スーパーサブ
パピポピポプぺ
第1話 アシスト
前半終了、0-0。
試合前の予想に反して、俺達は苦戦していた。
俺達のチームには、高梨ケントがいる。
高梨ケントは、自他ともに認める大エースだ。
性格も良く、人望も厚い。
ケントは、太陽のようなプレーヤーだった。
俺達とはレベルが違い過ぎて、同じ世界の人間ではないと感じることが時々ある。
ケントぐらいになると、強豪クラブからの勧誘が引っ切り無しだ。
色々なチームが、あの手この手を使ってケントを引き抜こうと昼夜を問わず勧誘合戦を繰り広げている。
しかし何故かは分からないが、ケントはすべての勧誘を丁重にお断りしている。
少しだけ盗み聞ぎ・・・いや違った。
ゴッホン
近くを偶然通りかかって聞いてしまった条件は、破格の条件だった。
もし俺に同じ条件のオファーが来たら、二つ返事でOKする自信がある。
お金を出すから、ケントを説得してくれないかと頼まれたことが1度だけある。
冗談で説得に成功したら俺も一緒に引き抜いてくれませんかと提案したら、うちは今そういうサービスはやってないんだよねという感じでやんわりと断られた。
そういった経緯もあり、俺はケントの移籍に否定的な考えを持っている。
未だに俺とケントが同じチームでプレーできていることは、奇跡と言っても過言ではない。
ケントの恐ろしさを一番よく知っているのは、俺だ。
試合でケントに助けてもらったことが、何度もある。
味方だったら、これほど頼りがいのある選手はいないだろう。
本当に味方でよかったと、心の底からつくづく思う。
試合の話に戻そう。
実力で劣る俺の特技は、観察眼だ。
過大評価をしない代わりに、過小評価もしない。
今日の試合、負けはしないが勝てもしないと言うのが俺の感想だ。
ケントは優秀過ぎるため、周りが見えなくなることが時々あった。
見ていて大変そうだったので、俺はケントに助け船を出すことにした。
俺は最低限の仕事をすべく、行動を開始する。
「何か用か!」
俺が近づくと、ケントは嫌悪感を隠そうともしなかった。
普段冷静なケントが、苛立っているのが分かる。
他のチームメイトには、絶対に見せない態度だ。
『それ以上、一歩でも近づくようなら撃つ』というセリフが聞こえそうなぐらいの威圧を感じた。
俺は、ケントに『俺はお前が嫌いだ!』と面と向かって言われたことがある。
ケントの目には、オレが怠けているように見えるみたいだった。
過大評価なので、止めてほしい。
ハーフタイムの時間は、限られている。
スルーして、いつものように普通に話しかけた。
「相手チームで危険な選手は、誰だと思う?」
「6番と9番に決まっているだろ。」
ムスッとして、ケントが答えた。
6番と9番か。
試合前、監督から6番と9番に注意しろと言われていた。
確かに、要注意選手だ。
6番は相手チームのキャプテンで、ボランチの選手だ。
ルーズボールをよく拾っている。
ケントの動きを封じて、思うようにプレーさせていない。
陰の功労者だ。
9番は、相手チームのエースストライカーだ。
得点能力が高く、ゲームメイクもできる。
1.5列目の役割をこなす攻撃的な選手だ。
両チームの中で、ケントに次ぐ高い能力を持ったフィールドプレーヤーだった。
6番と9番がいるせいで、攻撃と守備の両方にケントの力が必要だった。
能力が高い6番と9番が2人相手では、ケントも分が悪い。
動きが封じられて、ケントは全力が出せていない。
だが、ケントがここまで苦戦する相手ではなかった。
6番と9番が危険だという意見は間違っていないが、正解ではない。
今日、最も危険なプレーヤーを上げるなら1人だけだ。
「ゴールキーパーだあ?」
ケントは、素っ頓狂な声を上げる。
「ああ。」
俺は短く返事をする。
ケントは、やはり気付いていなかったようだ。
「ゴールキーパーは今日、シュートを1本しか止めていないだろ。」
「ああ。俺達は今日、1本しかシュートを打たせてもらっていない。」
俺達のチームは、かなり攻撃的なチームだ。
ケントのおかげで、2段も3段も格上のチームが相手でも攻撃的なサッカーを展開することができた。
前半で1本しかシュートが打てない状況は、過去に1度もなかった。
この程度のチーム相手に、前半シュート1本は間違いなく異常事態だった。
良い所までボールを運べるが、シュートまで持って行くことができない。
あのゴールキーパーから得点できるイメージが思い浮かばなかった。
話の途中でケントも異常事態に気付き、あごに手を当てて考え込む。
俺は会話を途切れさせないため、矢継ぎ早に意見を言った。
「止められたのは、決定的なシュートだった。」
「まぐれだろ。」
「まぐれでも、止められないシュートだ。」
あれは、普通なら100%決まっていたシュートだった。
シュートが止められた瞬間、背中に翼の生えた鳥人かと錯覚するぐらいの俊敏な動きを見せたゴールキーパーの動きに鳥肌が立った。
ゴールキーパーの指示は的確で、守りの連携にスキがない。
あのレベルで統制の取れたディフェンスとゴールキーパーの両方を崩すのは、並大抵のことではない。
「こういう時の選手は、神がかったプレーを連発するものだ。」
認識を改め、あのゴールキーパーはケントに匹敵する選手と考えて戦う必要がある。
後半戦が、キックオフ。
ケントは俺の話を完全には信じていなかったが、後半開始早々すぐ実行に移した。
素直な奴だ。
ケントのレベルは、抜き出ている。
6番にマークされているため試合中に何度もできるわけではないが、強引にシュートに持っていた。
さすが、ケントだ。
スーパーセーブ。
入るかと思われたシュートは、ゴールの外に大きく弾かれ飛んでいく。
奇襲が成功し得意のコースに決まったシュートが止められ、ケントは驚きが隠せない。
俺の疑念が的中し、ケントは信じられない者を見たような顔をして俺に詰め寄ってきた。
「どうなっているんだ?あいつは。」
「見ての通りさ。」
「見ての通りって・・・」
「ケント、コーナーキック頼む。」
ケントの言葉は、チームメイトの声によりさえぎられた。
「取りあえず、歩こう。」
俺は、コーナーを指差した。
コーナーキックになってプレーは止まっているが、このままでは遅延行為と思われ審判からイエローカードを出されるかもしれない。
俺たちは2人揃って、ゆっくりと歩き出した。
俺とケントは、ショートコーナーの作戦会議をする振りをして小声で会話を続ける。
「あのゴールキーパーは前から居たのか?それとも、新しく入った選手なのか?」
そんなの俺が知るか!
うわさ話は好きだが、俺に聞かれても困る。
相手チームにすごい選手が入ったなら、試合前のミーティングで監督かコーチから報告があるはずだ。
確か、前回の試合はケントがハットトリックして楽勝だった。
目立ったキーパーは、いなかったはずだ。
ここは、適当に答えておくとするか。
「前からいたキーパーだと思う。」
「そうか?覚えがないけど、本当に前から居たのか?」
ギクッ
「今は、そんな話をしている時ではないだろ。」
こんな話し合いは、無意味だ。
あの年代の選手は、急激に成長することがある。
過去のキーパーの情報を入手しても、あまり意味はない。
現時点でのキーパーの実力を冷静に分析した打開策が必要だ。
それだけ、今日のゴールキーパーのプレーは異常だった。
「どうすればいい?」
時間がないため、ケントは俺に答えを求めてきた。
「俺の助けは、いらないんじゃなかった?」
「お前に助けられるのは嫌だけど、試合で負けるのはもっと嫌だ。」
意地悪なようだが、言質を取るために必要な質問だった。
「どうすればいい?」
ケントがもう一度、俺に聞いてくる。
俺の答えは、シンプルだった。
「普通にプレーすればいい。」
「普通だと!全力でプレーして通用しないのに、普通にプレーして通用するわけがないだろ。」
ケントの意見は、もっともだ。
「先のように悔しがった素振りをすれば、相手を調子図かせるだけだ。ケントが堂々とプレーしているだけで、相手にはプレッシャーがかかる。」
「他人事だと思って簡単に言いやがって。」
嫌味を言ったわけではない。
ケントは自分が思っている以上に、すごい選手だ。
少し褒められて、ケントは照れていた。
「ケントは、まだまだ余裕がありますって顔でプレーしているぐらいがちょうどいいんだよ。」
「人を化け物と勘違いしてないか。」
実際そうなんだから仕方ない。
ケントは、自分の実力をもっと自覚すべきだ。
これ以上は言っても無駄なので、言葉には出さず軽く笑うことで返事代わりとした。
「分かったよ。」
ケントは、俺の忠告を素直に聞いた。
思っていた以上にケントの精神力と体力は、削られていたようだ。
プレーを再開した。
もちろん、ショートコーナーなどしない。
オレがプレーに係るより、ケントが直接蹴った方が得点の確率が高いからだ。
ケントの蹴ったボールは美しい放物線を描き悔しくなるぐらい良いコースに飛んだが、ゴールキーパーに軽々とキャッチされた。
良い反応だ。
パンチングがやっとのコースのはずだったが、キャッチされた。
「お前の言ったとおりだな。」
戦慄するプレーを目の当たりにしながら、ケントは笑った。
ここから、一進一退の攻防を繰り広げる。
後半25分
試合が動いた。
ケントから、この日一番のパスが来た。
俺以外の誰も反応できない。
ゴールキーパーも反応できない、視覚の外からのシュート。
これは、止められない。
時間が止まったかのように、誰も動けなかった。
1-0
前半あれだけ苦労したのがウソみたいに、あっさりと先制点を奪い取った。
「そうやって、おいしい所だけ持っていくから俺はお前が嫌いなんだ。」
俺と目が合ったケントは怪訝そうな顔をして、うれしそうに笑っていた。
時間が動き出す。
「今のは、パスが良かっただけだ。仕方ない。」
「ドンマイ、ドンマイ。」
「マークを確認して、もう1度集中していこう。」
相手チームの的外れな掛け声を聞いて、俺はニヤリと笑みを浮かべた。
センターサークルにボールが戻され、試合が再開される。
「本当にまぐれなのか?」
今のシュートに納得できないゴールキーパーだけが、ボソリと小声でつぶやいて首をかしげていた。
相手チームは、先取点を奪った俺を明らかに警戒していた。
愚策だ。
俺みたいな選手をマークする前に、他にすることがあるだろと言ってやりたい。
戦力が分散し、最も危険なプレーヤーを自由にしてしまう。
守備のほころびを、ケントは見逃さなかった。
2-0
2点目を奪う。
ケントの見事なシュートだったが、失点の発端は守備の連携ミスからだった。
一度狂わされた感覚は、すぐには元に戻らない。
ゴールキーパーは、2点目を奪われたことで完全に集中力を失っていた。
その後、信じられないようなイージーミスを連発し守備は崩壊した。
ピッピッピー
試合終了
4-0
終わってみれば、4点差をつけての圧勝だった。
前半0点だったことを考えれば、後半だけで4得点したことになる。
点差だけ見れば楽な試合に見えるが、今日の試合は決して楽な試合ではなかった。
今日、俺が何もしなければ0-1で負けていた可能性もあった。
それだけ、相手チームのゴールキーパーは脅威だった。
そうなれば、今日のベストプレーヤー賞は誰が見ても無失点で抑えたゴールキーパーだ。
才能が開花し、恐るべき名ゴールキーパーが誕生していたかもしれない。
相手チームのゴールキーパーには、悪いことをしたなと思った。
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