第21話 悪魔の誘いに動揺する天使。

「どうする……だって?」


 弟子であるリィンを捕らえられ、ミカエルもまったくフェルに敵わない。

 そして相手にはまだ謎の女、イネインがいては数的にも不利。

 まさに絶体絶命の状況に追い詰められてしまった。

 こんな状態でどうする、と言われてもミカエルには選択肢など用意されていない。



「フェル様……」

「あぁ、コイツにも説明しておいてやろう。イネイン、見せてやってくれるか?」

「はい……」


 リィンを抱えていたイネインがそっとフェルに耳打ちをすると、彼はミカエルに何かを見せるように指示を与えた。

 そっとゆかにリィンを置くと、彼女はスルスルと顔をおおっていたベールを外し、修道服の上着を脱いだ。


「急になにを……それはいったい!?」


 カラスのようにつややかな漆黒しっこく

 頭の先から足のつま先まで、黒に染まった彼女は悪魔そのもの。

 唯一その双眸そうぼうくちびるだけが深紅で彩られているが、ミカエルが驚愕したのはそこではなかった。


「その胸の器官。それはもしや……!?」

「ふふふ。すごいでしょう? フェル様が私を生み出し、永遠に生きられるように造ってくださったのよ?」

「それは……それはお前のモノじゃない!! フェイト……彼の心臓だろう!!」

「ミカエル。そいつはもうこの世にはいない。俺が殺したからな。今はもう、イネインのモノだ……」


 イネインの胸にあったのは、黒い蛇のようなものが渦巻く白い球体。まるで心臓のようにドクドクと鼓動こどうをしている。

 それは悪魔の心臓部とも言える、クロを生み出す重要な器官だった。

 そしてその他の悪魔とは違ってシロとクロが入り乱れる心臓は、かつてフェルが親友から命と共に奪ったモノに違いなかった。


「ただ……そうだな。もしお前が望むなら、そのフェイトと会わせてやる」

「……は? なにをふざけたことを!! 死んだって言ったのは、アンタ自身だろう!」


 ニヤニヤと悪魔のような笑みをしながら、ミカエルの焦燥ぶりを楽しんでいるような余裕を見せ付けるかつての師。

 そんなフェルの姿を見て、イネインはうっとりとした表情をかべていた。



「それはちがう。イネインが言っただろう? 俺がイネインを造った、と。……まだ気付かないか?」

「ま、まさかその真琴まことって人間をフェイトの心臓を使って蘇らせたのか!? いや、そんな……不可能だ!!」


 人間を蘇生そせいなんて、それこそ神の所業。

 天使ごときが人間のたましいをどうにかしようだなんて、絶対に不可能だった。


「実際に目の前に居るだろうがよ。実際に真琴はこうしてイネインとしてよみがえった。なぁ?」

「うふふ。えぇ、フェル様。私をあの絶望のふちから救い上げてくださった天使様……いえ、神にも等しい御方おかたですわ」


「そんな……本当に!?」


 ミカエルにとっても、フェイトの復活は何年もかけて望んできたことだ。

 それが実現するのであれば、たとえ友の命を奪った相手でもすがるメリットは十分にある。


「だが……そのリィンという少女の命を代償だいしょうに、だ」

「リィンを……代償に? まさか生贄いけにえにしようって言うのか!? フェイトと同じように!!」


 天使にも悪魔と同じような心臓部がある。

 つまり、フェルはリィンの心臓部をフェイトの動力源として利用し、復活させようというのだ。


「そうだ。彼女の心臓は生まれた時からシロとクロ、両方の因子を持っていた。つまりシロが混ざりつつあったフェイトの心臓よりも、イネインに適合する可能性が高い。そうしたらフェイトの心臓は用済み――それを使って元に戻してやろう。この俺の能力――『嘘から出たまこと』を使ってな』


『嘘から出た実』――読んで字のごとく、出まかせが本当の事になることを指すことわざだ。

 つまり、このフェルの能力とは有り得ないことも実現が可能なのだ。

 恐らくこのイネインもこの能力を併用へいようして作り上げたのだろう……。


「俺は彼女をこの手で殺めた時、身体をできる限り傷付けないようにし、確認に来た天使をあざむいて回収した。そしてフェイトの心臓を手に入れ、真琴に移植した。その結果生まれたのがイネインだった」


 そういって彼女を見るフェル。

 全体的に黒く染まってはいるが、彼女の美しさは生前と同じという事だ。

 フェルは余程彼女を溺愛できあいしていたのだろう。心臓部以外には何一つ傷はついていない。


「だが、それでも完全には復活させてやることができなかった。まさか悪魔であるはずのフェイトが持っていた心臓部のほとんどが、あそこまでシロに染まっているとは思わなかった。俺では完全体の彼女を造ることができず、中途半端なイネインとなったんだ」


「だからってリィンを……それにその身体はいったいなにがあったんだ? それじゃアンタだって悪魔みたいな恰好だ……」


 かつての師は、これ以上ないというほどに真っ白だったのだ。

 あれほど綺麗だった白眼はバケモノのように紅い。


「……それは俺が悪魔と契約したせいだ」

「やはり……それではその姿も」

「そうだ。俺は天使としての構造は詳しかったが、悪魔についての知識には乏しかった。だから俺は悪魔と契約し、知識を得た。だがその代償の一つとして、少しずつ記憶がなくなってしまうようになった」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る