旦那たちの愛を見届けろ/4

 鬼はまだこない。だが、この鬼ごっこを企てたのが誰だか、二人はもう知っている。だからこそ、深入りしないようすっとすぐに離れて、焉貴先生の右手がパッとハイテンションに上がった。


「はい、問題です!」

「何〜?」


 頭高くへ結い上げてある漆黒の髪は、すっと引っ張られて、一度背中の後ろへ落とされた。


「この場所にきてから、三番目の会話答えちゃってください!」


 こんな問題は、この男と、光命、月命しか答えられない。しかも、ここにきたのは自分たち二人きり。優雅な王子夫と女装夫は知らない。焉貴と孔明だけの秘密。


 何の損傷もなく、孔明の少し薄い唇から、春風が吹く陽だまりみたいな声が回答した。


「ふふっ。五年前の十一月二十四日、月曜日。その日、キミとボクが話してからの、三十七番目の会話〜?」

「一字一句あっちゃってます!」


 焉貴はさっと起き上がって、ワンレッドのスーツで白いモード系ファッションの上にパッと乗り、孔明を押し倒している格好になった。


「もう一回、チューしちゃ〜う!」

「きゃあっ!」


 孔明が子供みたいにはしゃぐと、デッキチェアーの上で抱き合う夫二人になった。そして、キスをしてまた離れて、焉貴が孔明の上からどくと、白のモード系ファッションが今度は、ワインレッドのスーツを下敷きにし、孔明が焉貴を押し倒した。


「じゃあ、今度はボクからぁ〜?」

「はい、しちゃってください!」


 そして、またキスをする。離れて、


「もう一回、チューしちゃ〜う!」

「きゃあっ!」

「じゃあ、ボクからぁ〜?」

「しちゃってください!」


 隠れんぼなどどこかへうっちゃって、夫二人の甘すぎるキスのし合いっこはずっと続いていた。自宅のプールサイドのデッキチェアの上で。


 夫二人の背後で、妻はさっきからずっと見ていた――


 深緑のベルベットブーツは部屋の窓を静かに開け放ち、そうっと忍び寄って、紫のワンピースは夕風にただただ揺れ続ける。


 颯茄の前で、ベッドがわりのデッキチェアでこんな光景が広がっているのだった。


 焉貴のワインレッドの服がコロコロと右へ転がり、孔明を押し倒す。

 孔明の白いモード系の服がコロコロと左へ転がり、焉貴を押し倒す。


 妻は思うのだ。そのうち、二人の服がひとつに混じって、ピンクになるのではないかと。


 颯茄は鬼であることなどどうでもよくなり、押し倒してはキスをしてを繰り返している夫たちに、あきれ顔で吐き捨てた。


「何ですか? このバカップルはっ!」


 妻がいることさえ気づきやしない。夫二人。もう一言言ってやった。


「っていうか、このバカ夫夫はっ!」


 それでも、押し倒してはキスをするが、ハイテンションで起きている現状を前にして、妻はとうとう壊れた。


「あぁ〜、今ごろ、孔明さんのが焉貴さんのに絡みに絡みついて……。いやいや、焉貴さんのが……孔明さんのを全部拘束してるかもしれないね」


 妻の具体的な妄想は口から思わずもれていた。しかしそれでも、まだ続いている夫たちのじゃれ合い。妻はため息をついて、平常運転に戻った。


「まあ、しょうがないか。焉貴さんと孔明さん、結婚する前から膝枕してたくらいだから、仲良いよね? どうしようかな? 別の人を先に――」


 夫ふたりの間に割って入れない。ベルベットブーツは百八十度向きを変えて、部屋の中に入ろうとしたが、次の瞬間、目の前に暮れてゆく空が突如広がった――誰にかに瞬間移動をかけられた。


「あれ?」


 左側から、焉貴の螺旋階段を突き落としたみたいなぐるぐる感のある声がすぐ近くで聞こえてきた。


「お前、何やってんの?」

「颯ちゃん、ボクたち捕まえないの〜?」


 右側から、孔明の陽だまりみたいでありながら好青年の響きがやってきた。


 聡明な瑠璃紺色の瞳と、どこかいってしまっている黄緑色の瞳には、それぞれの時計で、


 十六時二十二分十七秒。あと一時間五十八秒――。


 いつの間にか、颯茄はデッキチェアの上に倒れていて、孔明と焉貴の間にいた。明引呼にさっき瞬間移動はかけられている。もう驚かない。


「どうしてわかったんですか?」


 足音はしていなかったというか、そんなことなど聞こえやしないほど、ラブラブであっただろう。さっきの様子からすると。


 聡明な瑠璃紺色の瞳がのぞき込むと、漆黒の黒い髪がスルスルと颯茄の頬の上に落ちてきた。


「あれ〜? ボクたちのことまだ理解してないの〜?」

「お前、ずっとこっちに情報漏洩してんだけど……」


 颯茄の真正面で、山吹色のボブ髪の縁が、孔明の頭とぶつかる。


 知っている。二人の記憶と観察力の素晴らしさは。妻が何も言わず、座っているだけでも、情報と化して、可能性を導き出す判断材料とすることなど。


 だが、このどこかずれている妻は、お笑い好きだ。イケメン二人に両側から囲まれて、寝転がっている状況で、わざとらしく大声を上げて驚いてみせた。


「えっっ!? いつの間にっ!」


 しかし、勢いばかりで、理論がない妻は、二人がどんな反応するかは予測できていなかった。孔明が両腕を広げて、ガバッと抱きついてきた。


「そういう颯ちゃん、ボク大好き〜!」

「わわわ……!」


 逃げようとしたが、完全に下敷きにされてしまっていて。そうしているうちに、焉貴も子供みたいに無邪気に、ガバッと孔明ごと抱きついてきた。


「俺も好き〜!」


 夫二人に捕まってしまった妻は、ワインレッドのスーツと白のモード系ファッションに埋もれながら、助けを求めようとするが、


「いやいや、離してください!」


 孔明が子供みたいにだだをこねて、颯茄をさらに強く抱きしめると、


「いや〜!」


 焉貴のまだら模様の声が、ケーキにはちみつをかけたみたいに甘さダラダラで、すぐ近くで響いた。


「や〜!」


 夫婦三人で、デッキチェアの上でじゃれ合うの図になってしまった。


 ゴロゴロと右へ左へと転がる。妻は夫二人に抱きしめられたまま、そのうち、三つの服の色が混じって、赤紫になるのではないかと思う余裕もなく、


「まだ最初で〜す! 足止めしないでくださ〜い!」


 颯茄の悲鳴にも似た叫び声が、さざ波を起こしているプールの水面の上に、少しの間だけ降り積もっていた。

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