第11話 天使による悪魔のような反撃。

 天使ミカエルが端末を使って召喚したのは、一筋ひとすじの槍と盾。

 槍とは言ってもショートスピアに分類される、1メートル程の短槍だ。

 左手に備えた丸い盾バックラーには天秤のモチーフが描かれている。


「さぁ、おいでよ悪魔君。いつまでもキミのくっさい息を嗅いでいたくは無いからね」

「キサマッ! キサマ貴様キサマアァアッ!!」


 ミカエルの安い挑発にまんまと引っ掛かったのか、ノルと名乗った悪魔は全身に浮かぶ口腔からクロのブレスを吐き出した。

 それをミカエルは冷静に盾を用いながら、部屋の中を素早く移動することで躱していく……が。


「コロコロコロッ!! ドウシタ、天使ィ! ソンナ弱ッチイ盾ジャ俺様ノ“ダークブレス”ハ防ゲネェゼ!?」

「……うーん、やっぱりコレじゃ無理か。っていうか、キミ。ココでどれだけ大量のクロを集めたのさ。尋常じゃない濃度のクロなんだけど……」


 やれやれといった感じで、クロに侵されて行く盾を見やる。

 今は大天使にまで降格したとはいえ、元天使長の武器はそう簡単に壊されたりはしない。

 それがノルの吐くブレスに接触した部分からボロボロと鱗が剥がれるかのように削られていってしまっている。

 このままではいずれ盾としての機能は果たせなくなるだろう。

 仕方なくミカエルは槍を直接ぶつけることでブレスを削り、どうにか凌いでいく。

 もちろん、槍も徐々に抉られてしまってはいるが。



 そんなミカエルの様子を見て、ノルは攻撃の間にもどうしたらコイツミカエルを仕留められるかを思考していた。

 どうやら頭脳はあまり働かないように見えた悪魔も、さすがに戦いに関しては別だったようだ。

 何か策を思いついたようで一度攻撃の手を緩めると、体中の口を三日月のようにニヤリと歪ませて嗤った。


「コロコロコロ……中々シブトイガ、オ前自身ハ、ソコマデ頑丈ジャ無イヨウダナ」

「ふっ、だったらどうだっていうの。こうして当たらなけりゃ関係ないね」

「痩セ我慢シテル癖ニ良ク言ウゼッ! ダッタラ……コレハドウカナッ!?」


 白い顔を更に青褪めさせている彼を見て、嘲笑あざわらうノルは次なる一手を打つ。

 一瞬力を溜めたかと思えば、グワッとすべての口を一斉に開けた。


 ――そして放たれる無数の黒い光線。

 今までのブレスとは違ってミカエルには狙いを付けず、全方向に細いクロのビームを放射し始めたのだ。


「あー、やっぱりそうくるよね……。残念だけどボクだって無策じゃあないよ」

「フンッ。減ラズ口ヲ! 天使トハ嘘吐キノ集マリカ!?」


「他の天使はともかく、ボクはそうかもね? なにしろボクにとっちゃ言葉は武器だから。必要なら嘘も吐くし、騙しもする……あぁ、そういえば。キミには天使が能力の重ね掛けができるって言っておいたっけ?」



 奥の手があったことに驚くノルを差し置き、ミカエルは目を瞑って例の言葉を告げる。


 ――『売り言葉に買い言葉ああ言えばこう言う』。そして『釣り合う矛盾リーブラ』。


「言葉を売ることができるのは、何も人間相手だけじゃないんだ。この意識のある武器に限っては、対価と交換で言葉を付与することができる……」

「ナニイィ!?」


「そしてこの人間界に広まっている格言や諺は、強大な力を持つ。さぁ、ボクの矛盾よ。時と想いを幾千と紡いできた言の葉を呑むがいい。『――言葉は剣よりも強し』!!」


 古の賢者がのこした格言が歴史と経験を乗せ、ミカエルの力となってシロとなり彼の矛盾を強化していく。

 彼の放ったシロの粒子に包まれ、もうすでにボロボロに崩れ去りそうだった彼の槍と盾は新品同様に生まれ変わった。



「うぅん……これだけじゃまだ足りないか。じゃあ更に――『舌は刃より強い』。……たしかこれは、古代の詩人だったかな?」


 先ほどのノルのクロによる暴風なんて、まるで比較にならないほどのシロの台風がミカエルを包む。はたから見れば、もはや光の奔流ほんりゅうにしか見えない。


「ナ、ナンダ……コレハ……」


 シャボン玉みたいにパアァンとソレが弾けて消えると、装いが新たになったミカエルが現れた。

 6つに増殖した光の盾は、羽のように軽やかにミカエルの周囲を高速で舞う。そして彼が右手に持っている槍は2メートルほどのロングスピアにまで文字通り成長していた。


「さぁ、今度はボクの番だ。言葉の重みと鋭さ、その身をもって味うといいよ」

「――グウッ!!」


 先ほどと同じようにノルは無秩序にクロのビームを乱射させるが、飛翔する盾がミカエルを決して傷付けさせない。

 完全にフリーとなったミカエルは、その先端に鋭い刃のついた長槍を渾身の力でノルへと突き刺した。

 狙いは胸。天使も悪魔も、人間と同じく心臓のような器官がある。


「ガアァァアアアッ!!」

「はぁっ、はぁっ。ど、どうだい人間の考えた言葉ってやつの味は。案外効くでしょ?」


 やはり能力の連続使用で限界が近いのか、ミカエルは槍を杖代わりにしてどうにか立っている。

 一方の必殺の刺突を喰らった悪魔ノルは胸部に大穴をあけられ、床を転げまわった。


「グアアアァァッ!! イテエエェエエエ!! クソッ、クソクソクソクソガアアッ!」


 悪魔としての心臓部が欠損しては、もはや身体を維持することはできない。

 穴からはクロい煙がシューシューと立ち上り、どんどん穴が広がっていく。

 高濃度のシロによる攻撃で、クロが中和されていっているのかもしれない。


 彼の姿はどんどん小さくなっていき、次第に元の百目鬼専務の身体に戻ってきたようだ。

 このまま放っておけば、じきに悪魔は消滅するだろう。



「ふぅ、これで悪魔退治は完了かな。リィン、無事か……!?」


 召喚していた矛盾を消して元のスマホ形態に戻し、避難させていたリィンを呼び戻そうとしたその刹那。


 隙を得た消えかけのノルが動いた。



「ゴッゴロゴロゴロッ! コ、コノ命ガ尽キルナラバ、アノ御方ニ少シデモ生贄ヲ捧ゲテヤルッ!」


 悪魔ノルは最期の力を振り絞り、窓に向かって走り出す。

 ――百目鬼専務の身体に取り憑いたまま。



「クッ、まさか悪魔が人間ごと自爆するなんて!」


 基本的に悪魔は群れない。何故なら、他の悪魔の持つクロを食い合うからだ。

 だから助け合いなんてしないし、そんなことをしたら自身の悪意が薄まる。

 よってこんな風に他の誰かの為に命を投げ打つなんてことは、ミカエルの永い天使生命の中でも初めての事であった。


 悪魔ノルが言ったあの御方というのが引っ掛かるが、今はそんなことを考えている場合ではない。

 窓を突き破り、この高さのビルから落ちてしまえばあの専務はまず助からないだろう。


 しかし既に満身創痍であるミカエルには、もう一度能力を使用して止めに行く猶予が無い。

 重い身体を無理矢理動かし、ノルを止めに走るミカエル。


「やめろおおおっ!!」

「コ、コロゴロゴロッ。残念ダッタナ天使ィ! コノ勝負、俺様ノ勝チダッ!!」


 自身も命を落とすだろうに、ノルはミカエルの制止の声に対し悪魔のようなわらい声を上げながら、そのままガラスを突き破り――宙へと飛び出した。





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