第5話 黒影——恐ろしき魂喰い
「ウシロ……ウシロ……」
もこべえは歯をガチガチ鳴らしながらそう言う。
果たして後ろには何があるのか、或いは映画なんて技術があれば回避できたのかもしれない。
「後ろ?」
シュシアはなんだか分からずに後ろへ振り向く。
顔面血まみれの女がシュシアの目と鼻の先でにんまりと笑っていた。まるで新しくきた獲物を歓迎するように、死体と死体を繋ぎ合わせ、蛇のようなその姿に、理解が追いつかなかった。
「ヒッ——!?」
短い悲鳴を漏らすシュシア。この誰も通らない怨霊の地に、人知れず奇怪な化け物が蠢いている事実に脳が追いつかなかったのだ。
容赦が見えない一撃が首筋を削いだ。
鋭く歪な刃が人のものとはいえない程に長く、接合された首を断ったのだ。
頭上から伸びてくる柄と、横に伸びて歪み反る刃にシュシアは頼もしいものを感じる。
「死にたくなければあまり動くな……」
大鎌を逆手に持ち、器用に振るったのであろうゼロの無情の攻撃によって急所を絶たれた怪物はしかし頭だけになっても不気味に笑う。
もう体は動かないが、シュシアへ笑いながら呪詛を飛ばしていた。
その頭を黒い足が踏み砕く。
「君も聖職者ならば、亡者を潰せ。 祈りは全てが片付いてからだ」
呆けた様子のシュシアに、ゼロが顔も向けず、背を向けて告げた。
その視線は周囲に向けられていて、逆手に持っていた大鎌を両手で構える。
警戒しているのは、ゼロの顔を見ていないシュシアにも理解できた。もしくはシュシアに察させるように仕向けているのかもしれない。
ピアノ線のように細く、鉤爪のように鋭いその殺気。その殺気を放つ。
「帰れ」
静かな威圧放てば四方八方の草むらから草が擦れる音が鳴りだし、雑多な気配が消えていく。
それは周囲の動物や虫が去っていく音だと気付くシュシア。ただ、不気味な存在感だけは消えない。まるで
生きる事を欲しがっている。
ただ、シュシアはそれよりもゼロの持つ大鎌に惹かれていた。
何かの頭を模した黒い刃には眼がついている。柄と刃を接合する部分に大きく禍々しい竜のような眼があり、その眼が凶悪な視線を向けているのだ。
見るも恐ろしきその波動が、刃にある口と思わしき歪みの穴が、全てを喰い殺さんと僅かに光っていた。
その大鎌の銘、『
腐った空気と共に地面の下や廃墟の影から死霊やゾンビが溢れ出てくる。
その数は約百体、死の軍団がゼロ達の前に立ちはだかった。
死人達は朽ちたプレートアーマーを身に纏い、錆びて刃こぼれした剣や斧を握っている。そして中には先程の異形の死霊と同じく人の形を保っていない怪物も見受けられた。
死にながらにして動く怨霊、グールの集団。
「これは旧王国の兵隊達……!? どうしてこんな数が……!」
教会にある歴史の古文書で見た甲冑を目の当たりにして恐れるシュシア。その歴史書によれば死体は火葬され、最終的に祖国に送り返されたとあるが、どうやら間違えらしい。
ここは亡霊の国。
浮かばれず現世に留まった者の吹き溜まり。
「大丈夫〜。 キット御主人ガ片付ケテクレルカラ〜……片付ケテクレルヨネ?」
いつの間にかシュシアの肩を折り、ゼロの脛を擦りながら媚びを売るもこべえ。生きるのに必死である。
ゼロは冷たい灼眼で敵を睨みつけながら、口を開いた。
「他にも道連れにされた旅人の怨霊も混じっている。 あの異形の奴がソレだ」
神に遣える者とってアンデッドは敵そのもの。未だこの世を彷徨う死者へと、シュシアは僅かに使える光の魔法の粒子を手の内で発生させた。
「私も戦います。 貴方には必要ないかもしれませんがそれでも……!」
「毒や中距離からの物理攻撃が主な攻撃手段だ。距離は詰めるな」
覚悟を決めたシュシアにゼロはそう言い残して地面を蹴り、死霊に大鎌を振り向けた。
蹴り上げられた土が宙に舞い上がり、腐った空気は巻き起こる旋風によって遙か彼方へと吹き飛ばされる。
シュシアの目の前に死神は再び姿を現した。
疾駆する刃は闇を駆け、薄汚れた地面を抉る。
犬や人のアンデッドは一度死んでいるから死の恐怖は無い。それどころか感情は失っている。
だが、風を切り、光を奪うその刃を見た亡霊は憤慨の感情を見せた。
腐った荒馬がいななき、腐肉の騎士は剣を掲げる。
大鎌を
アンデッドはまるで影が地面に縫い付けられたかのように動かない。ゼロの動くその時間の中では動けない。動く時間すら与えないのだ。
刃は肉裂きの旋律を奏で、赤銀を地面に塗り付ける。アンデッドであろうと血は出る。腐った血液が出る。
人型のアンデッド複数体がまるで輪切りにされたかのように死神に胸部を絶たれた。
さらに加速する刃は飢えを隠さず近くの腐った犬のアンデッドへと襲い掛かり喰らう。
それは全てシュシアが瞬きした瞬間に起こっていた。
そしてシュシアが疑問の声を口ずさむその前に、自分に近いアンデッドを斜め三閃に斬り伏せる。
ゼロは一撃ももらう事無く、蹂躙した。
もう獲物は逃げられやしない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます