第6話 天使たちの朝。

 天使であるミカエルとリィンが人間界で生活を始めてから、数か月が経った。


 初めて人間界に降り立ったリィンは人間社会でのしきたりに最初こそ戸惑とまどったが、今では近代的な生活をエンジョイしていた。

 備え付けられていた家電はひと通りマスターしたし、日中は街に繰り出くりだして買い物三昧ざんまいをしているほどだ。


 今も彼女は朝からトースターで食パンを焼き、冷蔵庫から冷やしたお茶を取り出し、テレビで星座占いを見ながら今日の予定について同居人のミカエルと話していた。


「リン……いつも思うんだけど、キミって天使なんだから占いなんて見ても意味がないんじゃない?」

「ちょっ、なんてことを言うんですか! 女の子にとって占いとは絶対に必要なルーティンなんですよ!? いいですか、ミカ。女の子っていう生き物はですね、朝の占いで今日のラッキーアイテムをチェック。そしてそれを身に付けたら好きな人に猛烈もうれつアタックをするものなんですよ!」


 バターとハチミツがたっぷり塗られた食パンを咥えながら、対面に座る師匠に向かってシャドーボクシングをするリィン。

 見た目は確かに10代の少女だが、いささか言動が古い。


「いや、だから天界とはココと時間軸がズレているんだから。キミの誕生日だって不明だろ?」

「むう。そういうのは気分的な問題だから適当で良いんですぅ~。きっと私は雨が似合うから梅雨がある6月ですね!」

「そうかい。もうボクは何も突っ込まないよ……」



 朝からこんな調子の2人ではあるが、おおむね二人の暮らしは良好であった。

 朝は日の出と主に目覚め、リィンは朝食の準備を。

 ミカエルは最近ハマった家庭菜園の世話を庭の小さな畑で行っている。

 今育てているのは天使の心臓と呼ばれる白いトマトで、毎日甲斐甲斐かいがいしく世話をしているようだ。


 日中は2人で教会の真似事をして人間たちから情報を集めているが、そもそもこの街の裏側にあるような土地にわざわざ訪れる変わり者なんて正直言って皆無。そちらの進捗しんちょくはあまりかんばしくない。


「それより、キミのHPハートポイントはどうなってるのさ?」

「それが……ちょっとマズいかもしれないです」


 そういって彼女は自身のHPを示すポケベル型の端末をミカエルに見せた。

 この数か月間で彼女のHPは少しずつ目減りしていっており、このままでは悪のココロであるクロが彼女のシロい部分を飲み込んでしまうのは確実だった。


「シロが70%を切りそうだね。このままでは確かに良くない。そろそろシロを回収するか――悪魔狩りしかないか」

「悪魔狩り……ですか」


 リィンは天界と人間界が存在することは自分の目で見ることで実感していたが、行ったことの無い魔界まかいと、その魔界にむと言われる悪魔についてはあまり知らなかった。


「そう。悪魔を狩れば周囲からクロが消失して、代わりにシロが集まる。だからシロを回収するには悪魔を消滅させるのが一番手っ取り早いんだけど……」

「悪魔も逆のことを考えているワケですものね……」


 悪魔だって大人しく天使に狩られるわけがないし、裏を返せば天使を消せばクロが集まる。

 つまり悪魔は天使狩りをしてくる可能性があるのだ。

 しかも悪魔の特性として凶悪な言動をする傾向にあり、当然攻撃性も高い。

 要するに、安易に近づいてしまえば狩られるのは天使の方だと言えるだろう。


「ボクの目的の一つである親友の仇……反逆者フェルも悪魔となり下がったみたいだし、悪魔の尻尾を追えばアイツに辿たどり着ける気がするんだよね」

「反逆者フェル……先々代の天使長。歴代最強の天使……」


 普段からあまり感情を顔に表さないミカエルだが、フェルの話をするときだけは怒りをあらわにする。

 白一色だった彼の瞳も、リィンと同じ黒に染まっていく。


「ミカエル様っ!」

「……大丈夫、分かってるよ。……ふぅ。ごめんね、アイツの事を考えるとつい気持ちがたかぶっちゃって」


「心配させてゴメンね?」といつもの調子に戻ったミカエルは、涙目で心配そうになる弟子の頭を優しく撫でた。


 尊敬する、自分を拾って面倒を見てくれた師匠のそんな姿は見たくない。

 それが良く伝わってきて、ミカエルは少しだけ彼女に優しくしようと思った。



 そんな時、ミカエルとリィンの黙示録もくしろく端末からアラーム音が鳴った。

 リィンの方はただ警告音とバイブレーションしか出ていないが……。


うわさをすればかげが差す。影というよりこの場合はクロかな? リィン、朗報だよ。――近くに悪魔が居る」

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