合は終わっていない。



PK戦の準備が整うまでの少しの時間で、水分補給やストレッチをして心の準備をする。


5人の代表を選び、すぐにPK戦が始まった。


PK戦の先攻は、俺達のチームだ。



1-1


2-2


3-3


4-4



誰も失敗しない。


PK戦は互いに4人目まで連続で成功し、勝負は最後の5人目に託された。


俺達の5人目のキッカー(PKを蹴る選手)は、ケントだ。



5-4



ここで、PKを外すケントではない。


確実にPKを決め、これで俺達の負けはなくなった。


PK戦は、先に決めれば後攻のチームにプレッシャーがかかるので先攻有利と言われている。


相手チームの5人目が外せば、俺達の勝ちだ。



5-5



相手チームの5人目は、当然のように決めてきた。


読みが当たっていたゴールキーパーは、地面をたたいて悔しがっている。


PK戦は5人では決着がつかず、先に勝ち越した方が勝つサドンデスに突入した。



6-6



互いに、6人目もPKを成功させる。


ここまで、誰もPKを外していない。


相手チームは当然だが、味方の選手が誰もPKを外していないのは驚きだ。


そろそろ誰か失敗しても良い頃だと思う。



俺達のチームが、PKを成功させている理由は分かっている。


ケントが、蹴る前に味方の選手へ近寄って声を掛けていた。


おそらく、蹴る方向を指示しているのだろう。



ここまで6人がPKを蹴っているが6人全員、相手ゴールキーパーの読みを完全に外し反対方向にボールを蹴っていた。


こんな芸当が出来るのは、ケントぐらいだ。


改めて、ケントの影響力のすごさを実感させられた。


みんなが、自信を持ってPKを蹴っているのが分かる。



7-7



互いに、7人目もPKを成功させた。


誰もPKを外しそうにない雰囲気だ。



7-7



俺の油断が伝染したのか、8人目にして味方の選手がPKを外してしまう。


キーパーの逆方向を付いた良いシュートだったが、わずかにゴールの枠を外してしまう。


PKを外した選手は顔面蒼白で、この世の終わりみたいな顔をしていた。




俺は、PK戦が嫌いだ。


PKは決めて当然だという考えが、気に食わない。


キッカー有利だから、ゴールキーパーはPKを止められなくても深く追及されることはない。


PKを止めたキーパーはヒーロー扱いされ、PKを外した選手は戦犯扱いされる。



PKは簡単に見えるが、奥が深い。


5人で行うPK戦ではキッカーは1回しか蹴るチャンスが与えられないが、ゴールキーパーは最低でも5回の止める機会が与えられる。


ヤマを張って開き直ることができるゴールキーパーの方が、有利な展開だってあるだろう。



PK戦は、天国と地獄だ。


PKを失敗してもチームメイトや監督は『お前は悪くない。気にするな。』などと言って慰めてくれるかもしれない。


だが、結果に厳しいファンやマスコミもいる。



PKの失敗は勝敗に直結するので、人々の記憶に強く残り語り継がれる。


心無いファンに、PKを失敗した選手だと後ろ指をさされることだってあるかもしれない。


PK失敗で、人生が狂ったサッカー選手は何人もいる。



PKを外した選手に罪はない。


出来ることなら、PK失敗の責任を感じることなく生きてほしいと強く願う。



俺は、感情的になりそうになるのを必死に抑えた。


今1番プレッシャーを感じているのは、ゴールキーパーだ。



奇跡でも起きない限り、相手選手はPKを外さないだろう。


どんな結果になっても、冷静に受け止めようと思う。


俺は負けを覚悟していたが、不思議と後悔はなかった。



7-7



奇跡が起きた。


味方のゴールキーパーが、PKを止めた。


いや、奇跡ではない。


ゴールキーパーがPKを止める前兆は、少し前から確かにあった。



実は、7人連続でゴールキーパーの飛ぶ方向と相手選手がボールを蹴る方向が一致していた。


駆け引きや集中力を考えると、すごい確率だ。


ケントが味方のゴールキーパーとアイコンタクトしてやり取りをしていたので、何か指示を出していたのかもしれない。


8人目の蹴ったコースもピッタリ一致していた。


コースが読まれていると感じた相手選手が動揺し、蹴ったコースが甘くなった。



土壇場でのビックセーブに、みんなは勝ったかのように喜んでいる。


勝利の女神がほほ笑んでいるような気がした。


流れは俺達にある。


PK戦は、9人目に突入した。



8-8



このまま勢いで勝てるかと思ったが、勝負はそんなに甘くなかった。


互いに9人目もPKを成功させ、PK戦は10人目に突入した。


俺達のチームの10人目のキッカーは、ゴールキーパーだ。



足技が得意なゴールキーパーもいるが、俺達のチームのゴールキーパーはどちらかと言えば微妙だ。


上手ではないが、下手でもない。


特徴のない、どこにでもいる至って普通のゴールキーパーだ。



だが、今日はPKを1本止めている。


PKの読みも冴え、絶好調だ。


きっと、やってくれると信じている。



9-8



PKを蹴る練習なんかしていないはずなのに、気合で入れやがった。


思わず、胸が熱くなった。


ここまで来たら勝つしかない。



「止めろ~!」


もう、冷静でなんかいられない。


俺は、無意識に立ち上がって力の限り叫んでいた。



9-9



俺の必死な願いは叶わなかった。


相手チームの10人目はPKを成功させ、PK戦は最後の11人目に突入した。



俺は、PK戦が嫌いだ。


PK戦には、良い思い出がない。


正直に言うと、PK戦が苦手だ。



「はあ~。」


俺は、大きなため息をこぼした。


11人目のキッカーは、俺だった。

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