第24話 天使たちの覚悟。

「……そこまでにしておけよ。このクソ悪魔。ソイツはボクの仇だっつってるだろ」


 ミカエルがフェルに止めを刺そうとしたイネインに立ちはだかる。

 負傷した脚から薄い白の煙をシュウシュウと発しながらも、戦う意思は全く衰えていない。


「ふん、そんな身体で武器も無く私に勝てるとでも? お前のこんな棒切れじゃこの鉄壁のベールもヌケなかったくせに?」


 まるで傘でも振り回すようにクルクルと長槍を起用に扱うイネイン。

 彼女の言う通り、ミカエルの『釣り合う矛盾』はイネインの手の中にある。

 更に彼女には無限とも思えるクロの心臓部と、その身を護る『黒真珠の御守り愛憎のベール』がある限り、その身を傷付けることすら叶わないだろう。



「ん、んんっ……あれ? ここは?」


 そんな時だった。

 イネインによって捕らえられ、意識を失っていたリィンが目覚めた。

 目を擦り、まるでベッドから起床したかのように起き上がるが、辺りを見回した彼女は一瞬で状況を把握した。


「み、ミカエル様っ!! 御無事ですか!?」

「……やっと起きたかリィン。身体に異常はない?」

「私は大丈夫ですっ! そんなことよりシショーが!!」

「ボク? 何も問題は無いよ。キミは危ないからそこで見ててよ」


「へぇ? 弟子の前では強がっちゃうんだねぇ。本当に私の相手ができるとでも?」


 攻撃を仕掛けることなく、師弟の会話を面白そうに聞いていたイネインが挑発する。

 だがミカエルはそんなことを意にも介さず、不遜にも笑ってのけた。


「ふふっ。なら試してみるがいいよ」

「――あっそう。じゃあお望み通り、お前から魔界に送ってやるよ!」


 先程は棒切れなどとは言ったがその切っ先は鋭く、能力で強化したソレは普通であれば岩石ですら貫通してしまうだろう。――それが普通の相手であればだが。


「シショー!! 避けてッ!!」

「逃がさないわよォッ!!」


 イネインは言葉の通り鋭い突きを放つ。

 ――が、それをミカエルは動じることなく、なんと右手を槍の切っ先の前に出すだけで止めてしまった。


「な、なぜ!? なぜ刺さらない!?」

「あははは。なにを言っているのさ。天使の黙示録たちは意思を持つ武器であり、相棒。そしてボクの武器は言葉で強化できる。そしてそれは逆も然り……ホラ」


 そういってミカエルは目を瞑り、何かを念じると彼の右手の中にいつものスマホ端末が光の粒子と共に現れた。

 当然、イネインが持っていた槍は霞となって消えていった後に。


 ミカエルは対価と引き換えに武器を強化したが、今度は退化と引き換えに対価を得た。つまり召喚、強化した分だけ売り払い、最終的には端末へと戻したのだ。


「クッ、だからといって私の守りをどうにかしない限りお前に勝ちはないでしょう。それに私には天使の能力も行使できる。――『泣きっ面に蜂』!!」


 そう。彼女にはまだこの能力がある。

 あのフェルをも完封して見せた『泣きっ面に蜂』は相手に傷一つあればこの能力だけで追撃できるのだ。

 ミカエルにもこの能力から逃れることは叶わず、先ほど受けた足の傷がさらに広がり白い煙が立ち上る。


 しかしミカエルはそれも気にせず、再び『釣り合う矛盾』を使って槍を召喚する。



「たしかにボクは自分の全てを懸けてフェイトを蘇らせようとした。だけどお前を見て気が変わったよ。……アイツはもうこの世には居ないし、きっとリィンの能力を使って身体だけ時を戻しても魂までは還ってこない。あははは。ボクが今までやってきたことはなんだったんだろうね。これじゃあそこの馬鹿師匠とボクも大して変わらないよ」

「ミカエル様……私の能力の限界を御存知だったんですね……」

「……何となくね。魂の再生をあの残酷な神が許すとは思えない。ただ、それしか方法が無いと思っていたのは確かだったんだけど……」


 自嘲するように軽く笑いながら、後ろで倒れ伏すフェルを横目で見るミカエル。


「なんだい、じゃあお前は復讐を諦めるのかい? なんて興醒め。失望したわ」


 本気で詰まらなさそうな冷ややかな目をミカエルに向けるイネイン。

 長い間を掛けて心から恨み、殺意を剥き出しにしてこそ良質なクロが集まると思っていた彼女にとって、彼の態度は期待外れにもほどがあったのだろう。



「――それは違う。あくまでボクは親友を取り戻す。お前みたいな悪魔がフェイトの心臓を使うなんて許せないんでね。リィン、コレを頼む」


 そういってミカエルは持っていた端末をリィンに投げ渡した。


「え? ちょっ、コレって……!!」

「頼むよ、リィン。方法はコレしか残っていないんだ」

「でもっ!! シショーはずっと……!!」

「いいんだ。後悔はない。ただこんな三流悪魔に使わなきゃいけないってのは癪だけどね」


 そう言ってリィンにウインクをするミカエル。

 リィンはそんな彼を見てコクリ、と頷くとミカエルの黙示録端末を使って操作を始めた。


「な、なにを……!? それに私が三流だって……!? お前ら全員すぐに殺してやるっっ!!」



 イネインは両腕からクロを放出し、手の先を重く鋭い剣状に変化させた。

 あの質量を持ったクロであれば、ミカエルの槍ですら叩き切られてしまうだろう。


 ミカエルも槍と盾を再召喚して対抗するも、密度が低いせいか打ち負けてしまう。


「ホラホラホラァ!! どうしたのォ? お前もフェルと同じくらい粘って見せなさいよ!!」

「クッ、いちいち煩い悪魔だ……それにフェルなんかと比べるんじゃないっ!」


 口では威勢よく対抗できているが攻撃の合間にイネインの『泣きっ面に蜂』を使われ、徐々に攻勢が弱くなっていくミカエル。

 そして次第に盾での防御ばかりになってしまった。

 このままではフェルの二の舞になってしまうだろう。



「ふっ、はははは!! もう終わりかい? 天使って思っていたより弱っちいのねェ!?」

「はぁっ、はぁっ……。まだ……もう少しか……早く……」

「もう少しっ! あと少しですミカエル様!!」

「あ? なにをブツブツ言っているんだい。早くフェイトって悪魔のところに送って欲しいってかい? ならお望み通り送ってやるよ!!」



 クロの刃を巨大なランスのように強化したイネインは、その闇のように濃い漆黒の修道服をはためかせながらミカエルに止めを刺すために突撃チャージした。


 その刹那、リィンの持つ端末に無機質な声で通知が入った。


『――天使バンク認証OK、接続完了しました。預HPを全額引き落としますか?』






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