負けた桃太郎

makura

負けた桃太郎


猿もやられた。キジも犬もだ。


さすがに無勢だった。


初めこそ鬼たちを追い詰めたものの、鬼たちの実力を見誤っていたことは否めない。


おじいさん、おばあさんに必死に引き留められた理由も今なら分かる。


鬼は強い。


それも想像以上に強い。


あばら家でおじいさんは、あまりに聞き分けのない私に烈火のごとく怒号を浴びせた。


「ならん!鬼たちは一筋縄ではいかないのじゃ!いくらお前とて相手が悪すぎる!犬死するだけじゃ!」


その様子を見ていたおばあさんも初めこそ怒りに体を震わせていたが、最後には根負けしたか「必ず生きて帰ってきておくれ」と懇願するように言った。


私は親同然の二人の言葉を振り切って、鬼ヶ島へとやってきた。


船で鬼ヶ島に近づく。


陰から門番を見据える。


門番は一人のようだ。


鬼の巨体は少なく見積もっても私の倍はあろうかというほどだった。


門番は普段から特別忙しくないのであろう、時折あくびをして海の方を座って眺めている。


見つからないぎりぎりの距離まで詰め、私は合図を出した。


猿と犬が飛び出す。


巨体の鬼に猿と犬が気を引きつけたところでキジが目をつぶし、更には猿と犬が足に嚙みついたところで私が心臓を突くことで息の根を止めた。


門番の鬼を成仏させたところまではうまくいった。


しかしだ、洞窟の中にいる数人の鬼を一度に相手にするのは難儀であった。


鬼は巨体で敏捷性こそないものの巨大な金棒を振り回す。


一人ずつが相手ならまだしも、同時に二人相手、三人相手は困難であった。


犬や猿がいくら攪乱させても金棒の一撃を受けてしまってはたちまち木端微塵である。


洞窟の内部は鬼が何人いてもまだ余裕があるくらいには広い。


いくらでも隠れる場所があった。


しかし、こちらに有効な攻め手がない。


犬の速度も猿の機動力もキジの飛行旋回力も私の剣術も、誰か一人でも鬼の攻撃を食らえばそこで戦力は急激に下がる。


奥には三人の鬼がいる。


私たちの作戦はこうだった。


まずキジが風呂敷に砂を詰めて鬼たちの空中にばら撒く。


鬼たちが慌てふためいたところで、猿が焚火の火で鬼を焼く。


最も砂の煙幕の影響を受けていない鬼に犬が噛みつき、私が順に胸を突く。


この作戦に顔色一つ変えず飛び込んでいったキジの顔を私は忘れない。


先陣を切るキジがもっとも怖いはずだ。


キジは作戦を聞き一つうなずくと鋭い眼光を鬼に向けた。


普段は威勢のいい犬と猿は目の奥に怯えを隠せないでいた。


しかし、猿と犬も分っている。もうやるしかないのだ。


私が合図出す。


キジが羽根を広げ、2、3その場で羽ばたくと鬼たちの頭上目掛けて飛んで行った。


普段物静かなキジがこれまでにない、けたたましい鳴き声をあげながら鬼たちの頭上で煙幕を張る。


鬼たちは慌てて立ち上がり手で煙幕を振りほどこうとする。


そして青鬼、黄鬼にそれぞれ犬が足に噛みつき、猿が火を点ける。


赤鬼の顔にキジが体当たりし、赤鬼が尻餅をついたところで桃太郎の剣が赤鬼の心臓を貫く。


赤鬼が床に倒れる頃には私は黄鬼を切りつける。


返り血で赤く染まった彼の姿は鬼のようであった。


最後は青鬼である。


私が青鬼を振り返った瞬間、きゃんと犬の鳴き声聞こえ、私のすぐ近くを何か塊が瞬く間に飛んできて洞窟の岩肌に激突した。


私がそちらを見ると犬だった。


青鬼に視線を戻すとそこには、黒い鬼が立っていた。


黒い鬼は金棒を振り回し犬を薙ぎ払っただけでなく、応戦しようとしたキジと猿も金棒の錆となっていた。


く、もう一人いたのか。


出払っていた鬼が一人帰ってきたのか。



猿もやられた。キジも犬もだ。


さすがに無勢だった。


こちらは敵の隙を突かなければ勝ち目はない。


青鬼と黒鬼はこちらを見据えている。


煙幕ももう晴れてしまっている。



こちらは洞窟の奥にいる。


鬼たちは入り口側だ。


私は鬼たちに向かうしかなかった。


改めて剣を構えると、私は鬼に向かって駆け出した。


おおーーーー!!


決死の雄叫びを挙げる。


黒鬼の巨大な金棒が私に振りかぶる。


金棒が地面を叩きつけると鈍い音が洞窟内に響く。


私はなんとか避けたものの激しい勢いで体を締め付けられた。


青鬼が両手で私を締め上げていた。


私の剣が地面に落ちる。


私は身動き一つとれない。


黒鬼が私に問いかけた。


「なぜ、鬼を殺したのだ」


私は鬼を責め立てるようにして言った。


「鬼たちが非道を繰り返すからだ」


「そうなれば、鬼を殺しても良いというのか」


「そうだ。成敗されてしかるべきだ」


「ほう。ならば鬼の命を奪っても良いと言うのだな」


「無論だ」


黒鬼は落ちた剣を取ると、剣に主の首を刎ねさせた。


首だけとなった私は地面を転がりながら黒鬼の最後の言葉を聞いた。


「そなたの方こそ鬼のようだな」



おじいさんとおばあさんは桃太郎の帰りを待ち続けたがとうとう桃太郎は帰らず、それぞれも帰らぬ人となったのであった。

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負けた桃太郎 makura @low_resilience

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