第58話 プレゼント・フォー・女忍者
「だって私の名前はダボンヌ、マリー・ダボンヌですもの」
やられたっ!!
コイツ敵側だ。悪徳工場の経営陣の人間だった。
俺は情報を引き出すつもりが、逆に引き出されていたんだ。
どうりで、簡単にランチをOKしてくれたわけだよ。
こんなガードの堅い女が初見の怪しい男にホイホイ付いて行くわけないよなぁ。
スケベ心で目が曇って何も見えてなかったわ。あ、尻はガン見したか。
ふぅ、これは俺の負けだな。潔く認めよう。
アトスポの件といい今日はやられてばかりだ。ちと引き締めよう。
「お待たせしました。こちら特上ステーキランチになります」
計ったようにイケメンのお兄さんが食事を運んできた。
ちょうどいい。旨いもん食って仕切り直しだ。
ボリュームのある肉を口に運んで美味を噛みしめ飲み込むという作業をお互い黙々と続ける。この美魔女、上品でインテリな印象なのにバクバクとよく食べるわ。
食べっぷりに感心して思わず見入っていると、ジロリと睨まれた。
「勘違いなさらないで。貴方の
「そんなさもしい女性だとは思ってませんからお気になさらず」
「ではその珍しいものを見る目は何なのかしら」
「見事な食べっぷりに見惚れていただけですよ」
「皮肉を仰るのね。女の大食いが罪のような風潮は容認し難いですわ」
いやマジである種の魅力に目が離せなかっただけなんだが。
ブラックパールのような肌色をした気高い美女が肉をモリモリと食べる
「僕は罪だなんて思ってないし、むしろ健康的で好みですね」
「今さら私のご機嫌を取っても意味がないですわよ」
「もう負けは認めてますからそんなつもりはないですよ。ただの本音です」
「あら、今度は私を口説くつもりですのね」
「ご迷惑でなければ」
「私をものにして内側からダボンヌ製糸工場を奪うおつもりかしら」
あ、そういう方法もあるのか。
きっとマリーはその手の男からのアプローチにウンザリしてるんだろうな。
でも俺は興味ない。工場にはピクリとも食指が動かん。
「貴方には失礼ですが、製糸工場なんてまったく欲しいと思ってません」
「本当かしら」
んんん、今の言葉の声色にほんの少しだけ艶めいたものを感じた。
脈があるかも。いや、また何かの罠かもしれん・・・
それでも、玉砕覚悟で突撃するしかない。ない。
「グロリア司祭の神判を受けても構いませんよ」
「良いわ。信じましょう。では純粋に私に興味があると仰るのね」
「興味津々です!」
「嬉しいですわ」
「本当ですか」
「ですが、貴方とはお付き合いできませんの」
理由はお判りでしょうとパープルアイの突き刺さる視線で伝えられた。
「こんな事態になって残念です。もっと早く出逢いたかった」
敵味方に分かれる前ならワンチャンあったのにな。たぶん。
「あら、体当たりなんて強引なお誘いをするのに、諦めるのはお早いのね」
え、何これ。もっと食い下がりなさいよと怒ってらっしゃる?
淑女的に一度目の求愛は断るみたいなアレだったか。
よー分からんが、そういうことならもういっちょ。
「僕とまた会っていただけますか?」
「今はその気はありませんわ」
何じゃそりゃ! さっきの振りは何だったんじゃい。
「その気もないのに思わせぶりなことを言うなんて酷いですよ」
「何か勘違いしてましてよ、イクゾー君」
「どういうことでしょう?」
「諦めるのかと聞いたのは、不当な扱いを受けている若者たちのことですわ」
そっちかーい!
諦めるも何も、経営側の人間に即バレしたんだからどうにもならんだろ。
それとも、敵のアンタが味方に寝返ってくれるとでもいうのか・・・
「まさか、協力してくれるのですか?」
「表立っては無理ですが、心当たりのある女工を紹介して差し上げますわ」
何だこれ?チャンスか! いや、罠かっ?
だが迷ってるヒマはない。この美魔女とも切れたくない。
故にありがたく申し出を受けるしかない。
「ぜひお願いします」
「明後日のこの時間にココへ寄こしますわね」
マリーは、さっき俺を絶望させる直前に見せた笑顔でそう言った。
危険だけど綺麗だ。この女にはどこか拒めないものを感じる。
恐らく、最愛の女に似てるからだろう。
瞳の色といい眼鏡といい爆乳といい上品な物腰といいそっくりなのだ。
明確に違うのは、肌の色と心の底が暗いことだろうか。
まるで、ダーク・エマだな。
そんなマリーは、ご馳走様と礼を言い先に去って行く。
置き去りにされた俺には疑問と約束だけが残った。あ、お高い伝票もだ。
「エ、エロ助、いやイクゾー、本当にこれを買っても良いのか?」
マリーと別れた後、実は同じ店内で高い肉を喰っていたローラと一緒にピーナと合流した。その女忍者には今後も単独でここアトレバテスに来てもらう必要があるので、あるものをプレゼントしようと、皆で販売店へ来たところだ。
「遠慮はいらんからお前が気に入ったものを選ぶといい」
「しかし、結構な値段がするのだぞ」
「問題ない。ゴム職人への手付金として3万ドポン(600万円)持ってきたのに、5千ドポン(100万円)で済んだ。残った金の範囲で好きなものを買え」
「ほ、本当に買うからな。後で文句を言っても知らんぞ」
「お前が物欲しそうに見ていたのは知ってる。許嫁としては応えてやらんとな」
「くっ・・・この借りは必ず返す」
女忍者は店内に並んだ商品を一つ一つ夢中になって吟味し始めた。
あんなに嬉しそうな姿は初めて見るな。うんうん、よかよか。
「こんな鉄の塊より肉の塊の方が旨いに決まってるのデス」
「これは美味しさを求める商品じゃないからな」
「それは不思議ですネ」
いや不思議なのはお前の思考回路だから。
あ、それよりお前には言い足りないことがあったわ。
「これよりも、お前の真昼のしくじりの方が高くつきそうだぞ」
「私はちゃんと不幸でパイオツカイデーの美女にぶつけましたヨ」
「何が不幸だ。あの女は悪徳工場の経営者一族じゃないか。不幸どころか大金持ちのウハウハ極楽人生だ」
「お金で幸せは買えないのデス」
ええぇぇぇぇええ。金で肉買って幸せ一杯のお前に言われてもなー。
いや待てよ、確かにあの女は幸福そうには見えんかった。
その辺にマリー攻略のヒントがあるのかもしれん。
明後日の女工との面会で探りを入れてみるか・・・
「そのヘルメットとゴーグル姿もよく似合ってるぞ」
大戦時のドイツ軍の女戦士のようだ。見たことないが。イメージ的に。
「お前がこれが良いと言ったのだから当然だ。さあ早く家に帰ろう」
そう言ってピーナは、買ったばかりのスチームバイクに跨った。
ふふふ、早く乗り回したくて仕方ないんだな。
しかし、女忍者と大型スチームバイクは意外とサマになっている。
ミスマッチな要素なのに合わさったら普通に格好良い。マジクール。
あとはアレだな。ピチピチのライダースーツを作らせよう。
それを着させてまた森の中で・・・グフフ
「その妄想いつまでかかりマス? ピーナはもう行きましたケド」
おっと、いかんいかん。今は一刻も早く家に帰らないと。
今日だけでまた考える必要のある案件がたくさんできてしまった。
直ぐに戻ってその宿題を片付けてしまおう。
俺は初めてスチームカーを公道で運転して帰宅の途についた。
ピーナはバイクだし、ローラは運転したくないらしい。
日曜日で道が空いていたこともあり何とか無事にウェラウニの我が家へ帰れた。
しかし、そのスイートホームで最大の波乱が待っていたのだ・・・
「ヴィヴィっちがプチ家出から帰ってきたみたいよ~♪」
アトレバテスから帰宅した時、まだヴィンヴィンは帰っておらず、皆で心配しながら夕食を囲んだ後、リビングでお茶をしながらツンドラ魔導師を待っていた。すると、小一時間後に玄関のドアが開く音がして誰もが安堵のため息をもらした。
「ヴィーに会うのってなんか久しぶりな気がする!」
レイラちゃんが嬉しそうに歓声をあげた。
一昨日の夜に拒まれてから会ってないから、俺もほぼ丸二日ぶりだな。
「とにかく無事で良かったですわ」
隣に座るエマがこれで心置きなく妊活できますわねと体を密着させてキター。
もちろん、俺は熱いボディタッチでそれに応えておく。
「全く人騒がせな奴だ」
不平を言ってる割にピーナの顔はニヤけ気味だった。
買ってやったスチームバイクが相当気に入って心ここにあらずという感じだ。
「これでお土産が肉だったら完璧なのデス」
アホか!
そんな生臭いお土産どんな観光地に行きゃー売ってるんだよ。
「ただいま。ローラ、これお土産の肉」
うそーん!
ヴィンヴィンお前どこに行ってたんだよ。
そもそも、皆の為にお土産買って来るようなキャラじゃなかっただろ。
リビングに立つ青肌美少女の姿を俺は改めて凝視する。
全身を覆う魔導師のローブを着て、その上にフード付きのマントを付けていた。
そのフードをかぶり手袋もしていたので、身体が露出した部分は顔だけだ。
そのせいだろうか、いつもと何かが違って見えた。
「ヴィヴィっち、そんな恰好してもムダムダ~、もうゲロっちゃいなって~♪」
よせギャル子!
せっかく帰って来てくれたのに生理のことは蒸し返すな。
これだけ大事になったのは、『初潮』だからかもしれんのだ。
そっとしておいてやれ。頼むからこれ以上モメごとを増やすなやー。
あぁ、意味が分からないレイラちゃんが乗っかろうとしてるぅ。
「なになに~、ヴィーはなにか隠し事してるの?」
「隠し事というより隠し子よね~♪」
ビキィィィ!
ティアのダジャレが一瞬でリビングの空気を凍り付かせた。
俺の固まった体の脳内では、バラバラだったピースが一つ一つ組み合わさり、大き過ぎる一つの事実が完成する。
あ、あああ、あああああああああああああ!!!
ヴィンヴィンの様子がおかしかった理由は、俺が強引にコスプレHをしたことでも、生理でもなかったんだ・・・
何で気付いてやれなかったぁ。俺ってホント馬鹿。
申し訳なさと気恥ずかしさが入り混じった表情で愛しい許嫁を見つめる。
彼女は既に覚悟完了しているようで、落ち着いた態度で一つため息をつく。
それから、右手を自分のお腹にそっと添えてから、淡々と報告した。
「どうやら私は、エロ助の子供を孕んだみたいだわ」
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